好きになったきっかけは?

 もう日も暮れてるけど、僕も大路さんも家に帰らずに、二人して近くの公園に移動していた。


 本当はそろそろ家に帰って、夕飯の準備をしなくちゃいけなかったけれど。

 顔を真っ赤にして固まってしまった大路さんを見てしまった後だと、どうしても放って置く気にはなれなかったから。


 最初はコーヒーショップにでも行って腰を下ろそうかと提案したんだけど、大路さんが『二人でいるところを親衛隊に見られたら、君の命が危ない』と言うので、人気の少ない公園まで来たのだ。

 まあそれはさておき、僕も大路さんも自動販売機で飲み物を買って、ベンチに腰かける。ちなみに大路さんが飲んでいるのはブラックのコーヒー。何だかイメージとぴったりだ。


 だけどそれを口にする大路さんには、いつもの凛とした雰囲気は無くて。肩をすぼめてシュンと小さくなっている。

 ちょっと話を切り出しにくいけど、いつまでもこうしていても仕方が無いよね。


「えっと、大路さんは川津先輩の事が、その……好き、なんですよね」

「……うん」


 二人とも、緊張のせいで声が強張っている。

 まさか大路さんと恋バナをすることになるだなんて、思ってもみなかった。

 クラスの女の子達と、誰が誰を好きかと言う恋バナをすることはあるけど、相手が大路さんとなると、何だかいつもと勝手が違って、変に構えてしまう。


「それにしても、よくわかったね。今まで誰にも気づかれる事無く、上手く隠してきたと言うのに」

「それは、なんとなく。……もしかして大路さん、川津先輩の事は好きでも、そんなに会う機会はなかったりします?」

「……君はどうしてそう鋭いんだ?」


 やっぱりね。川津先輩を前にした大路さんの態度を見たら、好きだと気付かない方がおかしいもの。

 今までよく隠してこれたと、驚いたくらいだ。


「おかしいだろ。私みたいなのが、男子を好きになるだなんて」

「そんなことないですよ。大路さんだって女子なんですから、男の人を好きになるのは当然じゃないですか」

「当然……か。私はそうは思っていなかった。男と女どっちが好きかと聞かれれば迷わず女の子と答えていたし、昔は自分が男相手にそういう気持ちになるだなんて考えたことも無かった」


 遠い目をして、空を仰ぐ。その姿に言いようのない切なさを覚えて、不思議と胸がドキリとした。


「男子と話をするより、女子と遊ぶ方が好きだった。告白してくる子も決まって女子だし、私は生涯女の子しか愛せないのだと思っていたよ。そしてそれに、何の疑問も感じていなかった」

「僕からすればツッコミ所ありまくりなんですけど、女子高ってそういう事が当たり前にあるんですか?」


 だとしたらある日聖子ちゃんが、彼氏じゃなくて彼女が出来たなんて言って女の子を連れてきてもおかしくないと言う事か。

 って、今は聖子ちゃんよりも大路さんの話だ。


「でも大路さんも、川津先輩の事が好きになったんですよね。何かきっかけはあったんですか? もしかして、一目惚れとか?」


 思い出されるのは、昨日の演劇部での風景。もしかして大路さんに一目惚れの経験があるのではと、皆がはしゃいでいたっけ。

 その時は否定していたけど、もしかしたら……。


 だけど大路さんは慌てたように、激しく首を横に振ってきた。 


「違うよ。一目惚れという訳じゃないんだ。けど、好きになるのに時間はかからなかったと思う。たぶんね」

「たぶん……ですか? いったい何があったんですか?」


 すると大路さんは、答えにくいのか、照れたように手をモジモジとさせて、小さな声で少しずつ答えてくれる。


「前にね、困っている所を助けてもらったことがあって。去年の夏にうちの演劇部と、川津君達のバスケ部が、同じ宿舎で合宿をした事があったんだ」

「ああ、さっき川津先輩が言っていた話ですね。その時初めて会ったんですよね?」

「そう。郊外にある、自然の家を借りての合宿だった。寝泊まりする宿舎の場所は離れてはいたけれど、高校生同士が、同じ施設を利用しているんだから、食堂なんかで会った時に、両部員とも話しをするようになっていってね。そうして交流していったバスケ部員の中に、川津君がいたんだ。彼は人当りが良かったから、私以外のグリ女の子達とも、ずいぶんと仲が良くなっていたよ」


 その光景は、難なく想像きる。

 僕がミニバスをやっていた頃も、先輩はそんな感じだった。

 同じチームにいた川津先輩は、年下の僕や正人にも積極的に声を掛けて来てくれて、上手なドリブルの仕方や、シュートの時のフォームなど、色んなことを教えてくれたっけ。もうミニバスは辞めちゃったけど、アレは楽しい思い出だ。


「ある時、うちの女子が一人、ロードワーク中に熱中症にかかってしまってね。立っているのもままならなかったから、私と当時の先輩が肩を貸して、医務室まで運ぼうとしていたんだ」

「え、ロードワークなんてあるんですか? 演劇部なのに?」


 話の本筋とは関係無いところで驚いてしまったけど、大路さんは気を悪くすること無く、クスリと笑う。


「当時川津君にも、同じことを言われたかな。勘違いされる事も多いけど、演劇部は文化部と言っても、体が資本だからね。体力作りのために、運動部にも負けないくらい、体を動かしているんだ」

「そうだったんですか。すみません無知で。聖子ちゃんから、もっと色々聞いとけばよかった」


 聖子ちゃん、家で部活の話をすることはあるけど、体力作りなんて聞いたのは初めてだった。もしかしたらわざわざ話す必要が無いくらい、当たり前のことなのかもしれない。


「話を戻すね。私と先輩で二人して、その子を運んでいたんだけど、どうにも歩みが遅くてね。するとそこで、同じようにロードワークをしていた乙木のバスケ部の男子達が通りかかったんだ。そして私達の様子を見て、おかしいって思って声を掛けてくれたのが……」

