第65話 突然の来訪者です。

 びゅんびゅんと景色が跳んでいく。

 サミューちゃんに抱き上げられて、景色を楽しんでいたんだけど、また眠気がやってくる。

 サミューちゃんへの信頼や安心から、眠気が来てしまうのもあるが、やはり体がおかしいのだろう。

 起きたばかりなのに、こんなにすぐに眠くなるなんて……。やはり、このままではダメだ。


「レニ様、また眠気が来ましたか?」

「……うん」


 サミューちゃんは私の変化を察知したようで、すぐに声をかけてくれる。

 嘘をついても意味はないので、素直に答えると、私を運んでいる腕にぎゅっと力が入った。


「…急ぎます」


 そう言ったサミューちゃんが、ぐっと地面を蹴る。瞬間、世界がもう一段階、早く過ぎていった。

 最初に「これが最速です」と言っていたけれど、またスピードが上がった気がする。サミューちゃんすごい。

 すると、いきなり、きれいな声が響いた。


「そこなエルフたち! 待つのじゃ!」


 声の聞こえてきた方角は――


「そら?」


 うつらうつらしていた目をこすり、空を見上げる。

 逆光だから、シルエットしかわからない。見えたのは、たなびく長い髪と翼竜のような羽、そして太い尻尾だ。


「余の宝玉を返すのじゃ!!」


 びゅっと空を駆けた声の主が、サミューちゃんと私の前に立ち塞がった。飛び降りたのは私達の10mぐらい向こうかな。

 空中では逆光で見えなかった顔がよく見える。

 黒色の長い髪にキッとつり上がった紫色の目。体格は10歳ぐらい? 特徴的なのは背中から生えた黒い羽と、おしりのあたりから伸びる太くて黒い尻尾だろう。

 まさか移動中に来訪者が現れるとは。しかも、口ぶりから私たちに用があるのは間違いない。

 そんな来訪者にサミューちゃんは――


「邪魔です!」

「へぶっ!?」


 ――止まることなく、まっすぐに突っ込んだ。


「え……?」


 ――キラン。


 結果、現れた女の子はお星さまになってしまった……。

 遭遇時間、わずか20秒……。


「さみゅーちゃん……いま……」

「些事です!」

「え、でも、えるふたちってよんでたよ……?」

「些事です!」


 サミューちゃんがまっすぐな瞳で言い放つ。

 些事……か……。


「あの姿から考えるに、獣人かなにかでしょう。上空からとはいえ、私の最速を追い抜きました。多少、勢い余り吹き飛ばしてしまいましたが、あちらは自分でなんとかする力があると考えます」

「うん」


 来訪者は、まさかサミューちゃんがそのまま突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。明らかに油断した声を出して吹き飛ばされてしまった。

 が、たしかにサミューちゃんの言う通り、羽もあるしなんとかなりそうではある。無事ならばそれでいいが……。

 あと、気になることを言っていた。


「ほうぎょくのこと、しってた」


 そう。来訪者は「宝玉を返せ」と言っていたと思う。

 ということは、私が宝玉とともにあることを知っていて、さらに元の持ち主ということだ。それはつまり……。


「どらごん?」


 私が現世で手に入れた宝玉は【霊感の洞窟】のドラゴンを倒したあと、隠し部屋の床を【つるはし(神)】で穴掘りして手に入れた。そして、ここではサミューちゃんが【霊感の洞窟】にいるドラゴンを引き付けている間に、父が隠し部屋から見つけたと話をしていたのだ。

 宝玉をなくしたドラゴンは、ガイラルに唆され、キャリエスちゃんを襲った。そして、私はそのドラゴンをお星さまにしたのだが……。


「しりあい、かな」


 あのアースドラゴンの。


「はねとしっぽがあった」


 黒い羽と太い尻尾。たしかにドラゴンっぽい。サミューちゃんは獣人の可能性を示唆していたが、もしかして竜人だろうか。

 ふむ、と考え込む。

 すると、サミューちゃんは一歩も足を止めないまま、ゆっくりと話を始めた。


「レニ様、そのことはまたあとで考えましょう」

「あとで?」

「もしかすると、また現れるかもしれません。その際に考えるとして、今はレニ様の【魔力暴走】を止めることを目的としましょう。エルフの森まではまだかかります。途中に食事休憩は挟みますが、このまま走ります。レニ様が眠気が増してきたように、体内の魔力がまた増えていると感じます。まずはお休みになってください」

「……うん」


 たしかにそうなのだ。

 宝玉のことを話していたし、なんとか情報を整理しようと思うのだが、頭がうまく回らない。風邪で高熱が出たときはこんな感じだったなぁ。


「レニ様……」


 サミューちゃんの心配そうな声。

 スピードは緩めないが、その手の力強さや、できるだけ私が揺れないように走ってくれているのは十分に感じる。

 サミューちゃんは私を甘やかすのが上手い。


「わかった。またねる」

「はいっ」

「サミューちゃん、むりしないでね」

「まったく問題ありません! レニ様を抱き上げているこの幸せがあれば、走り続けられます!!」

「ありがとう」


 サミューちゃんに甘やかされ、またうとうとと目を閉じる。

 そうして、私は眠ったり起きたりを繰り返した。寝起きはすこしだけ元気になる。そのタイミングで一度だけ昼食を摂るために、二人で木陰で休憩した。

 それ以外は、サミューちゃんは跳び続け、止まったのはすでに夕方。オレンジ色の夕日は落ち、空は紫色へと変わろうとしている。

 ちなみに――


「そこなエルフたち!! 待てと言っておろうが!! 余を吹き飛ばすとはどういう了見なのじゃ!? って――へぶしっ!?」

「本当になんなのじゃ!? 余の言うことが聞こえておらんのか!? ――って、待て、待てというに――っへぶしぐっ!?」

「本当に……本当に待ってほしいのじゃ……せめて、せめて話を――へぶしぐぬっ!?」


 ――来訪者は何回か現れ、その度にサミューちゃんに吹き飛ばされた。


 最後のほうは泣きが入っていたと思う。が、サミューちゃんは「些事です!」とまっすぐに言い放ち続けた。

 私も眠気により、サミューちゃんを止める間がなくて……。

 吹き飛ばされても無事に戻ってくることがわかってしまったので、後半は私ももういいかな、と思ってしまった面もある。

 そうして、来訪者を吹き飛ばしながら到着したのは、背の高い大きな木がたくさん茂った場所。


「レニ様、ここがエルフの森です」

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