第31話ダラム家の使用人


 私の空いている方の手を掴んで、男は自分の方へと引き寄せようとする。咄嗟に腕を引き拒絶すると、男が怒鳴り散らした。


「おとなしく言うことを聞け!」


 男はさらに掴みかかって来ようとしたが、シャールーズが私を抱え込むようにして、後ろに下がったのと同時に、どこからか風のように私の護衛達が現れて、男に剣を向ける。


「な……っこんな真似していいと思ってるのか!俺が誰に仕えてるか、知ったら後悔するぞ」


「後悔しないので、名乗ってもらえませんか?」


 私はシャールーズに庇われたまま、男に問い返した。

「俺は、栄えある王妃陛下のご生家、ダラム伯爵家に仕えている」


 男は声を張り上げて、自信満々に答えている。中庭で炊き出しの準備をしている人たちが、なんだなんだ、とこちらを見ている。


「お前自身が偉いわけでは、無いな」


 私の背後でシャールーズが呆れてため息をついている。確かに、そうなんだけど、この人ダラム伯爵家の使用人なのか。


 こんな下品で、常識の無い人を使用人として雇うって家の評判を著しく落とすと思うんだけど。


「さあ、後悔したくなっただろう。はやく剣をどければ、お前を高級娼婦として売り飛ばすだけで許してやる」


 この状況で、まだ追い詰められていないと思った男が、とんでもないことを言い出した。背後に居るシャールーズは、今にも飛び出しそうだし、私の護衛達は合図を送ったら、この男を八つ裂きにしそうなほど殺気を出している。男は、殺気を向けられているなんて、みじんも感じてないみたいだ。


 鈍いって、幸せなことかも。


「悪さが出来ないように拘束しておいて。嵐が通り過ぎたら、警邏に引き渡しましょう」


 男はこの決定に驚いたようだ。「離せ」とか「後悔するぞ」とか、喚いている。護衛達は手早く男の身体検査をし、武器を取り上げた後、手を前にして縛り上げた。


 後手に縛り上げると、トイレだの何だのと言って縛り上げてるロープを外させようと考えるだろう。外に逃げ出すことも出来ないので、この程度で充分だ。


「人身売買をしているようですが、ランカスター王国でも、ナジュム王国でも禁止しているのをご存じ?」


 ご存じないから、脅し文句として口にされたんでしょうけれども!


「あ、あれは言葉の綾だ、本当に売り飛ばしたりしない」


 確証はないですし、追求するための裏付けも無いことですし。ダラム伯爵家について調べる良い口実ができたわ。

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