雪色彩芽は笑わない 

しろねこ

第1話

 例年よりも冬の寒さが残っているように感じられ僅かな風でも身が震える気候ではあるが、それとは裏腹に周りの雰囲気は暖かかった。部活を勧誘する声、浮ついた喋り声。入学式を構成する様々な要素がこの寒々しさを感じさせないようだった。しかし僕の場合は一年から二年にあがるだけなので、あまりその雰囲気を受け取ることができない。


 慣れた道を歩き校門を抜ける。一年も同じ道を通えば体も覚えるようで、無駄のない動きで玄関へ向かう。


 玄関の前に置かれた掲示板に張り出されている紙にはクラス分けが書かれいるのだが、人が多くなかなか自分のを確認する事が出来ない。


 毎回思うが、自分のを確認したらさっさとどいてほしいのだが......。だけどこれは、友達のいない嫉妬なのかもしれない。友達がどこに配属されたかを確認するために張り紙の前に長居するような人に対して、僕の場合は自分の分だけで十分なのだから。


 自分の名前を探しながら、張り紙を目で追っていく。しかし無意識に別の名前を探してしまう。一緒であってほしいという思いではなく、一緒であってほしくないとう思いがそうさせたのだろう。だがその思いも裏切られてしまった。


 自分の名前の下に時雨虚炉しぐれうつろという名前が書かれていた。思わずため息がでそうになる。これからもう一年一緒のクラスで過ごさなければならないと思うと憂鬱になってしまう。


 自分のクラスを確認した後、校内へ入り廊下を歩く。階段を上っていき教室の扉の前までたどり着いたときに気づいた。


「間違えた......」


 思わず声が出てしまった。同じ経験をした人もいるのではないだろうか。扉の右上を見るとプレートに一年A組と書かれていた。どうやら一年の時の教室に来てしまったらしい。間違えを気づいたと同時に、後ろから声がかかった。二年に上がればこの声はもう聞かなくていいと思い、それをモチベーションに一年の時は頑張っていたのだが、あともう一年頑張れる気がどうしてもしない。


「どうやら君も間違えたようだね、伊月いつきくん。伊月瞬いつきしゅんくん」


 その声を聞き振り返ると、背中まで伸びた黒髪に、校則通りの制服を着用し、ニヤニヤとした表情を浮かべた女子生徒が目に映る。自分の学年においてはなかなかの知名度を誇る優等生。成績優秀で学年トップの常連だ。それだけで有名になる要素としては十分であるとは思うが、何よりも最も大きな理由は、ほとんどの教師から嫌われているからだ。彼女の武勇伝を話せばいくつもでてくる。頭が良い故に、何か不満があれば反抗し、教師を論破してしまうのだ。授業中などに何回も同じ光景を見てきた。そして、彼女には友達がいない。常に一人で、誰から話しかけられても素っ気無い態度で返す。友達を作ろうと思えば簡単に作れる能力はあるのだろうが、友達は作らない主義なのだろうか。


 だがそんな彼女は俺にだけ、やたら話しかけてくる。そのせいで目立たないよう努力をしてきた僕は異様に目立ってしまうのである。いつも一人でいるような僕であるからこそ余計に目立ってしまう。それが嫌で嫌で仕方が無かったのだが、彼女を引き剥がそうとしていた努力は半ば諦めている。


