第92話 【変転の砂漠】です
翌朝、ムートちゃんと別れ、村人に挨拶をした。
私とサミューちゃん、新たに加わったカリガノちゃんと跳びながら移動していく。
私は【猫の手グローブ】を装着しており、徒歩でのゆっくり旅ではなく、急ぎ旅だ。
カリガノちゃんはさすが獣人。アイテムを装備した私、【魔力操作】をしたサミューちゃんのスピードに問題なく合わせてくれた。
途中の街や村で宿泊をしながら五日。ついに私の目の前に――
「ふわぁ……!」
――【変転の砂漠】!
砂、砂、砂……! 全部砂! 目に見えるすべてが赤茶色のさらさらの砂……!
近づくごとに、空気の乾燥は感じていたが、木が生え、地面は固かった。でも、今、私の見ている景色はすべてが細かい粒子の砂でできている。
転生前に映像で見たことがある砂漠との違いはその色だろうか。黄土色のようなものをよく見たが、ここの砂はかなり赤みが強い。
「あ、ここ、さかいめ?」
そして、思ったよりもはっきりと境目がわかった。
イメージではだんだんと砂漠になっていくのかなぁ? と思っていたが、ここは突然、砂地になっている。
私がそれを気にしていると、サミューちゃんも興味深そうに頷いた。
「【変転の砂漠】は私も初めてきましたが、こんなにはっきりと境目がわかるのですね」
「そうなノ! 砂漠は【
「こかとりすの?」
カリガノちゃんの言葉に、はてと首を傾げる。
カリガニちゃんは「うん」と頷くと、話を続けた。
「ニワトリが瘴気をまとっているのは伝えたノ。 その瘴気は触れると草木を枯らしてしまうノ。ここは乾燥した土地だから、一度、草木が無くなると砂漠になっちゃうノ。一か所にいればいいのに、ニワトリがウロウロするから砂漠が広がっちゃうノ」
「そうなんだ」
「過去にこの境目までニワトリの瘴気が来たってことなノ。ニワトリが去れば、草木もまたゆっくりと戻っていくノ。カリガノの村もときどき植樹して砂漠が広がらないようにはしてるノ!」
カリガノちゃんの話に、なるほどと頷く。
【
「ニワトリの毒の匂いで居場所はわかるノ。でも、それだけなノ……」
「瘴気は生物にとって毒。それをまとっている【
カリガノちゃんとサミューちゃんが考えるように砂漠の奥を見つめる。
カリガノちゃんはすでに【毒鶏】の居場所がわかっているのだろう。だが、近づけなければ倒すこともできない。
【
ムートちゃんの言う通り、たしかに難敵である。
が――
「れに、こかとりすにちかづける」
「ふぇ!?」
私が自信満々に言うと、カリガノちゃんが驚いたように声を上げた。
「でも、危ないノ! 瘴気を吸ったら、生き物は倒れてしまうノ。すぐに毒消しをしないといけないノ!」
「うん。でも、れに、どくにならないから」
「そうなノ!?」
私の言葉にカリガノちゃんがぱちぱちと目を瞬く。
すると、サミューちゃんは「なるほど」と頷いた。
「レニ様には特別なアイテムがあるからですね」
「あのね、むーとちゃんがくれた」
「ドラゴンがですか?」
「うん。これ」
サミューちゃんの言う通り、私が【毒鶏】の瘴気に怯まない理由は『特別なアイテム』があるからだ。
そして、そのアイテムとは――
「逆鱗ですか?」
――【
ポケットから取り出した、てのひら大のそれ。光を反射し、黒くきらきらと光っている。
そのアイテムのステータスを見てみると、こんな効果がついていた。
・全状態異常無効
・常時体力回復
・魔力異常感知
かなりのチートなアクセサリーアイテム!
