第40話 夕日が沈むまで

 プールから上がりこれまたクソ美味い昼食を取る。

 向かい合って食べるのにまだ恥ずかしい私はお上品に食べなきゃと頑張る。


 イケメンはそれを眺めながら微笑む。

 いやああ、あまり見ないで!食べこぼしたらどうすんの?

 恥がどんどんと重なるから!恥の借金が返せないから!


 栗生院くんのテーブルマナーはいつも綺麗だ。

 昨日はおかしくなってたけど今日はだいぶ落ち着いたかな?


 デザートにフルーツの盛り合わせが出てくる。

 おお、美味しそう!


「美味しかった?」


「いつも聞くけど不味いわけないよ?栗生院くんはいつも食べてるから何も感じないかも知れないけど…」


「うう…それを言われると辛いよ…」


「あんまり庶民の食べないもんね…」


「……毒が入ってるかもしれないからっていつも止められるんだよね…」


「え?」

 毒って…どういうこと?


「あまり話したくはないけどまぁいろいろと命を狙われたりするんだよ僕…ほら金持ちはすぐ毒殺とか暗殺されがちだよね」

 え?何?金持ち業界ではそうなの?

 あまりに普通のことみたいに言うからポカンとする。


「だからさ、時奈さんに迷惑かけちゃったね…今回もそう…僕がついてながらごめんね?」

 え、今回って…蜂のこと?

 あれ実は栗生院くんに刺さる予定だったのおおおお?とんだキラービーだ!!


「そっか…なら良かった…栗生院くんに何もなくて…あたしなんかより栗生院くんの方が命大事にだよ…」

 私なんか死んでも対して人付き合いも少ないから葬式も安い家族葬でひっそり消えそうだけど、

 栗生院くんは違う…

 きっとこの世にいなければならないイケメンなのだ!

 そしてイケメンの遺伝子を残さねばならない人…例え相手が私じゃなくてもね!

 と墓場から幽霊となった私が見守る妄想をしてると


「何言ってんの…冗談なら怒るよ?時奈さんがいなくなったらアメリカ大統領脅してでも核打ち込んで世界を壊して僕も死ぬから!」

 どえええええ!大統領を私が死んだら動かすだと??

 それじゃ私のせいで世界がヤバイ!死ねない!!


「ごめんなさい!それはやめて!!」


「なら変なこと言わないでよ?」


「うん…」

 昼食を食べ終わりプール端の壁から下を眺めた。

 メガネをかけてるから今度は綺麗なエーゲ海の青も見える。


「時奈さん、あそこ見える?ほらロバだよ」

 と栗生院くんが指差すところを見ると確かに2頭のロバが小さな港から狭い階段を人を乗せて登ったり荷物を持って登ったりしていた。


「あれがロバタクシーだね」


「へえ…重くないのかな?」


「実際乗せれてるから大丈夫でしょ、ロバも仕事してる」


「そうだね…」

 ああ、私はコンビニもクビになってるしどこかまた探した方がいいよね…

 ロバにさえ劣るダサメガネになってしまう。


 しばらく町並みを眺めて楽しみ、たわいない会話をしてると眠くなったので少しだけ横になってお昼寝する。

 栗生院くんも昨日あんまり寝てなかったらしく眠ったみたい。

 イケメンの寝顔はやはりカッコいい。

 私はそっと目を閉じ少し眠り、しばらくすると起こされた。


「時奈さん、そろそろ部屋に戻る?もう15時過ぎたし」


「えっ!?わあ!ごごごめん!うん!戻ろう!!」

 これから本番だしな!舞台待ちのアイドルじゃないけど!

 キス本番待ちで準備万端にするっていう異常な状態だけど!!

 ううっ!後3時間ほどで、私はどうなっちゃうのよ!!


 部屋まで送られると


「じゃ、後で鳴島が迎えにくるから用意した服に着替えて僕の部屋に来てね?あ、一応メイクさんも呼んでおいたよ?」


「へ?」

 訳が解らず変な顔をしていると少し笑って彼は自分の部屋に戻っていく。

 なんなの?


 と自分の部屋を開けたらズラリと女性スタッフが待っていた。


「お待ちしておりました!雪見様!!」


「ええっ!!??」

 私は彼女たちに捕まり風呂に入れられ身体をまたもやピカピカに磨かれマッサージされ髪も綺麗にされて薄っすらメイクもされなんとディナードレスみたいなのを着せられた!!

 ひいいいいいっ!!!

 なんだこのおめかしは!!

 幼少期の七五三のことを薄っすら思い出した。

 されるがままに着飾られたこと。

 まじかよ!!

 しかも!人生初のコンタクトを装着した!!

 これには付け方や外し方もきっちり説明を受けた。変な外し方したら目が傷つくみたい。


 おい、どんだけ!どんだけ下準備が凄いんだよ!

 こんだけ凄いと実は騙された大賞でしたって盛り上げるだけ盛り上げて笑われてもおかしくはない!!

 しかし着々と着飾られようやく終わりスタッフが引き上げた頃には精神的にグッタリしていた。


 しかしこのダサメガネを外して鏡を見ると今までで一番マシな自分がいる。

 化粧技術だな。自分では絶対できないから二度とこんな顔作れない無理。


 オシャレ凄い…。世の女子はこんな時間かけてメイクしてんのか…大変だな…。

 オシャレと無縁で生きてきた原始人のダサメガネがタイムスリップして現代に来たかんじよ。


 ディナードレスはまるで結婚式に呼ばれたみたいな薄いピンクのワンピースドレスで肩から胸にレースの花模様の生地でお腹にはリボン後ろにはチャック。

 首には真珠のネックレスだ。

 ひいっ!本物の宝石が私に!!耳にも真珠!