そんな彼女の言葉に返答をする。


「君も間違えただって? 嘘言うなよ、お前ずっと俺の後ろついてきてただろ」


階段には壁に大きな鏡があり、後ろが見えていた、一学年の教室は二階にあり、階段を上がるときには気づいていた。


「あははー、気づかれちゃってたかー」


乾いた笑いと共に言う。というか、俺に気づかれてることぐらい、こいつ分かってただろ。


だが、こういう風に欺瞞で自分を覆いつくすのが彼女、時雨虚炉しぐれうつろなのだ。そんな彼女に疑問を投げかける。


「なんの用だよ」


「用がなきゃ話しかけちゃだめなのかな?」


その問いに対し、僕はすぐに答える。


「いや、そんなことはないな」


本当にそんなことはない、なぜなら用があっても話しかけてほしくないのだから。


「あはは、それはうれしいね」


 うれしいとは言うが、どうせ言葉通りには受け取ってないのだろう。こいつは僕が嫌がれば嫌がるほど喜ぶのだ。


「で、なんの用なんだよ」


逸れた話題を戻し、もう一度訪ねる。


「用なんてないよ、春休みも明けて久しぶりだからね、顔ぐらいは合わせておこうと思ったんだよ」


「そうか、なら僕は先に教室に行ってるからな」


 そう言い、足早に二年の教室へ向かおうとするが、呼び止められる。


「いやいや、同じクラスなんだから一緒に行こうよー」


「嫌だ」


 教室へと足を進めながらこれ以上ないくらいに僕ははっきりと答えてやった。


「あははー、酷いなー、ここで避けてもどうせもう一年一緒なんだから無駄だと思うけどねー」


「何を言う、無駄じゃないな。たとえもう一年一緒だったとしても、僕はこの一瞬でもお前と離れるなら努力を惜しまない」


「本当に酷い事をいうねー、伊月くんは」


 そんな会話をしている内に教室へ着いてしまった。教室へ入り、僕は今日で二度目のため息を出してしまった。黒板には席順が書かれている紙が張り出されているのだが、どうやら僕は時雨と前後の席らしい。僕の場合、友達がいないので席替えをしたいなんてことを一度も思わなかったが、初めて席替えをしたいと思えた。


「あははー、伊月くん、よろしくねー」


 そう言う時雨に対し、ため息で返した僕は席へ向かう。HRが始まるまで時雨がいろんなアプローチを仕掛けてきたが全部無視をしながら読書をした。



      *



 入学式を終え、放課後となった。今日は初日ということもあり、早めに帰ることができる。帰りのHRが終わり、最速で教室を出る。時雨がついてきてないことを確認し学校を出た。どうやら今日は一人で帰れそうだ。


 今朝よりは和らいだが、それでも結構な寒さが残る帰路で、頬を指刺す風に身を震わせる。その寒さがより一層、一人であることを認識させられた。僕としては一人でいる時の雰囲気が好きなので、やはり一人でいる時は気分が安ぐ。その安らぎとは反対に歩みを進めている道の近くで大きな鈍い音が響いた。曲がり角から来たバイクと同じ学校と思われる制服を着た女子生徒が激しい衝突を起こしていた。


反射的に女子生徒に駆け寄る。


「おい!大丈夫か!?」


 駆け寄る途中でバイクに乗っていた男は軽傷だったようで、すぐにバイクへ乗り逃げて行ってしまった。


衝突を起こした女子生徒は足に激しい損傷を負い、大量の出血が見られた。


 周りに人はいなく、誰かに助けを呼ぶことは無理だと判断し、急いで救急車を呼ぼうとしたが、思わず手が止まってしまった。なぜなら彼女の足は治っているのである。元々傷なんて無かったかのように。


バイクとぶつかった女子生徒が僅かに朦朧とした意識で立ち上がった。


戸惑いを残しつつ僕は声をかけた。


「あの、あなたは……」


それに対し、落ち着いた口調で彼女は言う。


「とりあえず、移動しましょう」


歩道にあるベンチまで促され、話を再開する。


 僕は彼女のような存在を知っている。普通ではありえない現象を起こす生き物、現象。それらの名称を僕は知っている。


彼女は怪異だ。


お互いが隣り合った状態で、彼女が落ち着いた様子で口を開いた。


「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、私は不死身なんです」


不死身か。なんとなく予想はついていた。異常なまでの治癒能力から考えれば不死身の性質を持った怪異であるといううことは容易に想像がつく。


それと、と言い彼女は続けて話した。


「私には感情が無いんです」


「感情が無い?」


と、思わず聞き返してしまった。不死身というだけならばある程度、どんな怪異かは予想がついたが、感情が無いとなると全くわからない。


 「はい、感情がありません。映画や小説を見ても、何も感じないんです」


「あまり驚かないんですね」


「まぁ、こういう事には慣れてるからな。そういうのを怪異って言うんだよ」


「私以外にも似たような物がいたんですね」


その声に驚きのようなものは感じられない。


「そういえば、まだ名前言ってなかったな、僕は伊月瞬だ」


「私は雪色彩芽です」


「えっと、じゃあ雪色……さん?」


「呼び捨てでも大丈夫ですよ。私多分後輩なので」


と言われ、ふと靴を見ると。青のラインが入っている靴が見えた。この高校には学年色と呼ばれる物がある。3年は赤、2年は緑、そして一年は青だ。この学年色は学校指定の靴や生徒手帳に使われる。つまり彼女は一年生という事になる。