「これ、じょうたいいじょう、ならない」
「そ、そんなすごい効果のアイテムがあるノ!? じゃあこれを持ったレニちゃはニワトリの瘴気は効かないノ!?」
「うん」
【毒鶏】のことを知っていたムートちゃんがくれた逆鱗。この【全状態異常無効】の効果が役に立つはずだ。
きっと私が【毒鶏】に対処できるようにくれたのだろう。だれかに肩入れしないなんて言っていたけど、ムートちゃんはいつも優しいと思う。
「それならばレニ様は【毒鶏】に近づいても大丈夫かもしれません。腐っても【世界礎の黒竜】の鱗ですし……。すこしだけ瘴気に触れ、問題ないようであれば、【毒鶏】に接近すればいいのですね」
「うん」
「レニちゃはすごいノ! ……あ、でもそれだと、カリガノはレニちゃを助けられないノ。なにかあったときのために、一緒にいたかったノ」
「そうですね。レニ様であればお一人でも【毒鶏】を倒すことはできるのでしょうが、できればそばでその勇姿を目に焼き付けたい……!」
そう。この方法だと、私しか【毒鶏】にしか近づけない。だが――
「いいほうほう、ある」
二人を安心させるように、しっかりと頷く。
私は一つ思いついたのだ。
【毒鶏】の瘴気を無効にするのが【状態異常無効】だとするならば、使える方法があるのだ。ふふっと笑う。
「れににおまかせあれ!」
ということで。
【変転の砂漠】に入り、カリガノちゃんの案内で【毒鶏】へ向かっていく。
が、すぐに問題が起きて……。
「レニ様! 砂嵐です!」
「ふわぁ……! かぜ、つよいね」
「わ、忘れてたノ……! 砂漠はすぐ砂嵐が来るノ!」
「忘れてたじゃないでしょう!? なんのための案内なのですか!」
「ごめんなさいなノ、ごめんなさいなノー!」
赤茶色の砂が強風により吹き上げられていく。
砂漠を抜ける風は猛烈で、私の体は吹き飛ばされそうだ。
サミューちゃんはそんな私の体を抱き上げ、抱え込むようにして、必死に風から守ってくれている。カリガノちゃんは「ひゃー!」と言いながら、困ったように飛び跳ねていた。
このまま砂嵐に巻き込まれてしまうと、さすがに苦しくなりそうだ。
「あいてむぼっくす」
現れた表示から、お目当てのものを探す。それは
「――てんと!」
――テント(特上)!
私の言葉と同時に、砂漠にボンッとテントが立つ。
何本かの木の支柱が円錐形に組まれ、そこに白い布地がかけられている。いわゆるティピーと呼ばれる形のテントだ。
「ふぇええ!?」
「こ、これは……レニ様ですか!?」
強風に吹かれながら、二人の驚いた声が響く。
私はサミューちゃんの肩をとんとんと叩き、テントへと促す。
「てんと、とばされない」
「は、はい!」
「かりがのちゃんもなかに」
「わかったなノ!」
私の言葉を受けて、二人が急いでテントへと入っていく。
テントの中はそんなに広くはないけれど、3人なら足を伸ばせて眠れるぐらいの面積はあった。
とりあえず、三人で中央付近に座る。
強風が吹きつけている音はするが、天幕が揺れることや、支柱が倒れることは一切なかった。
「さすがレニ様のアイテム……。あの強風でもびくともしないなんて……」
「なんでなノ? 不思議なノ。もし、カリガノが急いで木と布で同じ形のテントを作ってもすぐに飛ばされちゃうノ!」
二人の言葉にふふっと笑う。
アイテムの中でも格がある。やはり(特上)は違うのだ。
「すなあらし、おおいの?」
「あ、そうなノ。カリガノ、うっかりしてたノ。【変転の砂漠】はこうやってすぐに砂嵐が起こるノ。でも、すぐに収まるノ」
なるほど。どうやら長い時間ではないらしい。
「たしかに。もう風は止んでいますね」
外の音を聞いていたサミューちゃんがそう呟いて、立ち上がった。そして、テントから外を覗く。
「どうやら砂嵐は消えたようです。レニ様、こちらへ」
「うん」
サミューちゃんと手を繋ぎ、外へと出る。
すると、景色は一変していた。
「ふわぁ……。あっちにあった、さきゅう、なくなってる……」
テントに入る前まで、遠くに二つの砂丘が見えていたのだ。が、それがきれいになくなっている。代わりに……。
「レニ様、あちらの砂丘は三つに増えているようです」
「ふわぁ……」
サミューちゃんの言葉に右側へと目を向ければ、なかったはずの砂丘が三つになっている!
