川津先輩の恋愛事情

 衣装制作に加えて、大路さんの恋の斡旋まで引き受けてしまった僕。

 それから土日の休みがあって、その間は衣装作りに励んでいたけど。今日は大路さんのキューピッドとして動いてみる事にしていた。


 昨夜は遅くまで衣装作りに精を出していたけれど、今日も眠いのを我慢して。いつもよりも早い時間に起きて、学校へと来ている。


 先週、大路さんと話した後で思ったのが、川津先輩の恋愛事情を知った方がいいという事。好きなタイプくらい知っておいた方が、今後どう動けばいいか考えられるしね。

 前に川津先輩と正人が、最近は中等部と高等部のバスケ部が合同練習をしているって話をしていた事を思い出したのが夕べ。だったらそれの見学に行って、川津先輩の恋愛事情をそれとなく聞いてみようと思って、こうしてやって来たわけである。


 体育館のあちこちで、皆それぞれ実技練習を行っている。僕もミニバスをやっていた頃は、こんな風に練習してたっけと、懐かしい気持ちになったけど、今日の目的は懐かしむ事じゃない。

 しばらくして練習が終わって解散になると、僕はすかさず話をしている正人と川津先輩の所へ駆け寄って行った。


「正人、川津先輩、お疲れ様」

「何だ灰村、来てたのか」

「はい、たまには見学でもしてみようかと思って。そうだ、これ差し入れです」


 僕が差し出したのは、昨日おやつに焼いたクッキー。チョコチップが練り込んであって甘く、練習後の疲れを取るにはもってこいだろう。

 勿論スポーツドリンクも、忘れずに用意してある。


「……灰村、お前のことを選手じゃなくて、マネージャーとして勧誘したくなってきた」

「正人、そんな今のマネージャーさんに失礼な事を言わない」


 見学していて思ったけど、高等部の女子のマネージャーさん、道具を用意したりストレッチの手伝いをしたりと、甲斐甲斐しく動き回ってくれていた。

 選手と違って試合に出ることはできないけど、皆をサポートして。一緒に頑張ると言う点では、選手と何も変わらないって、見ていて思うよ。


「そうだぞ正人。それに生憎、灰村は望み薄いだろ。高等部に来たら、演劇部に入るんだよな」

「まだ入るってちゃんと決めたわけじゃないですよ。聖子ちゃんや大路さんからは、進められていますけど」

「演劇部に入っても、時々こうして差し入れしてくれてもいいんだぜ。俺はいつでも大歓迎だ」


 調子のいいことを言ってくる正人。おっと、それより本題を進めなくちゃ。

 僕は二人に差し入れをするためだけに、ここに来たわけじゃないのだ。だけど僕が口を開くよりも先に、声を掛けてくる人物がいた。


「川津君、ちょっと良い?」


 声の主は少し話題に上がった、マネージャーの女の子。もしかして、さっきの正人の話を聞かれて気を悪くしたのかと思ったけど、そうじゃなかった。


「放課後の練習、ロードワークから始める予定だったけど、午後から雨が降るみたいだから。集合場所は外じゃなくて体育館に変更って、先生が言ってた」

「ああ分かった。って、雨降るのか。という事は、五時間目の体育も室内かな?」

「私はその方がいいけどね。今日は日焼け止め忘れてきちゃったから」

「日焼け止め? もう夏も終わったのに、まだ必要なのか?」

「川津くん、九月の紫外線を甘く見ちゃいけないんだよ」


 話が弾んでいる川津先輩とマネージャーさん。

 川津先輩って、相手が男子でも女子でも、同じようにフレンドリーに接する人だけど……それにしたって、仲が良い印象を受ける。

 けど、あくまで選手とマネージャーとして、仲がいいだけですよね。たぶん……。


 一抹の不安を覚えた僕は先輩達に背を向けながら、そっと正人に尋ねてみる。


「ねえ、あのマネージャーさんと川津先輩って、仲いいの?」

「ああ、そう言や同じクラスって言ってたからなあ。俺もよくは知らないけど、いいんじゃねーの? けど、何でそんなこと聞くんだ?」

「うん、ちょっとね……」


 考えてみたら……本当は、真っ先に確かめなきゃいけない事だったはずなのに、すっかり忘れていた。川津先輩って今、彼女いないよね? 


