第77話 話をしましょう

 そうして、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の話を聞き、今後の動きの見通しがついた。


・【魔力路】を細くする術をもう一度かける。

・【魔力操作】の訓練をする。

・【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の秘宝を探す。


 この三つを行い、現在の【魔力暴走】状態を抑える。そうすれば、私が消えることはなく、世界の滅亡(サ終)は免れるということだ。

 話を終えた【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は「ちょっと世界を見てくるぞ」と言い残し、窓から飛んでいった。

 部屋に残ったのは私とサミューちゃん。

 サミューちゃんは掛け布団を手に取ると、眠るように促した。


「レニ様、お疲れだと思います。【魔力路】を細くする術については、ハサノ様が準備に取り掛かっています。用意ができるまではお休みください。明日の朝か昼頃に、とおっしゃっていました」

「わかった」


 たしかに体は熱っぽく、だるくなっているように感じる。

 でも……。


「さみゅーちゃん。こっち」


 私はベッドから起き上がり、ソファへと歩いた。

 そして、ぽんぽんとソファの座面を叩く。

 こちらへどうぞの合図だ。


「ここにすわって。はなしをしたい」

「っ……しかし、レニ様……」


 サミューちゃんはベッドと私と交互に視線を送る。

 そして、眉を下げて困ったようにその場に留まった。


「レニ様。私は今、レニ様には休息が必要だと思います。落ち着いてからでも、話をする機会はあるのではないでしょうか」

「うん」

「私との話よりも、レニ様の体を大切にしてほしいのです……」

「うん」


 サミューちゃんの言うことはもっともだ。きっと今じゃなくてもいい。

 でも……。それでも、私は――


「れに、さみゅーちゃん、しんぱい」

「えっ……」

「さみゅーちゃん、げんきない。しんぱいで、やすめない」

「レニ……さま……っ」


 世界の滅亡を回避するため、私が無理をしてはいけないことはわかっている。

 でも、私はサミューちゃんのことが気になるのだ。


「さみゅーちゃん、ふあん? こまってる?」


 私は……転生するまでは、引きこもりの女子高生だった。

 うまく人と馴染めず、普通に学校に行くことすらできない、そんな人間だ。

 普通の人なら……こういうとき、どうやって会話をするんだろう。もっとうまくやれるのかな……。

 さりげなく理由を聞いたり、おいしいごはんに誘ったり……? でも、私にはそんな器用なことはできない。

 なにかを言えば、その発言は普通ではないようで周りから浮く。それならばなにも言わないでおこうと黙っていれば、周りをイラつかせる。

 どっちを選んでも、なにもうまくできない。気づけば「ごめんなさい」以外の言葉を口に出すこともできなくて……。


「……れにね、しっぱいする」


 転生する前、私はなにを成せたんだろう。なにもできないまま、そのまま死んでしまった。

 そして、この世界に転生して、強い力をたくさん得たのだ。


「れに、つよいけど……、できないことがいっぱい」


 父と母を救い、世界を見て回ろうって決めた。その力があるって思ったから。

 それでも、私は失敗ばかりで……。


「ぱぱ、ままのおかげで、それでもいいっておもえた」


 そんな私を父も母も笑って受け止めてくれた。成功する私じゃなく、失敗した私でさえ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 だから……「ごめんなさい」以外の言葉もたくさん伝えることができて、やりたいことをやりたいって伝えることができたのだ。

