第66話 挨拶は緊張します

「ここが?」


 サミューちゃんの言葉に、目をこすり、あたりを見回す。

 普通の森では考えられないぐらいの大きな木がたくさん生えている。

 幹の太さだけで、六m以上はありそうだし、高さは100mを越えているかもしれない。地球でも背が高い木というのは存在していた。それが一本だけではなく、背が高い木で森が構成されている感じだ。

 でも、それだけ。

 ゲームの知識とサミューちゃんの教えてくれたことを考えるに、この大きな木に家が建っていると思ったんだけど……。


「き、だけ?」


 不思議に思って尋ねると、サミューちゃんはふふっと笑った。


「エルフの森は他者の侵入を防ぐため、古代の魔法がかけられているのです」

「こだいのまほう」

「はい。ちょうどレニ様が手を伸ばした先に空間の歪みがあります」

「え、ここ?」


 サミューちゃんの言葉にびっくりして手を伸ばす。

 とくになにも変わらない。

 だが、たしかに、伸ばした手にすこしだけ違和感があった。


「……ちょっとへんかも」

「さすがレニ様です。普通は違和感にも気づけません。この空間の歪みを開くにはエルフに伝わる秘密の呪文が必要なのです」

「ひみつのじゅもん……!」


 それはかっこいい。

 エルフは他種族と関わらないため、どこか神秘的だ。ゲーム内でもエルフの神秘性についての描写はあったが、実際にこの目で見て、体験できるとわくわくする。

 守護者の契約をしての【精神感応テレパシー】もあったし、エルフにしかできない、知らないことがたくさんあるのだろう。


「必要なのは呪文と、このエルフの証明書です」

「あ、れおりがしの」

「はい。レオリガ市に入る際、検査のために使ったものです」


 サミューちゃんが取り出したのは、てのひら大の碧色の石。

 たしか魔力が込められていて、サミューちゃんの名前とサミューちゃんの両親の名前、それを署名する現女王の刻印があると言っていた。戸籍の証明書のようなものなんだよね。

 なるほど。エルフの森に入るにはエルフの証明書が必要ってことなのだろう。

 ゲームでもエルフの森はだれでも行けるわけではなく、イベントをクリアしないとマップに表示されることはなかった。

 まさか古代の魔法がかけられて隠されていたとは思わなかったが、現実だとこういう仕組みになっているようだ。


「では、いきます」


 サミューちゃんが私を抱き上げたまま、器用に右手を空間に突き出す。握られているのは碧色の石。


「【現れろファイノマイ】」


 言葉と同時にサミューちゃんの目がきらっと光った。

 そして、碧色の石からまっすぐに光が進む。瞬間、霧が晴れたように景色が変わり――


「ふわぁ……」


 ――現れたのは、たくさんの建物。そして、あちこちで輝くピンク色の光。


「きれい」


 これまで見えなかったツリーハウスがたくさん見えるし、さっきまでは感じなっかったたくさんの人の気配もする。きっとここに住むエルフたちだろう。

 陽が落ち、紫色になった空。大きな木とそこに建つ家並み。そこにピンク色の光がちらちらと揺れていた。

 ゲームで見た幻想的な世界。それを実際にこの目で見ている。

 そのことに胸がじーんとして……。


「……え?」


 ……え?


「なに……?」


 感動に震えていた胸が、突然スンッとなる。

 エルフが全員、お揃いの鉢巻き。手にはピンクに光る棒を持っていた。


「レニ様、可愛すぎます……っ」

「レニ様、こっち向いてください……っ!」


 そして、いろんなところから声がかかる。

 いや、これは声を掛けているというより、胸に留められない思いの発露というか……。そう、これは熱狂。エルフたちが熱狂している。

 まるで――


「こんさーとかいじょう……」


 アイドルのコンサート会場みたいになっている……。

 手に持っているのはペンライト……?


「さみゅーちゃん……これは……?」


 目の前の光景が信じられず、サミューちゃんを見上げる。

 すると、サミューちゃんはいい笑顔で頷いてくれた。


「エルフ一同、レニ様にお会いできるのを心待ちにしていました。女王様と現女王様が【精神感応テレパシー】で連絡を取り、こうして準備を進めていたのだと思います」

「ひかってるのは?」

「あれは【光耀の木フローセントツリー】の枝だと思います。切り口から樹液が出て発光する珍しい木なのです。エルフの森にしか生えていません。色はさまざまなのですが、今回はレニ様に合わせ、あの色に揃えたようですね」


 木の上にはペンライトを振るエルフ。地上にもペンライトを振るエルフ。地上のエルフたちは私を取り囲むように人垣になっているが、ある一定距離からは近づいてこない。怖くはないが、戸惑う。

 きょろきょろと視線を彷徨わせると、サミューちゃんが、すっと手を前に出した。


「レニ様、現女王様です」


 サミューちゃんの言葉にその手の先を見る。

 人垣が割れ、そこから一人の女性がこちらへと歩いてきた。


「レニ様のお母様の姉上。レニ様にとっては伯母に当たる方です」

「うん」


 こちらへやってくる女性を見つめる。

 肩あたりで切り揃えられた金色の髪。緑色の目は切れ長だ。そして、怜悧な雰囲気にぴったりの眼鏡をかけていた。

 母はおっとりしている感じだが、その姉である女性は知的美人といった感じがする。


「あなたが――レニちゃん?」


 女性は私の元まで歩いてくると、涼やかな声で私に尋ねた。

 その声に私はぐっと手を握る。

 母はエルフの元女王。父と生きるために人間となり、エルフの森を出た。父母には事情があったため、これまで父母以外の血縁、親戚とは会ったことがない。

 前世も引きこもりで、こういう挨拶は慣れていないのだ。

 この世界に来て、人付き合いのしんどさはあまり感じていなかったが、さすがに初めて会う親戚への挨拶は緊張する。てのひらにじんわりと汗が出るのがわかった。


「はじめまして。れにです」


 ちゃんと顔を上げて。しっかりと発声して。

 ――大丈夫。

 ――普通にできている。

 ――おかしくない……よね?

 そうやって、自分を鼓舞して……。


「ふくっ……っ」


 すると、どこかから空気の漏れる音がした。

 その音を出したのは……目の前の女性?


「かわいいわ!! 好き!!」


 眼鏡知的美人はそう空に叫び――


「でかした、ソニヤ!!」


 くぅっと噛みしめながら、拳を握った。

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