 女子と親しげに話している姿を見ると、もしかしたらって心配になってしまう。もちろんただ話しているだけなんだから、根拠なんて無いんだけど。


 マネージャーさんは僕と同じくらいの身長で、つまりは小柄。美人というよりは可愛い印象の女の子。もしも先輩の好みがああいう子だとしたら、大路さんには悪いけど、分が悪いと言わざるを得ない。


 話が終わって、マネージャーさんが去ったのを確認した僕は、さっき正人に聞いたのと同じ質問を、今度は川津先輩にしてみた。


「先輩は、あのマネージャーさんと仲が良いんですか?」

「ん? まあ普通だと思うけど。クラスが同じだから、割とよく喋ったりするしな」


 正人から聞いたのと、同じ答えが返ってくる。だけどこれだけじゃ終われない。もう少し、踏み込んだ質問をしてみる。


「それじゃあ、付き合ってるわけじゃないんですね」

「は? 付き合う?」

「はい。仲良さげに見えたので、もしかしたらと思って」


 我ながら、かなり大胆に切り込んだと思う。普段の僕だったら、こんなデリケートな問題にかかわるような質問なんてまずしないけど、ごめんなさい、大路さんのためなんです。


 川津先輩はキョトンとした顔になったけど、すぐに屈託のない笑みを浮かべてくる。


「ははは、まさか灰村からそんな話をされるなんてな」

「別におかしな事じゃないでしょ。先輩、モテそうですし」

「俺が? そんな事ねーって。それを言うなら灰村の方だろ。俺が中等部にいた頃、よく女子と話しているのを見かけてたぞ」


 川津先輩、それはとんだ見当違いですよ。

 確かに女子と一緒にいることはよくあるけど、それはモテていると言うより、話しやすいから。

 姫だなんて呼ばれているせいか、皆まるで僕の事を、女友達のような感覚で接してくるんだ。

 仲が良いかどうかって聞かれたら、そりゃいいのだろうけど、男としてモテているかと言われたら、その対極にいると言ってもいい。だって男として見てもらえてないんだもの。


 その事を言うと先輩は苦笑して、正人はうんうんと頷いてくる。


「灰村はクラスで、完全に女子扱いされてるからな。普通だったら、男は聞いても何のことか分からないファッションやメイクの話もふられてたし」

「それはそれでスゲーな。けど、例えば気になる女子に男扱いされなかったら、嫌じゃないか?」


 言われて一瞬、大路さんの顔が頭をよぎった。あの人、よく僕を妹みたいな扱いをしてくるからなあ。

 どうやらよほど、僕を男として見られないんだろうなあ。けど……。


「もう慣れちゃいましたよ。今更ちょっと何か言われたくらいじゃ、へこみません。そう言う川津先輩はどうなんですか? 気になる女子って、いたりするんですか?」

「俺か? そうだなあ……」


 よし、上手く話しを持って行けた。

 川津先輩は少しの間、腕を組んで考えていたけど、やがてフウっと息をつく。


「特にそう言うのは無いなあ。今は部活が彼女みたいなものだからなあ。そう言う事に、興味が無いわけじゃないけど」

「それじゃあ、好きなタイプは? 何かありますか?」

「うーん……よくわかんねーけど、一生懸命な奴かな? 頑張ってる奴って言うのは、それだけでつい応援したくなるからな」


 ずいぶんと具体性に欠けた答え。だけどハッキリしたタイプが無いと言う事は、大路さんにも十分にチャンスがあるって事じゃないかな。

 しかもあの人なら、一生懸命な人と言う部分は該当している。ひた向きに部活に取り組んでいるし。


 それにこの前、さっきの川津先輩と同じように、部活が恋人だなんて言っていた。

 やっぱり二人は、相性はいいんじゃないかなあ。


「で、何で俺らは朝から、男三人で恋バナやってるんだ?」

「正人は気にしなくていいから。それより、早くクッキー食べちゃわないと、ホームルーム始まっちゃうよ」

「あ、ヤベえ。急がねーと……げふっ、げふっ」


 慌てて食べたものだから喉に詰まらせちゃって。正人は急いでスポーツドリンクでそれを流し込んで、川津先輩は背中をさすってあげてる。


 そんなむせている正人には悪いけど、川津先輩からは貴重な情報を得ることができたの良かった。今はフリーで、一生懸命な子がタイプ、かあ。それなら、条件は悪くない。


 後はどうやって、大路さんにアプローチさせるかだけどね。それはおいおい、考えていくしかなさそうだ。どうか大路さんの想いが、川津先輩に届きますように。

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