409 俺の相談相手になってくれるのは……っ!?


「さあ、みんなそろったし食べようか。食後に、どれを聖夜祭のメニューとして選ぶか話し合おう」


 とりなすように微笑んだリオンハルトの言葉を皮切りに、それぞれ料理を食べ始める。


 やっぱり最初は、冷めないうちにステーキから食べるべきだよなっ!


 中心にほのかに赤みが残るまだ湯気を立てているサイコロステーキを口に運ぶ。


「おいしい……っ!」


 口に入れて噛んだ途端、思わずはずんだ声がが飛び出す。


 ん〜っ! まさに肉! やっぱり肉のおいしさをダイレクトに味わうならステーキだよなっ! 牛肉の旨味が噛むたびに口の中に広がる~っ!


 ソースとの相性も抜群だし、いくらでも食べられそう……っ!


 とはいえ皿にのっているのはほんの二切れだけだ。一瞬、おかわりが欲しいと思ってしまうが、今日はいろいろな料理を食べるのが目的だ。


 次いで俺はディオスが切り分けてくれた鶏の丸焼きにフォークを伸ばす。


「こっちもおいしい……っ!」


 パリッと飴色あめいろに焼けた皮は香ばしく、それでいて中はしっとりとジューシーで食感のコントラストがさらにおいしさを増幅させる。下味のハーブが聞いていて、淡白なはずの鶏肉が奥深い味わいになっている。


 こ、これもおかわりをしたい……っ!


 そう思わずにはいられないおいしさだ。


 十二月の二学期末に行われる聖夜祭って、前世でいうならクリスマスパーティーの時期だよな。


 こっちの世界でも、やっぱり鶏の丸焼きとかが定番料理なんだろうか。


 残念ながら貧乏なオルレーヌ家では、鶏の丸焼きなんて出たことがないけど……。


 鶏の丸焼きは少し冷めているものの、十二分においしい。きっと、立食パーティーではあつあつの丸焼きを出すのは難しいので、試食でも冷めたものを出しているのだろう。


 ん? ということは、あつあつが出てきたステーキは、会場で焼かれたりするんだろうか……?


 それはヤバい! お肉のいい匂いにつられて、ふらふらと並んじゃいそう……っ!


 内心で焦ってると、ぷっ、隣からヴェリアスが吹き出す声が聞こえた。


「ハルちゃんってば、きらきらと顔を輝かせて喜んでたかと思えば、急に悔しそうな顔になったり、かと思えば焦った顔になったり……。ナニ百面相してるワケ?」


 くすくすと笑いながらヴェリアスが俺の顔を覗き込む。


「え……っ!? っていうか、見ないでくださいっ!」


 おかわりしたくて悩んでいたところなんかを見られていたと思うと恥ずかしい。


「え~っ、だって、隣で可愛いハルちゃんが百面相してたら気になるじゃーん♪ いったいナニ考えてたワケ? ひょっとして、オレのコト?」


 紅い瞳を悪戯っぽくきらめかせたヴェリアスが興味津々で尋ねてくる。


「そんなわけないでしょうっ! こんなにおいしい料理が聖夜祭で並んだら、うっかり生徒会の仕事そっちのけで食べそうなので気をつけないとって思っただけですっ!」


 反射的に言い返した瞬間、しまった――っ! と我に返る。


 おどおどと隣のイゼリア嬢を見やると、予想通り、アイスブルーの瞳には呆れ果てた光が浮かんでいた。


「オルレーヌさん……。庶民のあなたには、高級店のお料理なんて滅多に食べられる機会がないとはいえ……。生徒会役員としての仕事をないがしろにするほど飢えているだなんて……」


「ち、ちち違いますっ!? さっきのは言葉のあやで……っ! もちろんちゃんと生徒会のお仕事をしますからっ! 蔑ろになんて決していたしませんっ!」


 身体ごとイゼリア嬢を振り返り、前のめりになって弁明する。


 焦る俺を見かねたのか、穏やかに口を挟んだのはディオスだ。


「大丈夫だぞ、ハルシエル。心配なら、聖夜祭の前にきみ用のコースを用意しておこう。しっかり食べておけば、空腹で料理に誘惑されることもないだろう」


 ディオスの言葉に頷いたのはリオンハルトだ。


「確かに、生徒会役員は何かと忙しくてなかなか食べている暇がないからね。当日は、聖夜祭が始まる前にある程度食べておくんだよ。イゼリア嬢やクレイユ達はどんな感じかすでに知っているだろうが……。ハルシエル嬢は、大きなパーティに参加するのは初めてだろう? 学園内のパーティーだから、それほど気負う必要はないだろうが……。もし不安があったら、何でも相談してほしい」


