289 先ほどのお誘いの件ですけれど
心の中で血の涙を流しながら決意していると、イゼリア嬢が麗しい面輪をしかめて口を開いた。
「皆様、オルレーヌさんに甘すぎではありませんこと? オルレーヌさんが体調管理を
責めるようなイゼリア嬢の言葉が、ぐさりと胸に刺さる。
ううぅっ! イゼリア嬢、不甲斐ないところを見せてしまって本当にすみません……っ!
イケメンどもに呆れられるのはともかく、イゼリア嬢に軽蔑されるのだけはつらいです……っ!
「注意ならば、もう朝のうちにわたしが厳しく言っておいたので、大丈夫だ。もう二度とこんなことは起こらないだろう。……そうだろう? ハルシエル嬢」
「ええ。もう絶対に!」
俺を振り向いたクレイユの言葉に勢いよく頷く。
……でも、クレイユにそんなにキツイ口調で叱られたっけ……?
いやっ、大勢の生徒達の前でお姫様抱っこされたことについて、マジでキツかったけどなっ!
「そうですの? ご迷惑をかけられたクレイユ様ご自身がすでに注意なさったのでしたら、よいのですけれど……」
まだ釈然としない様子を漂わせつつも、イゼリア嬢が引き下がる。
イゼリア嬢を納得させてくれてありがとうクレイユ! イケメンどもにこれ以上、やいのやいの言われるのはごめんだからな! もう昼休みだけでこりごりだぜ!
あっ! イゼリア嬢だけは別ですよ!? イゼリア嬢からの叱責は俺にとってはご褒美ですからっ!
好感度が下がるのは困るけど、『キラ☆恋』で萌えに萌えたイゼリア嬢をリアルに見られるのは、この上ない喜びですっ!
「え〜っ! クレイユったらそんなにキツくハルちゃんに注意したワケ? ハルちゃん、大丈夫? 傷ついたりしてない? クレイユってば、言い方がキツいからさぁ。もし傷ついてるなら、オレがこの腕の中で慰めてあげるよ♪」
と、ヴェリアスが「ハルちゃん、かもーん!」と言いながら両手を広げる。
誰がお前の腕の中になんか行くかっ!
「別に傷ついたりしてませんから結構です! いえっ、もし傷ついたとしても、ヴェリアス先輩には絶対に頼ったりなんてしませんからっ!」
力強く言いきった俺に続き、クレイユも不愉快そうに眉をひそめる。
「ハルシエル嬢にキツく注意なんてしていません。言いがかりはやめてください」
「え〜っ、でもさっき、『厳しく』って言ったじゃん!」
「それは当然です。自分がどれほどの心配をかけたのか、ハルシエル嬢に自覚してもらう必要がありましたから。多少、言葉が強くなってしまっても、仕方がないでしょう?」
クレイユの言葉に、保健室でのやりとりを思い出す。
言葉自体は別にキツいわけじゃなかったけれど、俺を諭すまなざしには、心配がありありと浮かんでいて。
心から気遣ってくれているのが、嫌でもわかった。
熱を宿した蒼い瞳を思い出すと、なぜかぱくんと心臓が跳ねる。
と、クレイユが気遣わしげに俺を振り返る。
「すまない……。朝は心配のあまり、あれこれ言ってしまったが……。きみの心に負担になってしまっただろうか?」
「えっ!? う、ううん! そんなことは全然ないから気にしないでっ! クレイユ君が心配してくれたゆえだっていうのは、ちゃんとわかってるから……っ!」
熱を持った顔をぶんぶんと横に振ると、クレイユが目に見えてほっとした顔で吐息する。
「そうか……。安心したよ」
「では、そろそろ生徒会室へ行こうか。いつまでも立ち止まっているわけにもいかないからね」
リオンハルトの促しに、全員が踊り場から歩き出そうとしたところで。
「オルレーヌさん。先ほどのお誘いの件ですけれど」
イゼリア嬢がリオンハルト達が登場したせいで中断していた話題を持ち出す。
「は、はいっ! なんでございましょう⁉」
思わずアヤシい言葉遣いでぴんと背筋を伸ばす。
OKですかっ!? 了承ですかっ!? ご許可をくださいますかっ!?
お願いですから、承諾してください~〜〜っ!
祈りをこめてイゼリア嬢を見やると、「お誘いってナニナニ?」とヴェリアスがいぶかしげに口を挟んできた。
おいっ、ヴェリアス! いまホント大事なとこなんだから、しゃしゃり出てくんなっ!
イゼリア嬢も、ヴェリアスなんざ無視して――。
「先ほど、オルレーヌさんに誘われましたの。文化祭のクラス展示で『ラ・ロマイエル恋愛詩集』についての展示をしますので、見にいらっしゃいませんかと」
俺の祈りもむなしく、イゼリア嬢があっさり答える。
さすが天使の心をお持ちのイゼリア嬢ですっ! ヴェリアスであっても誠実に対応なさるそのお優しさ、まぶし過ぎますっ!
「オルレーヌさんが一緒について、解説してくださるそうですわ。ですけれど、わたくし、『白鳥の湖』の舞台の前に集中力を乱すのは……」
イゼリア嬢が視線を伏せる。
生徒会の『白鳥の湖』は、大トリだ。ヒロインであるオデット姫を演じるイゼリア嬢のプレッシャーは並大抵ではないだろう。
けど……っ!
そ、そんな……っ! イゼリア嬢に断られちゃう……っ!?
絶望のあまり、階段に崩れ落ちそうになった瞬間。
「『ラ・ロマイエル恋愛詩集』についての展示かい? それは、ぜひ見てみたいね」
リオンハルトが優雅に微笑んで告げる。
「ハルシエル嬢。ぜひ案内してもらいたいな」
はあっ!? 誰がリオンハルトを案内するかっ!
俺が案内したいのはイゼリア嬢だけだっての! イゼリア嬢が来てくださるなら、もうつきっきりで……っ!
「リオンハルト先輩だけずるいですっ! 僕だって見たいですよ! ねぇ、ハルシエルちゃん、僕も一緒にいいでしょう?」
リオンハルトの申し出を断るより早く、「はいはーいっ!」とエキューが元気よく手を上げる。
「エキューが行くなら、もちろんわたしも一緒に行こう。もともと、文化部長として、すべての展示を回るつもりだったしな」
クレイユが銀縁眼鏡のブリッジをくいと上げて参加を表明する。
おいっ、クレイユ! お前まで出ばってくんなっ! 展示を回るならエキューと二人だけで回ってこいよっ! そっちのほうが姉貴だって「きゃ――っ! クレ×エキュの文化祭イベントよぉ〜〜っ♡」って萌えるに決まってるからっ!
「ハルシエルが案内してくれるなら、俺も参加させてくれ。『ラ・ロマイエル恋愛詩集』は、朗読会をしようと言いながら、ばたばたしていてできていないからな……。気に病んでいたんだ」
さらにはディオスまでもが参加を表明してくる。
いやっ、朗読会が流れたのは俺も残念に思ってるけど! イゼリア嬢とお話する機会が減ったという意味で!
っていうか、どしどし参加表明してくるんじゃねぇ――っ!
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