「川津先輩ってわけですね」

「そう、彼は誰よりも早く異変に気付いて。事情を話すと、だったら俺が運ぶって言って、その子を横抱きに抱えてね。あの時は、力の強さに驚いたよ。私も、グリ女の中では力持ちだとは自負していたけれど、やっぱり男の子だなあ。私達が二人掛かりでもなかなか運べなかった子を、軽々と抱えて歩いて行ったんだ。あの時の川津君は、本当に格好良かった……」


 口に手を当てて、頬を赤く染めて、これでもかってくらいの照れ顔を見せる。

 その恥じらう様子が、普段の貴公子然とした姿とはあまりにも違っていて、そのギャップに思わずドキリとしてしまった。


 けど、大路さんがそう言いたくなる気持ちも分かる気がする。

 力の強さもそうだけど、そんな事態に直面しても、慌てずにすぐさま行動すると言うのはなかなか難しい。だけどそれをやってのけるのが、川津先輩と言う人なのだ。


「それで、その後どうなったんですか?」

「幸いその子は、少し休んだらすぐに回復したんだけど、それ以来川津君とはよく話すようになってね。夜風に当たりたくて、宿舎から離れて散歩している時なんかは、遭遇率が高かったかな。悪い事をしていたわけではないのに、何故か皆には会っていることを言う気にはなれなくて。なんだか不思議なドキドキがあったよ」


 何だか逢引きみたいだ。

 その時すでに大路さんの中に恋心があったかどうかは分からないけど、傍から見たら人目を忍んで合っている恋人同士のように思えるかもしれない。


「それで、そうやって話しているうちに、だんだんと好きになっていったってわけですか?」

「ああ。だけど最初は好意よりも、軽い嫉妬心を抱いていたかな。さっき言ったように、川津君は私が運ぶのに苦労していた女の子を、軽々と抱えて行ったからね。自分にできないことをいとも簡単にやられて、少し悔しいって気がしてた」

「え、でもそれは仕方がないんじゃないですか? 男子と女子では、そもそもの体の作りも違いますし」

「それでもだよ。女だからという理由で負けるのは嫌だったから。本当は、勝ち負けじゃないって言うのは分かっているんだけどね。けどそのうち、言葉を交わす度に。強さも優しさも、川津君には叶わないなあって思うようになっていったよ。体力の問題じゃなくて、彼は人間的に、私よりも遥かに高い所にいるような気がした」


 うーん、そんなものかね。確かに川津先輩は尊敬できる人だけど、その点では大路さんだって負けていない気がするんだけどなあ。

 でも、二人の間にどんな会話があったのか、詳しくは分からないけど、大事なのは大路さんがそんな風に、川津先輩を尊敬しているという事。そして、その延長戦にあるのは……。


「つまり最初は、尊敬する気持ちから始まって。そのうちだんだんと、好きになっていったんですね」

「たぶんそうなんだと思う。合宿が終わった後も、気が付けば川津君の事を考えるようになっていて。最初は、その気持ちの正体が分からなかったんだけど。けど、ある日聖子がね……」

「聖子ちゃんが、どうかしたんですか?」

「たぶん本の受け売りだと思うけど、こんな事を言ってたんだ。『もしも一つしかないプリンを失ってでも幸せにしたい人がいたら、それは恋の証だ』って……」

「へ? プリンですか?」


 一瞬、思考が完全に止まってしまった。

 聖子ちゃん、いったい何を思ってそんな事を言ったの? 


「あの、話が見えないんですけど……」

「ああ、ごめん。さっきのは即興劇の途中で言ってたことでね。シチュエーションは、プリンと恋人、どっちが大事かってなってる時で……」

「即興劇の説明はいいですから。それより大路さんの話、どうしてプリンと関係があるんですか!?」


 さっきの合宿の話に、プリンなんて一回も出てこなかったのに。 


「ああ、それはね。合宿中、練習がきつかったのか、川津君がとても疲れていた事があって。そしてその日の夕飯にプリンが出ていて。その時私は、元気を出してもらおうと、川津君にプリンをあげてたんだよ」


 なるほど、疲れているのを察してプリンをあげるだなんて、優しいなあ。

 けど、なんだろう? 何だかとてつもなくしょうもない予感がするんだけど……。


「聖子の言葉を聞いて、川津君に、プリンをあげたことを思い出して。それで自覚したんだ。そうか、私は川津君のことが好きだったのかって……って、ショタくん?」


 頭を抱えている僕を、大路さんは心配そうに見てくる。


 プリン……プリンかあ。そうですね、プリンって美味しいですものね。

 本当は大路先輩も食べたかったでしょうに、それを我慢してあげたって言う事は、すなわち恋の証……なのかなあ?


「プリンがきっかけで自覚すると言うのも、珍しいですね」

「えっ、何かおかしかったのかい? 聖子が言っていたんだから、間違い無いと思うんだけど」

「聖子ちゃんが言った事を、何でも鵜呑みにしないで下さいよ。けど大路さんが川津先輩の事を好きと言うのは、本当みたいですね」

「そ、そうかい? うむ、他人から改めてそんな風に言われると、何だかこそばゆいな」


 ほんのりと赤く染まった顔を照れたように伏せて、もじもじとする大路さん。やっぱり、好きなのは間違いないですよ。


 その仕草がとても可愛らしいくて、乙女だなあ、なんて思ってしまった。

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