「入学式が終わってから事故だなんてな、運が悪い」


「そうでもないですよ、普通だったらもっとひどい事になってました。運が良いくらいですよ」


寒くなってきた手をポケットに入れ、話を戻す。


「雪色、感情を取り戻したいとは思わないのか?」


「どうなんでしょう。感情が欲しいのかどうか分からないんです。欲求も感情のうちに入るんですかね」


 感情がないはずの雪色の目には、喜怒哀楽のどれにも当てはまらないものではあったが、僕にはその目がどこか寂しく、儚げに見えてしまった。


 雪色がどのような怪異なのか分からない以上、感情を取り戻す方法も考えることができない。こればかりはあいつに聞くしかない。



      *



 背筋を這う冷気や頬を刺すような空気によって、はっきりと一分一秒を感じさせられる。吹奏楽部が響かせる楽器の音。熱気のある部活の掛け声。金属バッドの響き。放課後の音で満たされている廊下の壁に寄りかかりながら白い吐息を吐き出す。冷えている指先をポケットに入れると同時に声がかかった。


「お待たせしちゃったかな? 伊月くん」


ニヤニヤしながら言ってくるこの顔面を殴ってやりたい。16時半に集合のはずなのが、30分遅れて来やがった。


「いや、全く待ってない。僕も今来たとこだ」


こんなやつのために30分待ったと知られたくもないから、適当に嘘でもついてやった。


それを聞いた時雨は乾いた笑いと共に、


「そっかそっかー、ならよかったよ。思ってたより仕事が長引いちゃってね。でもまぁ、伊月くんも遅れてたなら謝る必要はなさそうだね」


いや謝れ。というかこいつの場合、わざと遅れてきてそうだし。理由も無くただの悪意で遅れてきた可能性も十分にある……。


「まぁ、とにかく中入るぞ」


僕が待っていた場所は人通りの少ない廊下だ。この廊下に俺が入っている相談部の部室がある。


「今日はどんな話を聞かせてくれるか楽しみだね」


そう言いながら部室の鍵を開け中に入っていく時雨は、やはりいつものニヤニヤした表情を浮かべていた。



      *



 時雨と最初に会ったのは入学式の当日だ。その時まで僕は怪異という存在を知らなかった。だから、怪異に遭ってしまった時、それを何と呼ぶのかも分からなかった。その時に時雨と出会い、助けられた。


 時雨のことは今でも詳しくは知らない、だがひとつだけ分かることがある。時雨は怪異に関して多くの知識があるということだ。


 そんな彼女は部活を作った、それが相談部。怪異に関する問題を解決するために作ったらしい。もちろんそのことを表には出せないため、相談部、という生徒の悩みを解決する部という名目にはなっている。部員は時雨と僕の二人だけ。僕が怪異を知っているという理由で誘われた。当時の僕は怪異に助けられた恩もあり断れなかった。


それから度々、僕が怪異に関する問題見つけたときは時雨を部室に呼び話をする。


「で、何かわかるか?」


先日にあった事故のことを話し、時雨の意見を伺う。


「ちなみに、その雪色さんってのはどのくらいの速さで足が治ったのかな?」


速さというか、気づいたら治っていたという感じだったような気がする。


「一瞬で治った、みたいな感じだったな。気づいたら足が元の状態になっていた」


それを聞いた時雨は頷きながら考える。


「不死の怪異かぁ。不死の怪異っていうのは少なくは無いね。その中でも一瞬で治るっていうのなら数は限られるけど、感情がないっていうのがよく分からないなぁ。感情がないっていう要素がどの怪異とも結びつかないよ」


悩み顔でそう言いながら椅子に座る。


部室は薄暗く、部室の真ん中に置かれた長机と、錆びれたパイプ椅子しかない。まぁ、部活に必要なものといえば、誰かに話を聞かれない空間さえあれば、他に必要な物は無いのだが。