 にこやかに微笑んだリオンハルト様のバックに、ぶわっと薔薇の花の幻影が広がる。


 うわっ、急にどうした!? 邪魔だからしまっとけ!


「いけませんんわっ、リオンハルト様!」


 イゼリア嬢があわてたように声を上げる。


「リオンハルト様はただでさえお忙しいのですから、余計なお仕事を増やされてはお身体を壊されてしまいますわ! オルレーヌさんの相談相手でしたら、わたくしがなります!」


「イゼリア嬢……っ! ありがとうございますっ! 嬉しいですっ!」


 まさか、イゼリア嬢から名乗りを上げてくださるなんて……っ! リオンハルトの負担を減らすためとはいえ、俺の相談相手を自ら買って出てくださるなんて、感激ですっ!


 イゼリア嬢ってば、ほんとけなげ……っ! やっぱり天使ですねっ!?


「でも、イゼリア嬢も一年生だからまだよく知らないこともあるんじゃない?」


  首をかしげて口を挟んできたのはヴェリアスだ。


 おいっ、ヴェリアス! 余計なことを言って水を差すんじゃねぇっ!


「いえっ! イゼリア嬢がいいですっ!」


 他のイケメンどもが口を挟む前に、力強く断言する。


「だって、イゼリア嬢は女性ですし、いろいろ相談しやすいので……っ!」


 うん、中身は男だけどっ! いまだけはハルシエルであることを利用させてもらうぜっ!


 俺の言葉に、イケメンどもの間に納得したような雰囲気が流れる。


「まあ、確かに。女性は男性以上にあれこれ準備が必要だろうからな……」


 しみじみと頷いたディオスに続き、エキューが同情するような視線をこちらに向ける。


「大変だよね、女の子はぼく達よりかなり早くから準備するんでしょう?」


 クレイユが残念そうに吐息した。


「可能なら、聖夜祭が始まる前に一緒に食事を……。と思ったが、無理そうだな」


「え? 朝から……?」


 きょとんと声を洩らすと、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳にさらに呆れた光が浮かんだ。


「何をほうけてらっしゃるの!? 当たり前でしょう! 女性はドレスへの着替えだけでなく、お化粧に髪にと時間がかかりますもの! 聖夜祭は夕方ですけれど、朝から身支度せねばなりませんのよ!?」


「ええぇっ!?」


 まさか、そこまで時間が必要だとは、予想外だった。いやまあ確かに、ふだんの朝でも、ハルシエルになってからいろいろ時間がかかるなぁとは思ってたけど……。


 女性だと、ただ着替えるだけじゃすまないもんなぁ……。


 すっとんきょうな声を上げた俺に、イゼリア嬢の目が吊り上がる


「当然ですわ! 淑女たるもの、生半可な姿で大勢の目にふれるパーティーに出られませんもの! まあ、オルレーヌさんのようなパーティーに出たこともない方にはわからないでしょうけれど!」


 おーっほっほ! と高笑いするイゼリア嬢を、俺は感嘆のまなざしで見つめる。


「さすが。イゼリア嬢です……っ! ただでさえお美しいのに、さらに磨きをかけられるなんて……っ! きっと聖夜祭で誰よりも輝かれるのはイゼリア嬢に間違いないですね……っ!」


 ああっ、目に浮かびますっ! きらめくシャンデリアの下、誰よりも輝くイゼリア嬢のお姿が……っ!


 うっとりとトリップしかけた俺は、はっと我に返る。


 せっかくのこの流れ……っ! 聞くならいましかないっ!


「そういえば、イゼリア嬢への相談とは別に、みなさんにうかがいたいことがあるんですけど……っ!」


 緊張しながら口を開くと、テーブルの面々の視線が俺に集中した。


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