406 ピエラッテ先輩のアドバイスには、従わざるを得ない……っ!


 イゼリア嬢の恋心を知ってしまった翌日の放課後。


 俺はどきどきしながら生徒会室へ向かっていた。


 階段を上がるたび、どんどん鼓動が速くなる。が、もちろん、階段で息切れしているわけじゃない。


 ときめきと一縷いちるの不安でどきどきしているのだ、

『イゼリア嬢が恋をしている』という、特大の新情報を得た上でお会いしたら……っ!


 恋する乙女はただでさえきらきらしてるのに、それがイゼリア嬢だなんて、その可憐さに天上に届くまでノックアウトされて、気絶してしまうかもしれない……っ!


 昨日、ピエラッテ先輩のモデルを務めている間も、家に帰ってからも、俺は生徒会に入ってからのイゼリア嬢との思い出を反芻はんすうしていた。


 結果、『尊いぃぃぃぃっ! 尊すぎるぅ〜〜〜〜っ!』と自室のベッドの上でごろごろと身悶みもだえすることになり、いったいどうしたのかと家族に心配される羽目になった。


 だって! だってだってだって!


 イゼリア嬢のお心を知ってみれば、イゼリア嬢が嬉しそうだったり、照れてらっしゃったり、お幸せそうだったりする時にはたいていリオンハルトが関わっていて……っ!


 つまり、イゼリア嬢が恋を実らせれば、可憐極まりないイゼリア嬢をさらにいっぱい見られるってコトだろっ!?


 それだけじゃなく、恋が実るまでの過程でも、恥ずかしそうにしていたり、ぽっと頬を染めていたりするイゼリア嬢を目にする機会が盛りだくさんってコトだろっ!?


 えっ、それどこの天国……っ!?


 これはもう、全力でイゼリア嬢の応援をするしかねぇ……っ!


 イゼリア嬢のためなら火の中、水の中! どんな道化でも演じて恋の橋渡しをしてみせます……っ!


 ……けど、昨日、ピエラッテ先輩に釘を差されたんだよなぁ……。


『先に、これだけは絶対に守ってほしいアドバイスをしておくけれど……。ハルシエル嬢は、あまり表立って動かないほうがいいと思うよ。イゼリア嬢は誇り高いからね。頼んでもいないのに、周りが気を遣ってあれこれ動いては、彼女の気持ちを傷つけかねない。まとまるものもまとまらない可能性があるからね。それよりも、きみはいつもとおりにふるまって、イゼリア嬢に頼られた時こそ、力を尽くしたらいいと思うな』


 って……。


 短時間でイゼリア嬢の恋心ばかりか性格まで見抜いたピエラッテ先輩のアドバイスには、従わざるを得ない……っ!


 くぅぅっ! 俺はっ! 俺はこんなにイゼリア嬢のお役に立ちたい気持ちであふれているのに……っ!


 でも、イゼリア嬢だって、急にれ物にふれるように気遣われるより、ふだんどおりに接されたほうが落ち着くに違いない。


 ピエラッテ先輩がふだんの俺でいいって言ってくれたってことは、いつもどおりに接していれば、イゼリア嬢への好感度も上がっていくってことだもんなっ!


 ご安心くださいっ、イゼリア嬢っ! いつもどおりに過ごしてるように見えても、俺はいつでもイゼリア嬢に頼っていただけるように、常に準備万端でおりますから……っ!


 誰かに相談したくなったり、力添えが必要な時には、すぐそばにいる俺を頼ってくださいね……っ!


 そう、平常心、平常心。いつもどおりの俺で、間違ってもイゼリア嬢とお会いした途端、「ふぉおお……っ!」なんて叫ばないように……っ!


 そう、心の中で言い聞かせながら、生徒会室のドアを開け――。


「ふぉおおおお……っ!」


 開けた瞬間、さっきまで心の中で呟いていたことも忘れ、思わず声を上げていた。


 いや、イゼリア嬢が原因じゃない。


 扉を開けた途端、俺の視界に飛び込んできたものは。


「なんですか、このごちそうの数々は……っ!?」


 生徒会室の中央に置かれた大きなテーブルの上には、これでもかとばかりに料理の皿が置かれていた。


 しかも、肉料理がほとんどだ。


 扉を開けた瞬間押し寄せたよく焼けた肉や香辛料やソースの匂いに、口の中に勝手につばが湧き出してくる。


「驚かせてしまったようだね。今日は、聖夜祭の立食パーティーの試食会をしようと思ってね。毎年、どの店のどのメニューを出すのかも生徒会で決めるんだ。第一回目の今日は、メインとなる肉料理を選ぶ予定だが、ハルシエル嬢も、試食して気に入った料理があったらぜひ教えてほしい」


 にこやかな笑みを浮かべて説明してくれたのはリオンハルトだ。どうやら今日は俺が一番遅かったらしい。他の面々はすでに手にお皿を持っている。


 っていうか、第一回目ということは、まだまだこれからも試食会があるってことか……っ!?


 イケメンどもと一緒というのはともかく、ごちそうが食べられる機会が多いのは、純粋に嬉しい。


 オルレーヌ家だと、高級レストランの料理なんて、食べる機会すらないし!


「ハルシエル、きみの分の皿だ」


 ディオスが優しく微笑んで俺にお皿とフォークを渡してくれる。


「ハルシエルは肉が好きだと言っていたものな。思う存分食べてくれ。別にひとつに絞る必要はないから、好きなものを好きなだけ選んでくれてくれていいんだぞ」


「えっ!? いいんですかっ!?」


 思わずはずんだ声で反応すると、イゼリア嬢が細い眉を寄せた。


「オルレーヌさん。庶民のあなたが高級料理に興奮するのは仕方がないこととはいえ……。言っておきますが、あなたの希望がすべて通るわけではありませんわよ!? 生徒会で準備するお料理ですもの! さまざまなものを取り揃える必要がありますわ! お肉だけなんてわけにはいきませんわよ!?」


「は、はいっ! おっしゃるとおりですっ! 栄養バランスは大切ですもんねっ!」


 こくこくこくっ、と即座に頷く。


 注意されたとはいえ、来るなりイゼリア嬢に話しかけられちゃった〜っ! イゼリア嬢が俺の食生活にまで気を遣ってくださるなんて、感激ですっ!


 これってやっぱりイゼリア嬢と少しずつ親しくなれてるってことですよねっ!?


 思わずじっ、とイゼリア嬢を見つめると、細い眉がいぶかしげにさらに寄った。


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