第32話 襲われていたのは馬車でした

「あいてむぼっくす!」


 通り過ぎて行った馭者の言葉を聞いて、私はすぐに装備品を身に付けた。【猫の手グローブ】と【羽兎のブーツ】。元から身につけていた【隠者のローブ】のフードを被ればばっちり!


「さみゅーちゃん!」

「はい!」


 サミューちゃんに声をかけ、【羽兎のブーツ】で地面を蹴って、馬車がUターンしてきた場所へと跳ぶ。

 着地したのは小高い丘の頂上。南を見下ろせば、さっきまで私たちが歩いていた場所からは見えなかった光景が見えた。


「おそわれてる」


 見えたのは豪奢な馬車と馬に乗った兵士らしき人たち。兵士は馬車を取り囲み、守ろうとしているようだった。それをドラゴンが襲っている。

 ドラゴンは体高10mぐらい。銅色の鱗がぎらぎらと輝き、太い前脚と後脚、立派な翼が生えていた。尻尾と首を入れた全長はもっと大きいだろう。

 ドラゴンは4足で地面に降り立ち、右前脚を振るって、馬ごと兵士を弾き飛ばした。


「あのドラゴンは、宝玉を守っていた……。洞窟で眠っているはずなのに、なぜ……」


 サミューちゃんが呆然と呟く。

 そう。あのドラゴンは私も知っている。転生前のゲームで、宝玉を手に入れるために倒した洞窟のボス。それがあのドラゴンだ。

 私がゲームで手に入れた宝玉と、父とサミューちゃんが、母のために手に入れた宝玉は、手に入れた場所がリンクしていた。だから、そのボスの魔物も一緒だったのだろう。

 洞窟に眠るはずのアースドラゴン。それがなぜか地上に出て、馬車を攻撃していて――


「いこう!」

「お供します!」


 ドラゴンが左前脚を振るい、トゲのついた尻尾を振って、馬車を取り囲んでいた兵士を薙ぎ払う。

 この攻撃で、馬車を守っていた兵士たちは、すべて倒されてしまった。

 兵士がいなくなったことがわかったのだろう。ドラゴンは喉をグゥと鳴らすと、錆びた鉄色の目で馬車を捉えた。鋭い鉤爪のついた右前脚で馬車をつかむ。

 脚をかけられた馬車はミシッと音が鳴って――


「ねこぱんち!」

「グアァ!?」


 馬車の一部が破損したけど、すんでのところで間に合った!

 丘からドラゴンまで一気に【飛翔ジャンプ】。そして、右ストレート!

 けれど、ドラゴンは私の気配を感じたのか、【猫パンチ】が当たる前に、空へ飛び上がって回避してしまった。フードをしっかり被っているから、姿は見えないはずなんだけど……。うーん。残念。


「レニ様! ひとまず、ドラゴンの注意を逸らせます!」

「うん」


 私と同じように、丘から馬車のそばまで来ていたサミューちゃんはそう言うと、背中の弓を構え、空中のドラゴンに向かって矢を放った。

 サミューちゃんの碧色の目がきらきらと光っているから、きっと【魔力操作】をしているのだろう。

 スラニタの街で見せてもらったサミューちゃんの弓矢はとっても強かった。

 けれど、ドラゴンも魔力を使っているのか、その矢はドラゴンに当たる前にバリアのようなもので弾き飛ばされてしまった。

 サミューちゃんはもう一度弓を構えると、馬車から離れながら、矢を放った。


『レニ様。ドラゴンは魔力で障壁を作り、矢を弾いているようです。矢が通ることはないかもしれませんが、打っていれば、降りてくることはないと思いますので、このまま続けます』

『うん。おねがい。ばしゃのひととはなしたら、れにもたたかう』

『はい!』


 サミューちゃんの声が頭に直接響く。【精神感応テレパシー】だ。

 声が届かない場所でも、こうしてやりとりができるからすごく助かる。

 サミューちゃんの言葉通り、ドラゴンは矢が気になるようで、空中で飛んだまま、馬車を襲ってはこない。ドラゴンの注意が馬車から逸れているのだ。

 なので、私はその隙に馬車へと近づき、扉をコンコンとノックした。


「だいじょうぶ?」

「だ、大丈夫ですわ!」


 返ってきた声がまだ幼い。もしかしたら、私と同じくらいかも?


