第74話 レニちゃんは天才2
サミューとハサノ。二人にとって目の前で起きたことは、恐怖だった。
燃えるエルフの森。その炎を消すために力を使ったレニ。
……そこまではよかった。
けれど、炎を鎮火させたレニの力はあふれ続けたのだ。レニから発せられる光は強くなり、レニの体は薄れていく。
――明滅するレニの体と開かない目。
サミューとハサノは必死で呼びかけ続けた。そして、それを見ていた【
「れに、どうなってた?」
目を開けたレニは不思議そうにサミューとハサノを見上げた。
そして、自分の状況を聞いたあと、またすぐに目を閉じる。
「えるふのもり、ぶじでよかった」
レニがとくに気にしたのは、炎が消えたかどうかだ。
エルフの女王であるハサノには、すぐにエルフから報告が上がっていた。レニの力により、エルフの森全体が包まれ、炎は消えた、と。
レニはそれを聞くと、満足そうな……どこかほっとしたような笑顔を浮かべた。
「ちゃんとできた……」
そして、そのまま、うとうとと眠り始める。
今度は体が明滅することはない。ハサノが【魔力路】を細くする前の状態と同じ、【魔力暴走】だ。
せっかく術をかけたが、【魔力路】はすぐにまた広がってしまった。
「サミュー……。私はまた術の準備をします」
「……レニ様は、また、【魔力暴走】を起こしてしまったのですか?」
「ええ……。レニちゃんは思いきり力を使ってしまった。せっかく細くした【魔力路】も一気に流れる魔力には耐えられない。元の状態に……もしかしたら、前よりも悪くなったかもしれないわ。……体が楽になったとしても、魔力を一度に、大量に使うことはよくないの。それを伝えようと思ったのだけど、間に合わなかったわ」
ハサノはため息をついて、【
せっかくの術がレニの体に負担をかけるだけの結果になってしまった。
ハサノがレニとしたかった約束は『魔力を無暗に使わない』ということだったのだ。
【
「どうなっとるんじゃ、この器は……。不安定すぎるぞ」
【
レニに力の扱い方を教えるために、ハサノの魔力の輪は外れている。
サミューに抱かれたレニの心臓から手を離し、不審げな顔でレニを見下ろした。
「……元はと言えば、あなたが森を焼いたせいで……」
ハサノは右人差し指を立てると、そこに魔力の輪を作り出した。
消えかけているレニをなんとかできるというから解放しただけで、許したわけではない。
胡乱な顔で見つめれば、【
「待て待て待て。今回は消えることなく、魔力を抑えることができたが、このままでは、また同じことを繰り返すぞ。余がいなかったらどうなっていたことか。いいのか?」
「……そんなこと……いいわけありません!」
サミューは流れる涙もそのままにレニをぎゅうと抱きしめた。
熱を持つ体。【魔力暴走】を起こしたといえ、その体はここにある。けれど、先ほどは本当に消えかかっていた。
ずっと抱き上げていたからこそわかる。サミューの手にレニの重みはなくなっていっていたのだ。
こんなことがまた起こるとすれば――
レニが消えてしまうとすれば――
サミューの瞳からはボタボタと涙がこぼれ、それから逃れるようにレニの体を強く抱きしめた。
「レニ様はっ……レニ様はいつだって、一生懸命なのですっ。……自分のためでなく、他人のために全力を尽くす、それがレニ様なのです……っ」
サミューはそう吐き出すと、ぎゅうと目を閉じる。
サミューがレニに出会ったのはレニが三歳のとき。
父母が安全に楽しく暮らせるようにと、一人で借金取りのアジトを潰していた。
才能があふれ、一人でなんでもできる。とても強く、サミューは自分自身が必要ないのではないかと考えた。
でも、レニはそんなサミューがいいと言ってくれた。一緒に旅に行こう、と。
そうして一緒に旅をするうちにわかったのだ。
レニは――
「レニ様は、『できる』とよくおっしゃいます。人のために……助けるために、力を使うのだ、と。……でも、いつもいつも自分のことは置き去りにされるのです。だから……もし、ハサノ様の話を聞いたとしても。その力を使えば消えてしまうと言われても」
きっと、レニは――
レニが選ぶのは――
「自分の身ではなく、他人を救うことに力を使う。――レニ様は必ず力を使います」
もし、レニがハサノの注意事項を聞いていたとしても、レニはエルフの森の炎を消すために、同じように力を使っただろう。
そして、それは今だけではない。
これから先も……。レニは必ず、他人を救うために力を使う。
サミューには、それが痛いほどわかった。
「だとすればっ……だとすればっ、レニ様は消えてしまうっっ。レニ様はきっとそちらを選ぶお方だから……っ」
サミューの瞳からはとめどなく涙があふれる。
消えてしまうレニ。それはサミューには受け入れがたいことだ。そんな未来は許容できない。けれど――
「私はそれを止められない……っ。レニ様の身が一番大切なのに。レニ様以外に大切なものなどないのに。……レニ様が望むなら……私はレニ様が消えるのを見届けるしかないっ」
――自分ではレニを止められない。
サミューはピオに伝えた言葉を思い出していた。
ピオは主の望みを知りながらも、それが危険だと思えば、止めることを辞さなかった。
でも、サミューは違う。危険だと思っても、それが主の望みであれば叶えるべきなのだ、と考えていたのだ。
でも、サミューは今は、ピオのように行動し、発言がしたいと思ってしまった。この腕の中で……サミューの手の届く、小さな世界だけで生きてくれたならば……。
レニが危険を冒すのはしかたがない。でも、消えてしまうのを見ているだけなんて……。
「主の望みだからと、消えてしまうのを見ているだけしかできない私など、必要なのでしょうか……。……私は……」
「サミュー……」
サミューの言葉に、ハサノはかける言葉を探した。
伝えたい思いはある。
けれど、それは……レニとサミューの二人で探す言葉だから。
「……申し訳ありません。私の思いを言っている場合ではありませんでした。まずは、レニ様を休めるところへ」
「ええ、そうね」
サミューはそう言うと、レニを抱いたまま、立ち上がった。
向かうのは、レニが寝ていた部屋。
「余も行くぞ」
「――消えてください」
「すごい対応じゃの、このエルフ……」
ついていこうとする【
今はレニを抱き上げているから攻撃しないだけで、すぐにでも矢を撃ちたいのが本心だ。
【
「そもそも余は幼いエルフの持つ【宝玉】を探しに来たのじゃ。この世界を支える【宝玉】とはつまり、余の体から作られたものじゃからな」
そう。【
「七つで均衡を保っていたというのに、一度この世界から消えた。どうなってるかわからないまま四年も経っていた。ようやく力を感じ、様子を見に来てみればこの有り様じゃ」
【
熱に浮かされ、頬は赤くなり、眉を顰め、苦しそうだ。
「この幼きエルフ、あまりにも【宝玉】と混じりすぎている。【宝玉】だけをこの手に戻す、あるいは手に戻さずとも、この世界に存在すれば、それでいいと思っていたが……」
ちょっとした探訪のつもりだった。
失われた【宝玉】を探しながら、世界の現状を見物する。
だが、今、【
「この幼きエルフが死ねば、この世界から【宝玉】は永遠に失われる」
七つの【宝玉】。
一つでも失えば――
「均衡を崩した世界は――滅亡じゃ」
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