第75話 私は大丈夫だから

 それからは酷い1日だった。

 とにかく黒板の文字が見えない。

 メガネが壊れたのは痛かった。

 家に帰れば、一応吉城くんがくれたまたあのダサいメガネのスペアがあるけど。

 ああ…またあのダサメガネ生活か。

 お祖父ちゃんごめん、別に嫌だとか思ってないよ?むしろ私にはお似合いだよね!

 はっはっはっ!元に戻るだけよ!!


 お昼になり、私は食堂に向かった。

 えーと、久々に利用するから食券機の文字も近付かないと見えない。

 1番安いおうどんにしようとボタンを押そうとして誰かに押された。


 財布が転がり中身の小銭が散らばった。

 ゲゲッ!貴重な財産が!

 お金はいつも吉城くんが出してくれて私は自分のを使うのは滅多にないけどそれでもこういう時の為に一応前のバイト代の残りとかを入れてるのだ。


 私は慌てて拾い集めるがクスクスと


「何あれダサ!てか貧乏人みたい」


「みたいじゃなくてそうなんでしょ?全部彼氏に払ってもらってるんだし」


「ていうか金目当て?」

 私は顔が熱くなる。


「ほら、こっちにも落ちてるわよ!」

 と誰かが小銭を渡してくれたが渡されたのは画鋲でチクリと指を刺された。

 なんて陰湿な!


 何とか拾って私はようやくうどんを注文する。

 席まで運ぼうとして誰かの足に引っかかって転んだ。頭からうどんをかぶる。

 嘲笑とシャッター音が響いた。

 くっ!何て陰湿な!ていうかうどん代返せ!!

 私は立ち上がり


「誰か知らないけど謝ってください!うどんも弁償してください!」

 と私は怒った。これは私が働いて稼いだお金だ!彼氏に貰ったものじゃないんだぞ!


「謝ってくださああい!だってー!やだー!ウケるー!」

 目が見えれば!

 私はその人に近づいて顔を確認した。


「な、何よ!離れなさいよ!」

 一瞬視界に同学年の緑の上履きに名札に木下と書いてあるのが見えた!よしっ!


「先生に報告します!」


「はあ?何を言ってんの?そっちが勝手に転んどいていい度胸よね!ねぇ皆!見てたでしょ?この子勝手に転んだのよね!」


「見てた!勝手にこけたのに弁償しろとか酷くない?最低だよね!」

 ………ここに私の味方がいないことくらい知ってるけど…。

 結局私はお昼を食べ損ね、お腹が鳴るのを我慢した。

 相変わらず黒板の文字は見えない。なのに親衛隊のあの先生の授業で問題を答えろと指摘され、


「解りません」

 と言うと先生は授業を真面目に聞いていないのねと私にだけ課題をたくさん出した。

 おい、先生もグルとか訴えるぞ!!

 私はお昼のうどんかぶり事件から1人運動着で授業を受けていたから浮くし、皆スマホを見ながらクスクスしていた。ライメのグループチャットでバカにしていることは想像がついた。


 私の勘の良さはこういうところで身についたんだろうなと思う。

 放課後…クラスに辰巳さんがやってきた。


「ねぇ、雪見時奈!暇ならちょっと肩揉んでよ?私達友達でしょ?」

 もちろん友達ではない。


「は?私今から帰る所なんだけど?」

 というかたぶん吉城くんも鳴島さんも迎えにきてるし!


「私の言うことが解る?」

 の声に全身が強張る。昔よく聞いた台詞だ。私はそれに逆らえない。

 仕方なく私は彼女に近づいた。

 女王様はたぶんニヤニヤしてるんだろう。


 しかしそこで


「ちょーっと待ったあああ!!」

 と声がかかり一斉にそちらを見る。


「へっへっへっ!お前らの悪事は全て私がまるっと録音させていただいたぜ!」

 バーンと何かを手に持ち、何者かが立ちはだかった。しかしその声は知ってる。


「委員長!?」

 そうだ、よく見えないけど委員長の田淵さんだ!


「なっ!ボイス…レコーダー??」


「その通り!これを教育委員会に流してやるわ!それかケルベロスに売ってもいい!どちらにしろあんた達の1日の行動は録音させてもらったからね!この私、委員長の田淵に!」


「なっ!皆!あれを奪うのよ!!」

 と女王様が命じた。女子達が奪いに来る中、私と田淵さんは逃げ出した。


「追えーー!!ひっとらえろー!!」

 ぎゃあ怖い怖い!


「田淵さんどうして!?」


「助けないでごめんね!でも証拠はとっておきたかったんだ!このボイスレコーダーは彼氏に渡して!それからこれ!今日一日の授業のノート!代筆しといたよっ!」

 と田淵さんはノートも渡してくれた。


「うっ…委員長!!ありがとう!!」

 校門まで来ると高級車が見えて流石にファンクラブの女達は止まった。


 吉城くんがいつものように降りてきて


「どうしたの?何かあった??」

 と聞いたけど、私は誤魔化した。

 そして気が抜けてめっちゃお腹を鳴らした。


「………お腹空いた?牛丼屋でも行こうか?」

 とちょっと笑った。


「うん!行く!」

 と私は笑顔で車に乗り込んだ。


 *


 僕は異変を感じた。

 時奈さんはにこにこ笑っているけど顔色は少し悪く、何より運動着だし絶対に何かあったな。ファンクラブか親衛隊か。

 それにお腹の音も何もお昼を食べてないのかなっと思うくらいだ。実際そうなのかもしれない。彼女は何とか何かを隠そうとしている。

 僕に何か迷惑がかかることだろうか。


 僕は鳴島にチラリと目をやると彼はコクリとうなづいた。


 牛丼屋に着くと時奈さんは美味しそうに食べた。


「ううっ!美味しい!」


「時奈さん、メガネはどうしたの?」

 ングっと詰まらせて水を飲む彼女は焦りながら


「あ、あのっ…ちょっと…落として壊れちゃって…何でもないの!私が不注意でね!」

 と笑う。


「そっか…ならこれからメガネ屋さんに行こうね」


「ええ?でもお祖父ちゃんと同じの前にくれたからそれで…」


「それも割れちゃったらどうすんの?言ったでしょ?あれ特注品なんだよ」


「えっ!!まさかあのダサ…いやあのメガネ高いの??」


「金額は伏せるけどね」

 すると青ざめた彼女は


「ご、ごめんなさい…バイトして返すよ」

 と頭を下げる。


「いいんだよ、そんなの…それより何があったの?」

 と聞くと彼女はちょっと震えた。怖がってる?


「何でもないよ!!私は大丈夫!!そうだ!帰ったら旅行のこと話すんでしょ?楽しみだね!」

 と彼女は無理して笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る