「殿下っ、直答せず私たちを通してください」

「今はきんきゅうじたい、ですわ」

「しかしっ」

「いいから、わたくしが話したいの。外はどうなってるの? 兵士は?」


 馬車の中には何人かいたようで、聞こえてきた声は全員女の人だと思う。

 その中で、『殿下』と呼ばれている、幼い声の持ち主が最初に反応してくれたようだ。引き続き、私とやりとりをしてくれるみたいなので、状況を説明していく。


「へいし、ぜんいんたおされちゃった」

「そんな……っ」

「どらごんがおそってたよ」

「ドラゴンが……?」


 幼い声が怯えたように震える。兵士が全部倒されて、ドラゴンが襲っていたなんて言われたらびっくりするよね。たぶん、なにが起こったかわからないまま、今に至っているのだろう。

 馬車は豪奢な飾りがついた木製で、窓は小さめ。窓のカーテンが今は閉まっていた。きっと、ドラゴンが突然襲ってきて、外の様子を伺う機会はなかったのだろう。

 私の言葉に、馬車の中の人たちが怯えているのがわかったので、安心させるように、できるだけ明るい声を出した。


「しんぱいないよ。れにがたおすからね」

「れに……? いえ、そんなことよりも、あなたは大丈夫なの?」


 『殿下』は、私の身の安全が気になったらしい。

 えんじに金色の刺繍が施されたカーテンが開く。すると、そこには私ぐらいの年齢の女の子が現れた。


 ――ふわふわの茶色い髪に、不審そうな茶色い目。

 ――きれいなドレスがとても似合っている。


 きっととても地位の高いこどもなのだろう。『殿下』という呼び名からも、口振りからも、服装からもそれが見てとれた。


「れに、つよいから」


 【隠者のローブ】のフードを被っている私の姿は見えないはず。

 だから、姿が見えなくても安心できるように、もう一度、明るい声で言葉を返す。

 女の子は私の姿が見えないことが不思議だったようで、きょろきょろと視線をさまよわせた。


「どこにいるの?」

「あぶないから、そこにいてね」


 今は姿を見せるわけにはいかない。

 だから、馬車に残るように声だけかけて、私はドラゴンへと視線を向けた。

 サミューちゃんはまだ矢を打っていて、ドラゴンはそれを鬱陶しそうに魔力障壁で払っていた。


『さみゅーちゃん、いまからいく!』

『はい、援護します!』


 頭の中でサミューちゃんとやりとりをしてから、グッと地面を蹴った。


「じゃんぷ!」


 思いっきり力を入れれば、体が一気に跳び上がる。

 そのまま、空中にいたドラゴンに向かって、もう一度、右ストレート!