 そして今、私がここで笑っていられるのは――


「さみゅーちゃん、いっぱいたすけてくれた」


 ――サミューちゃんがいてくれたから。

 私のことを丸ごと全部信じてくれた。できるっていう私をまっすぐに見てくれた。隣を見上げれば、いつもうれしそうに笑ってくれた。

 ……それが、私は本当にうれしかったから。

 その笑顔がいつも私の胸をうきうきさせてくれたから。

 大好きなサミューちゃんの笑顔。きらきら輝く碧色の瞳。それが今、翳ってしまったのは……。


「……れにが、……なにかやったのかも」


 ……私のせいかもしれない。

 ここにきて、ようやく私は一つの可能性に思い当たった。

 サミューちゃんが元気がないのは……。私に愛想を尽かせたのかもしれない。

 転生前、ずっと引きこもりで周りから浮いていた私だ。転生したからと言って、コミュ能力が上がったわけではない。

 だから……私のしたことで、サミューちゃんの元気がなくなったのかもしれない。

 そう考えたら、胸が苦しくなって、思わず下を向いた。

 すると――


「違います! レニ様……っ!」


 焦った声と、こちらへ近づいてくる足音。

 気づけば、私の体は温かなものに抱きしめられていた。


「さみゅー……ちゃん?」

「申し訳ありません、レニ様っ。私は、私はレニ様にそんな悲しい顔をさせるつもりはなく……っ」


 サミューちゃんがソファの正面に膝をつき、私をぎゅっと抱きしめていた。


「私は……レニ様が消えてしまうかもしれないと説明され、絶対にいやだと思いました。怖くなったのです。……そして、レニ様がこのままエルフの森にいてくれれば……と。そんな浅ましい考えが過ぎったのです」


 サミューちゃんの声が震えている。

 きっと今、すごくつらい告白をしてくれているから……。


「女王様が……レニ様のお母様が人間の男と出奔したとき、私は……自分の愛し方が間違っていたと思いました。愛しさ故に縛り付け、希望を押し付け、意思を無視するのはダメなのだと。……だから私たちエルフはレニ様のお母様を失ったのだと感じたのです……」

「……うん」

「人間の男……レニ様のお父様は女王様をそのまま愛したのです。……私はそれを妬み、嫉み、……羨ましいと思いました。そんな風にだれかを愛することが……それが正しいのだろう、と」


 サミューちゃんの話は、父と母のことだった。

 サミューちゃんたちエルフはここで母とゆっくりと死を迎えようとし、父は母と生きることを諦めなかった。

 結果、母は人間になり、ここを出て行ったのだが、それがサミューちゃんの心にずっと残っているのだろう。


「私は間違っていた。だから……女王様の子の守護者になるという夢が消えたのだと、深く絶望しました」


 母がいなくなったエルフの森。母の子が生まれたら守護者になると決め、必死で努力していたサミューちゃん。その夢が消え、とても苦しかったのだろう。


「けれど私の夢は続いていて……。私はもう二度と間違えないよう、レニ様を支えられるようにしたいと考えてきました。縛り付け、押し付け、意思を無視する愛し方はしないと必死でした」


 出会ったときから……サミューちゃんは私のことを止めなかった。いろいろと説明してくれ、私がやりたいと思ったことをサポートしてくれていた。

 それは……過去の苦しみや悲しみがあったから。

 初めからそうだったわけではなく、サミューちゃんは一生懸命に考えてくれていたのだろう。


「けれど……私はやはりダメなエルフです。今の私はどうやったらレニ様にここに留まってもらえるか、そんな考えばかりが浮かぶのです。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】がレニ様に宝探しの提案をしたときも、それを喜べませんでした。……レニ様はそれをしたいと望んでいるのに」


 さっき目が合わなかったのは、止めたい気持ちとそれじゃいけないという、相反した二つの気持ちが葛藤していたのだろう。

 そこまで言うと、サミューちゃんはすこしだけ私から体を離した。

 ほんのすこしだけ見えた横顔。サミューちゃんは目を閉じていて……。


「私は人間の女騎士の姿を見て、昔の自分を見ているようで軽蔑していました」

「ぴおちゃんのこと?」

「はい。……守りたいと言いながら、狭い世界へ閉じ込めること。危険を取り除くと言いながら、交友関係を断つこと。……そんな愛し方ではダメなのに。私はそれを二度としないと傲慢にも思っていたのです」


