第70話 【魔力路】を細くします

 ハサノちゃんは宮殿の一階。天井が高く、窓からの光が降り注ぐ部屋で準備をしてくれていた。

 この雰囲気はこどもたちを捕まえていたニグル村の教会に似ている。あれよりも温かみがある感じだけど。

 中央にはたくさんの紋章が複雑に組み合わされたような魔法陣。この中央に立つと、術が発動するのかな?


「じゃあ、レニちゃん、術を使う前に今の状態を伝えるわね。レニちゃんは【魔力路】がパンパンに膨らんだ状態なの」

「うん」

「このままだと、【魔力路】が壊れてしまう、それによって命を落としかねない状態よ」


 ハサノちゃんの言葉にうんうんと頷く。

 サミューちゃんに教えてもらったこととほぼ同じ。さらに新情報として【魔力暴走】によって死んでしまうのは、【魔力路】の破損が原因らしい。

 イメージだと、蛇口とビニールホースのような感じだろうか。

 水圧の高い蛇口。そこについたビニールホース。今までの私は蛇口の栓が閉じていたから良かった。が、今はそれが開きっぱなしの状態なのだろう。

 エルフは体内に魔力が循環していると言っていたから、ビニールホースの先はまた蛇口へと還っている。そこでバランスを保ちながら、ぐるぐると体内を巡っている感じかな。そして、必要なときに魔法を使ったり、【魔力操作】を行い、任意の場所から魔力を出している。

 が、私はその水圧が高すぎて、ホースが耐えられないのだ。ホースはどんどん太く、ホースの外皮は薄くなってしまっているのだろう。

 このホースの負担により発熱や倦怠感、眠気の症状が出ているのだろう、そして、いつかホースが裂けてしまえば、死んでしまう。


「この魔法陣は太くなってしまった【魔力路】を細くし、さらに魔力の循環の負担にも耐えらえるよう、強靭性を持たせるものよ」

「すごいね……」


 母のように循環する魔力を失くし、【魔力暴走】を防ぐのではない。そして、これまでの私のように元栓を閉めるわけでもない。

 蛇口の栓は開いたまま、魔力の循環量は変えずに、ホースを強くすることが今回の術でできるようだ。

 負担がかかったホースを体のサイズに合わせて細く。そして、補強までしてくれる。

 もう二度と母のようなエルフを出さないため、エルフの仲間を救うために、ハサノちゃんはたくさんの研究をしたのだろう。


「けれどね、レニちゃん。これは完璧な術ではないの……」


 ハサノちゃん苦しそうに眉根を寄せた。


「レニちゃんの魔力は大きすぎる。この術を使って【魔力路】を強化したとして、それでもまた【魔力路】は太くなり、レニちゃんの体には負担がでてくると思うわ」

「さいはつ?」

「再発……ええ、そうね。そうなると思うわ。だから、レニちゃんの体が魔力に見合うように成長をするまで……。いいえ、もしかしたら、一生かもしれないわ」


 ハサノちゃんの言葉に、隣にいたサミューちゃんの体がぴくりと動いたのがわかった。

 もしかしたら、初めて聞くことがあったのかもしれない。


「レニちゃんの成長とともに【魔力路】も強くなる。いつか持っている魔力と循環する魔力、【魔力路】のバランスが取れる日が来るかもしれない。けれど、もし、成長とともに魔力も強くなっていくとすれば……」

「ずっと、しんどい」

「そんな……っ」


 ハサノちゃんの言葉に、今後、ずっと【魔力路】が安定しない未来を考える。

 冷静に言葉を伝えれば、それに反応したのはサミューちゃんだった。


「レニ様が成長すれば、【魔力暴走】は落ち着くのではないのですか?」

「もちろん、そうなるように期待しているわ。……けれど、どう成長するかはだれにもわからない」

「そうですが……ですが、それはレニ様にとってはあまりにも……っ」


 サミューちゃんの悲痛な声。

 これから先、ずっと発熱や倦怠感、眠気が付きまとい、さらに死の危険があることを考えてくれたのだろう。

 そんなサミューちゃんをハサノちゃんはただ静かな目で見つめていた。

 なんていうか、ハサノちゃんは医師のような雰囲気があると思う。私の体を診察してくれ、冷静に話をしてくれる。いいことだけではなく、悪いことも含めて。そういうのはとても信頼できる。