「ねこぱんち!」

「ングアッ!」

「あっ……」


 勢いを全部、右手に込めたのに、ドラゴンはまた私の気配に気づいたようで、左に飛んでそれを避けた。


『レニ様!? 今、もしかして落ちてますか!?』

『……うん、たいせいくずれた』

『受け止めます!』


 【羽兎のブーツ】の力があるから、真っ逆さまに落ちることはないけれど、空中で体勢が崩れてしまったため、背中から地面に降りる形になってしまった。

 姿が見えない私の体勢をどうやって感じ取ったのかはわからないけど、サミューちゃんがすかさずフォローしてくれるために【精神感応テレパシー】をしてくれる。

 姿が見えない私を受け止めるのは大変だと思うけど、サミューちゃんは素早く私の落下点に待機し、私を抱き止めてくれた。


「レニ様っ!」

「さみゅーちゃん、ありがとう。れにのこと、みえないのにすごいね」

「いえっ! レニ様の愛しさは目で見ず、心で感じればいいのです!」

「……うん」


 ……ちょっとよくわからないけど。


「申し訳ありません。私の矢が通ればいいのですが……」

「ううん。れにがぱんち、あてれたらなぁ」


 そう。パンチが当たればいいのだ。

 でも、【羽兎のブーツ】では地面から跳び、また降りるという繰り返しなので、空で自由に軌道変更ができるドラゴンには分が悪い。

 姿が見えないけれど、気配? 空気の流れ? よくわからないけれど、それを察知してうまく避けられてしまう。


「レニ様、私はまた矢を打ちます。できるだけドラゴンがその場に留まるようにしますので……!」

「うん。れにも、ぱんちをあてるほうほう、かんがえてみるね」

「はい!」


 サミューちゃんは私を地面に降ろすと、すぐにまた弓を構え、矢を放った。

 そして、矢がドラゴンに届く前に、場所を移動し、またそこからも。どうやら、同じ位置か矢を打つのではなく、いろんな方向から打つことで、ドラゴンを移動させずに押し留めるつもりのようだ。

 これなら、サミューちゃんとタイミングを合わせたら、さっきよりはパンチが当たりやすいかもしれない。

 でも――


「うえにもしたにもにげられる」


 空中は地上と違い、前後左右だけでなく、上下に逃げることができる。

 一発でも当たれば、負ける気はしないけれど、でも避けられれば意味がない。

 

「……くうちゅうで、もういっかいとべればいいのに」


 ――地面に降りる前に、空気を蹴って、軌道変更ができれば。


「――できる」


 やったことなんてない。

 空気を蹴るなんて、物理法則上はほぼ不可能。

 ゲーム内でもそんなシステムはなかったし。

 それでも――


「できる。ぜったいできる」


 最強4歳児、レニ・シュルム・グオーガなら。


「にだんじゃんぷぐらい、よゆう」


 そうだよね?


『さみゅーちゃん、いまからこうげきする。どらごんをひきとめて』

『お任せを!』


 サミューちゃんが矢を打ち、前後左右に逃げられなくなったドラゴン。その銅色の巨体を見上げ、私はぐっと拳を握った。


「じゃんぷ!」


 サミューちゃんが矢を打つタイミングに合わせて、地面を蹴る。

 空中に留まっているドラゴンに正面からぶつかるように。

 サミューちゃんの矢のせいで前後左右に逃げられず、正面から私が来ていることを察したドラゴンは私の軌道から逸れるように、真上へと飛び上がった。


「そうだとおもった」


 ふふっと笑みがこぼれる。

 これでは私はドラゴンの下を通過するだけだ。

 ドラゴンもぴょんぴょん跳ぶだけの私より、サミューちゃんを警戒しているようで、私のほうを見ようともしない。まあ、姿が見えないのもあるだろうけど。

 でも、その警戒心のなさが命とり!


「ここ!」


 ドラゴンの真下。

 そこで、グッと右足に力を入れた。

 ――胸が熱い。

 胸から、じわじわとこぼれだしていく。こんな感覚知らないけど、でもいやじゃなかった。

 だから、その胸の熱さを右足に集めて――


「――にだんじゃんぷ!」


 虚しく、空を切るはずの右足にたしかに感触があった。

 それを思いっきり蹴り飛ばす。

 すると、私の体は真上に跳び上がった。


「ねこぱんち!」


 ドラゴンの錆びた鉄色の目が私と合う。

 ああ、もしかしたら、フードが取れちゃったのかもしれない。

 でも、今更、私を見ても遅いんじゃないかな。

 折り畳んでいた右手をまっすぐ上に突き上げる。

 ドラゴンの下腹部をグッと押し上げ、勢いも力もすべて右手に!


「おほしさまになぁれ!」

「グアァアアッグゥウウッ!!」


 ――キラン


 ドラゴンは星座になりました!

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