「うーん、分かんない!もう少し情報が欲しいよ。三日後の放課後にまた集合ね。その間に雪色彩芽について調べてきてね」


「珍しいな、お前でも分からないのか」


本当に珍しい。大抵のことは一瞬で解決してしまうというのに。


「でもまぁ、仮説くらいはあるよ」


「仮説だけでも聞かせてくれよ」


「うーん、まだ話すのはやめとこうかな。とにかくさ、雪色彩芽の事について調べてきてね」


そう言いながら、扉を開けて去ってしまった。



      *



三日後、僕はまた放課後に部室へ向かっていた。壁に寄りかかりいつものように時雨を待とうとしたが、今回はいつもと違うようだった、部室のドアが僅かに開いている。


既に時雨がいるのか? と思いドアを開けると時雨が既に椅子に座りながら待っていた。


まさか、先に時雨がいるとは……。


「珍しいな」


「まーねー。んで、伊月くんは何かわかったことはあった?」


「ほとんどないな。強いて言うなら、常に一人だったってことくらいだな」


雪色は常に1人だった。友達が欲しいという欲求さえも感情に含まれるのだろうか。


「時雨は何かわかったのか?」


「んー、まぁね」


と気怠そうに答える。


「なら、聞かせてくれよ」


時雨は長机に頬杖をつきながら、


「長い話になるよ」


とニヤニヤした表情を浮かべながら言う。


「まず、結論から言おっか。雪色彩芽、彼女は怪異であり、その特性は不死身であること、そして感情がない。それに加えて、私が集めた情報から考えるに、彼女は不死鳥だね」


「不死鳥? いやまて、感情がないのはどう説明するんだ」


「まぁまぁ、焦んないでよ。まず不死鳥について説明しよっか。不死鳥は名前の通り不死で、どんな怪我を負っても、どんな病を患っても一瞬で治してしまう」


そう言う時雨に疑問を呈す。


「感情がないのと不死鳥は関係ないだろ?」


「そうだね、直接的には関係無いよ。感情がないのは二次被害みたいな感じだね」


「で、ここからが本題だよ。長くなるからよく聞いててね。雪色彩芽の同級生に話を聞いてみたら結構いろんなことがあったみたいでね。雪色彩芽は小学一年生の頃に母親を事故で亡くしていたみたいなんだよ。その時彼女は当然悲しんだだろうね。つまり彼女は深刻な精神病を患ったんだよ」


「今の時代、精神病は病気の一つとして認められているんだ。精神病によって最悪、自殺まで追い込まれることもあるからね。だから不死鳥は精神病という、心への傷を治したんだ」


「だけど、治すと言っても、それは精神病の解決ではなく解消にすぎなかった。不死鳥は母に関する全ての記憶を消したんだ。そうすることによって精神病を解決はしなくても解消はした」


確かにそこまでは納得した。だがまだ感情がない理由がわからない。


「母親の記憶が消されたことは分かった、だが感情がないことはどう説明するんだ」


疑問を呈した後、時雨は、全部説明するから焦んないでよ、と続きを言う。


「伊月くんはさ、自転車の乗り方忘れたことある?」


「自転車?何が関係あるんだ」


「まぁまぁ、とりあえず答えてよ」


「そりゃあ、忘れることなんてないな」


自転車といえば小学生の頃に乗れるようになって、中学からはほとんど使っていない。3年のブランクがあっても高校で登校するとき、新鮮な感覚があったりもしたが普通に乗ることは出来た。


「記憶には大きく分けて、『陳述記憶』と『非陳述記憶』の二つがあってね、自転車の乗り方とか、体を動かすものは全て非陳述記憶に含まれていて、半永久的に忘れないものなんだ」


通りで単語を忘れることがあっても、自転車の乗り方は忘れないわけだ。


「よく体が覚えてるっていうけど、これは脳が記憶してるんだよね。つまり自転車の記憶がなくなれば自転車には乗れなくなるんだ。これは感情にも同じことが言える。感情っていうのはね、一歳から六歳までの幼児期に最も成長するんだ。つまり、そこで感情の感じ方を覚える。だけど、雪色彩芽は小学一年生の時に、母親の記憶が無くなっている。一歳から六歳の子供は大抵、母親に育てられ、大半の時間を一緒に過ごしてるだろうし、母子家庭だそうだからね。その時の記憶が消える、つまり感情の感じ方を忘れたんだ」


全てを話し終え、納得した? と言わんばかりの表情でこちらを見る。


「母親の記憶が無くなっているとは言っても、雪色はその後どうなったんだ。別の人に引き取られたとしても、母親がいないというのは雪色はどう認識したんだ」


「そこまでは分からないよ。でも母親がいないという違和感さえ不死鳥は忘れさせ、引き取った人を母親として認識させたのかもしれない」


「それで、どうすればいいんだよ」


雪色の運命の残酷さに同情し、怒りのような感情が込み上がり、語尾が荒くなる。


「どうするって言われても、何をどうするつもりなの?」


「分かってんだろ、どうすれば雪色の記憶と感情は戻るんだ」


「伊月くんはさ、雪色彩芽の記憶を戻す事の大きさを分かってるの? 母親が亡くなっているという事実の重さを、今までその事を忘れていたという辛さを、今、彼女に背負わせる苦しさを」


「そんな事、分かってる……。だがそれでも、僕は雪色に思い出して欲しい。このまま忘れたままなのはあまりにも残酷すぎる」


「まぁ、伊月くんがそう思うなら、そうしよっか。私にはどっちが正しいかなんて分からないけどね」


「で、どうすればいいんだ。教えてくれ」


分かったよ、と言い時雨は座っていた椅子から立ち上がり口を開いた。














 












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雪色彩芽は笑わない  しろねこ @Leas1

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