 髪の毛は纏められセットされて可愛い白い花飾りが付いている。


 しばらくするとノック音がし、鳴島さんが迎えに来て


「おや素晴らしいお嬢様になりましたね」

 とにこやかに笑う。後ろから枝利香さんも顔だし


「すげえ!!」

 と言い、近寄り耳打ちした。


「頑張れ時奈!応援してるぜ!ゴール決めてきな!」

 とこれからバスケでもしにいくんかな?みたいな応援されてもな…。

 いやキスしに行くんだよ。


 ともあれ栗生院くんの部屋をノックして


「坊っちゃま雪見様が参られましたよ」

 と言うとガチャリと扉が開いてそこに眩い光の物体…

 いや高級スーツを着こなした超イケメン王子がいた。

 ぎゃあっ!目の中のコンタクトレンズが割れるって!!

 彼は赤くなると


「綺麗だ…」

 と呟き手にキスし、部屋に入れて鍵をかけた。

 ええっ!鍵!!??

 いや、あの…まぁ防犯とかあるから!!

 防犯とかあああ!


 テラスまで行くと夕日が綺麗に降りてきていた。

 噂どおりめちゃくちゃ綺麗な夕日だ!!白い建物も夕日色に染まり美しい。

 下の方は予想通り観光客で賑わっているようだ。


 テラスの隅にはディナーが用意されていた。

 ふえっ!いよいよだわ!どこから攻めてきやがるんだ!イケメン!

 でも鼓動が聞こえそうなくらいドキドキする。


「なんかごめんよ?僕こんなの初めてだからロマンティックがどう言うものか知らないけどこういうのは嬉しいのかな?」


「嬉しいというか驚くよ…大抵の女子はその前に仰天だよ!」


「そっか、じゃあこれ…」

 と彼は青い薔薇をくれた。

 え、凄い!青いのって確か希少な…

 やめよう…値段を考えるのは。


「本当は赤い薔薇にしようか悩んだけどこっちにしたよ、ヘリで輸送して丁寧に運んでもらった。赤いのはもちろん、愛してるの象徴みたいで定番だし、夕日と混ざってしまう色だしね…これは祝福とか願いが叶うとか奇跡とかの意味があるみたい」

 ひいっ!薔薇輸送にもどれだけ金が!!

 もう薔薇の意味とかどうでもよくなる額がつぎ込まれてやがる!!

 こんなのフリマアプリでは売っちゃ絶対ダメなヤツだわ!!人として!!


「あ、ありがとう…くりゅ…」


「名前で呼んで?」

 ふあっ!!?これ私の妄想の続きじゃないよね??


「う…あ…吉城…くん…」


「……時奈さん…綺麗だね…夕日も君も」

 あ、もうダメ…気絶しそう。

 いや死ぬな!

 もうさっさとやってくれ!頼むよ!終わらせてくれ!!


 ハッ!その前に薔薇を机に置かないと邪魔…。

 と律儀に机に置きに行こうとして動けなかった。

 頰に手を置かれて私はキスされた。

 ボトリと薔薇が下に落ちた。ああ!高い薔薇が!


 というかこれ…どうすんの?あれ?何も考えられない。息の仕方忘れた死ぬ…。


 しばらく時間停止する。

 そして長っっ!いや、考えられないんじゃなかったの?長っっ!


 ちょっとだけ唇を離すとはあっと一回息できたけどすぐまた塞がれてしまう。

 はい、心臓が破裂した…死ぬ!


「んっ…はっ…」

 息継ぎキス息継ぎキスでもう水泳選手かよおおおお!いや、何突っ込んでんのおおおお!!

 何も考えるなああ!感じろ!!

 いや感じてるけどおおお!!


 やばい、あの…流石にもうやめてくれない?


「ふっ…はあっ」

 キスし過ぎでおかしくなるというか私の頭は最初からおかしい。

 これ以上やられると廃人になる!だけどまだ彼はやめてくれないんですが!!

 し、死ぬほんとに…こっ…殺される!!


「ごめん、辛い?」

 と彼がようやく囁くけど、その目が幸せそうに揺れてたので私もとても言いようがない喜びしか来ない。

 思わず首を振ってしまったことに後悔した。


「あの…私初めてだから…」


「それは僕もだけど…しまった、先に愛してるとか言えば良かったね…」


「それはいつも言ってる」


「じゃあ、君から言ってたまには…」


「ええっ!?」


「退院祝い…」

 うおおおお!あんなにキスしといて言えっての?拷問か!


「ううっ…あ…あ…愛してるからっ!吉城くん!」

 と言うと目を細め嬉しそうに笑い優しく抱きしめまたキスを再開しだす。

 ううっ…もう好きにして?私はようやく目を閉じてされるがままになった。

 むしろ今まで開いてた方がおかしい。


 夕日とか全然見てないんですけど!!いやもう夕日は何なのか??とさえ思ってきた。


 私がキス疲れでクタリと彼の胸に寄りかかる頃にはもう夕日が沈みかけてる。

 でも今まで見た中で一番綺麗な夕日に見えた。

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