411 ドレスの色を決めるのもひと苦労!?


「ヴェリアスの冗談はともかく、先ほど、何でも相談してほしいと言ったのはわたしだからね。男性の衣装の色を知ることで、ハルシエル嬢のドレスの色を絞り込む役にも立つだろう。もちろん、答えることに否はないよ」


 焦りまくる俺の心をなだめるかのように、リオンハルトが穏やかな声で告げる。


 次いでディオスが身を乗り出した。


「リオンハルトの言うとおりだ。こんなことが役に立つのなら、いくらでも聞いてくれ。ちなみに俺は濃い緑色の予定だ」


「わたしは深い青色の予定だが……。その、きみが瞳の色にあわせて紫系統の色にするのなら、それにあわせるのもやぶさかでは……」


 くい、と銀縁眼鏡を押し上げつつ、なぜか視線を逸らし気味に答えたのはクレイユだ。


「え? ドレスの色を紫系にするかどうかなんて、まったく決まってないけど? 大人っぽい色だし、私に似合う気もしないし……」


 っていうか、ジョエスさんにお任せする気満々だから、昨日は特に色の指定なんてしてないし。


「そ、そうか……」


 視線を揺らしたまま、クレイユが歯切れ悪く答える。


 なるほど。ディオスもクレイユも衣装の色を目の色に合わせるのか。となると……。


「え? ナニナニ、ハルちゃん? もしかして、俺が真っ赤な衣装でも着ると思ってる?」


 俺の心を読んだかのようにヴェリアスが首をかしげる。かと思うと、小さく吹き出した。


「いやもちろん、オレみたいな美形なら、真っ赤な衣装でも華麗に着こなしてみせるケドね? さすがにちょーっと派手過ぎるかな~って♪ まぁ、ハルちゃんみたいな美少女なら紅いドレスも似合うだろうケドね♪」


「何をわけのわからないことを言ってるんですか!? 真っ赤なドレスなんて、着るわけがないでしょう!?」


 俺はできる限り目立ちたくないんだよっ! イゼリア嬢の引き立て役になるのが俺の目標なのに、注目を浴びる派手なドレスを着てどうする!?


「え~っ! ハルちゃんなら、真紅の薔薇の妖精みたいになれると思うんだけどなぁ~♪」


「絶対、お断りです!」


 真紅の薔薇って……。リオンハルトのバックでよくぶわっと咲いてるヤツじゃねーか……。そんなのの妖精になるなんて、とんでもない。


「ちなみにオレの服は黒にしよっかな~って♪ 女生徒と違って、男子生徒なら黒はフォーマルな場で着てかまわない色だからね♪ 何色とでも会うし♪」


 なるほど。軽い雰囲気のせいか、よく女生徒に話しかけられているヴェリアスだ。きっと、聖夜祭では何人もの女生徒と踊るつもりなんだろう。何色とも反発しない黒い衣装というのも納得だ。


「……ハルちゃん? なんかオレに失礼なコト考えてない?」


「え? そんなことないですよ? っていうか、そんな風に疑うなんて、そう考えてしまうような言動をふだんからしているヴェリアス先輩の自業自得じゃないですか?」


「ハルちゃんがひどい……っ!」


 ヴェリアスがよよよっ、と泣き崩れるが、どうせ演技だ。放っておくに限る。


「エキュー君は何色の衣装にする予定なの?」


 俺が知りたいのはリオンハルトの衣装の色だが、ここまできてエキューを無視するのは申し訳なさすぎる。


 ヴェリアスは放っておいてエキューへ話題を振ると、「え、僕?」とエキューが可愛らしく小首をかしげた


「そうだなぁ。まだはっきりと決めてはないけど……。青色が好きだから、明るめの青系統にしようかなって思ってるよ!」


「なるほど! エキュー君に似合いそうね!」


 にっこりと答えてから、大切なことに気づく。


 エキューがもし淡い青系を選んだら、できればイゼリア嬢の目と同じアイスブルーのドレスを選びたい俺とかぶっちゃう可能性が……っ!


 いやでもエキューにその色は避けてほしいって言うのも申し訳ないし……。


 悩んでいると、最後に残ったリオンハルトがおもむろに口を開いた。


「わたしの衣装は白だよ。もともと王族は、式典の時は白地に金の装飾が施された衣装を纏うことが多くてね」


「高貴な王族の方々に、高潔な白い色は本当にお似合いだと思いますわ……っ! 聖なる夜に清らかな白いお衣装をお召しになったリオンハルト様は、いつも以上に輝かしいに違いありませんわ……っ!」


 リオンハルトの言葉に、イゼリア嬢が即座に応じる。


 愛らしい面輪をうっとりと薄紅色に染め、胸の前で両手を組んだその姿は、もしかしたら過去にリオンハルトが出ていた式典を思い出しているのかもしれない。


 そんなお顔をすぐそばで拝見できるなんて、幸せ極まりないですっ! ありがとうございます……っ!


 って、うん……?


 さっきのお言葉から察するに、イゼリア嬢は俺が尋ねるまでもなく、リオンハルトの衣装の色に見当がついてたってこと……っ!?


 そ、そんな……っ! 俺の努力が無意味だってことか……っ!?


 がが――んっ! とショックのあまり、頭がくらくらする。


 だ、だって、貧乏貴族の俺が重要な式典に参列することなんてなかったし……っ! 王族の衣装の基本が白と金だなんて、まったく知らなかったし……っ!


「さ、さすがイゼリア嬢っ、よくご存知でいらっしゃいますね……っ」


 イゼリア嬢を褒めたたえる声にも、いまひとつ力が入らない。


「お世辞なんてけっこうですわ。王国の式典に参列する貴族なら、誰でも知っていることですもの。褒められても何も嬉しくありませんわ! まぁ。男爵令嬢にすぎないオルレーヌさんが知らなくても当然でしょうけれど!」


 おーっほっほと高笑いし、勝ち誇ったように告げたイゼリア嬢の言葉に、俺がしたことは本当に徒労だったのと思い知らされる。


「うぅぅ……っ。イゼリア嬢のお役に立ちたかったのに……っ」


 哀しみのあまり、ぽつりとこぼす。


「え……? ハルちゃん……?」


 俺の声が届いたのか、ヴェリアスが何やら意外そうな様子でこちらを振り向く。


 何だよっ! 俺がイゼリア嬢のお役に立ちたいって思ってるのがそんなに以外かよっ!? 俺はいつだって、イゼリア嬢の親友ポジションを狙ってるんだぞっ!


 特に恋の応援なんてもう、友情を深めるチャンス以外の何物でもないだろ――っ!


 ……見事に失敗したけどさ……。


 溜息をつきそうになり、小さくかぶりを振る。


 いやでも、考え方を変えろ、俺っ!


 イゼリア嬢のお役には立てなかったけど、イケメンどもの服の色を知れたのはラッキーだ。俺のドレスの色をイケメンどもと被らないように気をつけたらいいってことだもんなっ!


 俺は誰かにエスコートなんて頼むつもりはない。


 絶対にかぶらないようにしてくださいっ! って、次に会った時にちゃんとジョエスさんに伝えておかなきゃ……っ!


 それにしても、うぅぅっ、イゼリア嬢の恋の応援をするのってほんと難しい……っ!


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