 サミューちゃんとピオちゃん。二人は相性が悪かった。

 初対面でピオちゃんの対応が冷たかったからかと思っていたが、それだけじゃなかったようだ。

 サミューちゃんは過去の自分とピオちゃんを重ね、より強い言葉を使った面もあったのだろう。


「でも、私は……あの人間の女騎士と同じでした。情けなく、弱い。それが私です」


 サミューちゃんはそこまで言うと、私から顔を隠すように、もう一度、私を強く抱きしめた。


「レニ様はきっと世界の滅亡を回避するために、必ず旅に出る。そして、必ずやり遂げる方です。だから……私は止めることができない……。レニ様は人のために走っていく方だから……」


 サミューちゃんはそう言うと、深く深く息を吐いた。

 表情は見えないけれど、震える体と息遣いから、サミューちゃんが悲しんでいるのがわかる。

 でも、私は……。私は……。


「さみゅーちゃん」


 私はぎゅうとサミューちゃんを抱き返した。


「れに……うれしい」


 どうしよう……。うれしい。

 サミューちゃんの告白は重く、愛し方に悩んでいる。私が消えてしまうことを嘆き、悲しんでいるのに、こんな気持ちになるなんておかしな話だろう。

 でも……。


「れになら、せかいのために、ちからをつかうって」


 私が怯んで、エルフの森へ留まるなんて、サミューちゃんの頭にはない。

 そんなこと、露ほども考えてないのだ。


「れになら、やるって」


 ――信じてくれている。

 信じているから、私を止められないって悩んでいるのだ


「れに、あいのせいかい、わからない」


 サミューちゃんが間違っていて、父が正解だった?

 でもきっと、そういうことじゃないと思うのだ。

 いろんな愛し方があって、いろんな関係性があって。たまたま父と母がうまくいき、サミューちゃんは悲しい思いをした。

 それは過去の話。未来がどうなるかはわからないし、それがずっと続く保証もない。父と母はまた愛の形を変えていくのだろうし、キャリエスちゃんとピオちゃんたちも、みんなで試行錯誤しながらがんばっている最中だと思うから。

 そして、今、私とサミューちゃんは二人で一緒にいる。私はサミューちゃんと一緒にいたいと思っている。


「れに、さみゅーちゃんがいい」

「レニ……さま……っ」

「さみゅーちゃんがいい」


 とってもかわいい美少女なのに、呼吸困難になって……。

 とっても強いのに、ときどき自信がなくなって。

 そんなサミューちゃんがいい。


「さみゅーちゃん、もっとしんじて」

「もっと信じる……?」

「うん。れにのこと、もっと、もっとしんじて」


 いつも信じてくれる。それが本当にうれしいから……。


「れになら、かならず、うちかつって」

「打ち勝つ……ですか?」

「うん」


 もっとできるって。

 信じて。


「せかい、めつぼうさせない」

「……は、い」

「れに、きえない」

「は、いっ!」

「さみゅーちゃんと、せかいをみてまわる」

「はいぃぃっ……!!」


 サミューちゃんはそこまで言うと、わぁあん! と大きな声を出して泣いた。

 私はそれが落ち着くまで、ただぎゅっとサミューちゃんを抱きしめる。

 しばらくすると、サミューちゃんは、そっと私から体を離した。

 その碧色の瞳はきらきらと輝いていて……。


「もし、宝玉がなくなって世界が滅亡しそうになったとして、きっとレニ様ならすごいことを起こしてくれます!」

「うん」

「もし、レニ様がこの世界からいなくなってしまったとして、私が迎えに行けばいいのです!」

「迎えに?」

「はいっ! 世界を渡ってでも! 私は必ずレニ様を探し出します! そして、ずっと一緒に旅をするのです!」


 サミューちゃんが右手にぎゅっと拳を握り、声高に宣言をする。

 その姿があまりに真剣で……。だから、私は思わず笑ってしまった。


「うん、いいね」

「はいっ! なんの問題もありません!!」

「うん。さいこうだね」

「はい! 最高です!!」


 ああ。やっぱり、サミューちゃんが元気だと胸がうきうきする。


「しゅぎょう、がんばる」

「はいっ!! 私ももっと立派なエルフになれるよう、修行を重ねます!」


 二人で視線を合わせて頷き合う。

 そう。二人なら絶対に大丈夫!


 ――さあ! もっと強くなりましょう!

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