「これが……まっぷがかわるりゆう……」
ゲーム内で起こっていたことに、胸がドキドキと高鳴ってくる。
すごい! そうだったんだ……!
ゲームではマップを出入りする度に地形が変わっていた【変転の砂漠】。実際にはどうしてそれが起こるのか知りたかった。
自分の目で見たくて。
自分の耳で聴いて、自分の手で触って、空気を感じて。
そして今、砂嵐が去ったあとの世界は日を浴びてキラキラと光っていて……。
「きれい……」
マップが変わるのは、砂漠を吹き抜けていく強風のせい。
一面の赤茶色の砂が、強風で飛ばされると、砂丘一つぐらいなら簡単に場所を変えてしまうのだ。
「砂嵐も厄介ですが、こんなに簡単に地形が変わってしまっては、迷ってしまいますね……」
「そうなノ。カリガノは獣人だから、砂嵐で地形が変わっても、風の匂いでだいたいの方向はわかるノ。でも、普通の人間はすぐに迷子になるノ。何人も行方不明なノ」
カリガノちゃんもテントから出てきて、あたりを見ている。
たしかに、そもそもこの砂漠には目印にできるようなものがない。
どこを見ても赤茶色の砂しかなく、砂丘の場所や形を目印に移動していると、それが砂嵐で飛ばされてしまえば、簡単に迷子になってしまうだろう。
「かりがのちゃん、まだ、こかとりすのばしょ、わかる?」
「わかるノ! 砂嵐だと風は混ざって難しくなるけど、やり過ごせれば、また匂いを追えるノ!」
「うん。じゃあ、しゅっぱつしよう」
そうして、また砂漠を進んでいく。
ある程度、離れるとテントは自然に消えた。それを見てまたカリガノちゃんが「ええ!?」と驚いた悲鳴を上げていたが。
【テント(特上)】は消耗品だから仕方がない。
カリガノちゃんの案内で【毒鶏】へ近づいていく。途中で何度か砂嵐にあったので、それはテントで凌いだ。
そして――
「ここからなノ! レニちゃ、気を付けてなノ。その空気が濁っているところから瘴気なノ!」
「うん。 ちょっとさわってみる」
「ゆっくり、慎重に」
「うん」
――赤茶色の砂漠に、突然、紫と緑を混ぜ合わせたような濁った空気が出現した。
どうやらそれは半径100mぐらいを覆っており、その中心に【毒鶏】がいるようだ。
サミューちゃんとカリガノちゃんの言葉を受け、その濁った空気にすこしだけ、猫の手の爪を当てる。
「……なんともない」
「さすがレニちゃなの……! 普通の人間ならそれだけで、気持ち悪くなって倒れちゃうノ!」
「かなり濃度の高い瘴気です」
二人の声を聴きながら、すこしずつ瘴気の中に体を進めていく。
そして、全身を濁った空気へ入れても、私の体はなんともない!
「だいじょうぶ」
空気が濁っているから、二人の姿は霞んでいる。でも、声は聞こえるはずなので、大きな声を出せば、すぐに二人から声が返ってきた。
「レニ様! くれぐれもお気をつけてください!」
「レニちゃ! 瘴気がなくなったら、すぐに行くノ!」
「うん。いってくるね」
二人には、もし【毒鶏】の瘴気に当たりそうになったら逃げるように伝えてある。
なので、まずは瘴気を無くすところから。
方法は――ある。あとは、下準備だ!
「つるはし!」
――砂漠に穴を掘ります!
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