 なので。


「さみゅーちゃん、だいじょうぶ」


 私はサミューちゃんの手をぎゅっと握った。


「れに、つよいから」


 ――最強四歳児だから。


「だいじょうぶ」


 またちょっと体が重くなってきたけれど、ふふんと胸を張る。

 すると、サミューちゃんの目がじわじわと溶けていって――


「はいぃっ……はいっ……。申し訳ありません、っ、レニ様の未来を疑ったわけではないのです……」

「うん。わかる」


 心配してくれたんだよね。


「さみゅーちゃんのきもち、うれしい」


 自分のことを心配してくれる人がいるのは、とても幸せなことだ。

 サミューちゃんが苦しそうなのに、私の胸はぽわっと温かくて……。

 ふふっと笑って、サミューちゃんの体にちょっとだけすり寄った。すると――


「っ……っ」


 ――サミューちゃんが息を呑む。

 そして、白目に……。あっ、これは……。まずい……。


「あ、無理、尊い、むり、ひっさつ」


 倒れていくサミューちゃん。なにもできない私。傍観するハサノちゃん……。

 光の差し込む一室がなぜこんなことに……。

 すると、ハサノちゃんが冷静に告げた。


「サミューはエルフの性質を色濃く受け継いだのね。すこし熱中し過ぎる」

「すこし……」


 すこしだろうか……。


「……なおる?」


 ハサノちゃんは医師のようだ。ので、もしかしたらサミューちゃんのこの呼吸困難も治るのではないだろうか?

 恐る恐る尋ねると、ハサノちゃんはいい顔で笑った。


「レニちゃん、これはそういうものではないのよ。私がレニちゃんがかわいくて叫びたくなるように、サミューは息が吸えなくなる。自然の摂理よ」

「しぜんの」


 摂理……。


「失礼しました!」


 ハサノちゃんのいい顔にたじろぐと、サミューちゃんがなにごともなかったように復活する。

 そして、気合を入れて頷いた。


「もしレニ様の症状が今後も続いたとして、私が残りの宝玉をすべてレニ様に捧げます! この命に代えても!」

「ええ。それに私もいるわよ。レニちゃんの体がしんどくなったときは、必ずここに来てね。また術を掛けるから。それに研究も続けるわ」


 サミューちゃんもハサノちゃんもいてくれる。

 だから、きっと大丈夫。

 うん、と私も頷いた。


「では、始めるわね」

「おねがい」


 サミューちゃんから手を離し、てててと小走りで魔法陣の中央に立つ。

 すると、ハサノちゃんがいろんなところへ移動しながら、地面に手をついていった。

 複雑な紋様がすこしずつ輝いていく。光はどんどん増えていき――


「さあ、これで最後よ!」


 その声とともに、目の前が光であふれた。

 体がきらきらと輝く。そして――


「あ、からだ、かるい」


 体が軽い!


「ありがとう、はさのちゃん」

「よかった……うまくいったみたいね。こちらに来て、すこし【魔力鑑定】をさせてね」


 魔法陣から離れ、ハサノちゃんの元へ。

 封印が解けてから感じていた、倦怠感や眠気がうそみたいだ。

 光の輪を通され、ハサノちゃんが体を調べてくれている。それが終わるとハサノちゃんはほっと息を吐いた。


「成功したわ。どう?」

「ねむくない、しんどくない」

「これからも体がおかしいと思ったら、この術を掛けるわね」

「うん」


 ハサノちゃんは私の主治医。また【魔力路】の負担が大きくなったら、エルフの森へ帰ってこないとね。


「よかったです……っ、レニ様っ……」

「うん。さみゅーちゃんのおかげ、ありがとう」

「そんなっ……もったいないお言葉ですっ。ひとまずレニ様の体の不調が治ったならば、本当に良かったです」


 私の体調不良に気付いて、すぐに【魔力暴走】だと見抜いてくれた。

 そして、母とやりとりをし、こうしてエルフの森へと連れてきてくれた。本当にサミューちゃんには助けてもらってばかりだ。

 そうして、サミューちゃんと会話をしていると、ハサノちゃんが私の前に屈みこんだ。


「あと、レニちゃん、一つ約束してほしいことがあるの」

「やくそく?」

「ええ、レニちゃんの体を守るために大切なことなの」


 目線を合わせたハサノちゃんが、真剣な顔で私を見つめる。

 私の体のため……。わからないけれど、その表情を見れば、とても重要なことだとわかった。


「それは――」


 ハサノちゃんの雰囲気に押されて、ごくりと喉を鳴らす。

 けれど、それは最後までは言葉にならなくて――


「おぉぉい!! エルフども!! 余を愚弄した罪、決して許さぬからな!」


 ――聞こえてきたのは。


「どらごんのひと?」


 まるで拡声器でも使ったかのように、エルフの森中に響き渡っている。

 この声は、サミューちゃんの突進で何度もお星さまになった、あの竜人の女の子だ。


「姿を現さぬならば、燃え尽きてしまえ! こんな古代の魔法があろうとも余の炎にかかれば一網打尽じゃ!」


 フハハハハッと笑う声。

 それと同時に部屋の扉が勢いよく開いた。


「女王様! 大変ですっ! エルフの森が燃えています!」

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