夢うつつ

羽水すい

夢うつつ

「じゃあ、また遊ぼうね」

別れ道まで来るといつも必ず、彼女は楽しげにそう言った。

沈みゆく夕日に照らされた彼女の笑顔。

今でも不意に思い出す。

「またね」

あの日の私もそう言って、彼女に大きく手を振った。

それが最後に見る彼女の姿とも知らずに。


その次の日、彼女は学校に来なかった。

自宅は静まり返っていて、電話もメールも通じなかった。

しばらくすると警察も動き出した。

必死で町中を探し回った。

学校の授業も部活も習い事も全部休んだ。

ビラを作ってはあちこちの駅で配り続けた。

それでも見つからなかった。

忽然と姿を消してしまった。


あれから十数年。

私は今、彼女の目の前にいる。

「久しぶり。やっぱり、ここにいたのね」

「うん。ちょっと遠いところだよね」

もしかしたらって、ずっと信じてたのに。

彼女はあの頃と変わらない姿のまま、私をじっと見つめて言う。

「ねえ。あれから今までのお話を聞かせてよ」

彼女がいなくなってから何日も何日も探し回ったこと。

酷く落ち込んで自暴自棄になりかけたこと。

なんとか立ち上がろうとしていたこと。

いつしか生きる意味すらよくわからなくなったことだけは話さなかった。

彼女は相槌を打ちながら聞いてくれている。

「で、最後にはここに来ちゃったってわけ」

偶然だったとはいえ、少しも抗おうとしなかった。

「そっか。そうだったんだね」

特別な出来事なんて何一つ無い、淡白で薄っぺらい些事の寄せ集め。

「これが私の人生のすべてよ」

盛り上がることなく、心も躍らない。

彼女の感想はただ一言。

「すごくつまらない物語ね」

「それはあなたがいなかったからよ。でも、これからは一緒よね」

「知ーらない。つまらない話しかできない人とはもう遊べないよ」

彼女はくるりと背を向けると私から離れていく。

「待って!待ってよ!やっと会えたのに」

「あなたはまだこっちに来ちゃダメよ」

離れ行く後ろ姿がどんどん小さくなる。

「次に会うときまでには、もう少し面白いお話を用意しておいてよね」

そして消えていった。


「待って!……痛ったぁ」

自分の叫びで全身に鋭い痛みが走る。


階段から転げ落ちた。そこまでは覚えてる。

体の限界を無視して働き続けた結果だから不思議はない。

むしろ心のどこかでは終わりを望んでいたのかもしれない。

彼女の夢を見るなんて一体何年振りだろう。

病室の窓からはちょうど夕日が見えている。

「もうちょっとだけ頑張ってみようかな」

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夢うつつ 羽水すい @u_sui_sui

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