288 言った――っ! ついにイゼリア嬢を誘っちゃったぜ!


「あ、あのイゼリア嬢!」


 緊張に震える声でイゼリア嬢に呼びかける。


「なんですの? まだ何か?」


「は、はい……っ! イゼリア嬢にお話がありまして……っ!」

 言いながら、数段、階段を上がってイゼリア嬢に並ぶ。


 きゃーっ! イゼリア嬢のおそばに近づいたと思うだけでどきどきしちゃうぜっ!


 でも俺が目指すのはイゼリア嬢の親友ポジション! もっとイゼリア嬢とお近づきになるためには……っ!


「あ、あのっ、イゼリア嬢をお誘いしたいところがあるんです……っ!」


「お誘い? オルレーヌさんがわたくしを?」


 アイスブルーの瞳をすがめたイゼリア嬢は、警戒心があらわだ。


「言っておきますけれど、いつもオルレーヌさんが利用しているような庶民のお店になんて、お誘いいただいたとしても、行きませんわよ?」


「あっ、いえ……っ」


 しまったぁ! 言葉が足りなかった……っ!


 いやっ、ちょっと待て! これはもしかして、逆に言えば、イゼリア嬢が行くにふさわしいお店ならお誘いを受けてくださるってこと……っ!?


 ふぉおおおおっ! これは朗報っ! 素晴らしい情報ですっ!


 しっかりバイトしてお金を貯めたら、イゼリア嬢にご満足いただける完璧なデートプランを作ったうえで、いつかイゼリア嬢をデートに誘わせていただきます……っ!


 よしっ! もっと『コロンヌ』でのバイトを増やしてしっかりお金を貯めよう!

 って、いまはそれよりも!


「ち、違うんです! 私がお誘いしたいのは、文化祭でのクラス展示でして……っ! あ、あのっ! 文化祭で私のクラスの展示を見にいらっしゃいませんか!? 私、心をこめてご案内させていただきますっ!」


 言った――っ! イゼリア嬢を誘っちゃったぁ――っ!


 心臓が信じられないくらいばくばく高鳴っている。緊張のあまり、気が遠くなりそうだ。


 って、せっかくイゼリア嬢と二人っきりなんていうレアシチュエーションに気絶するなんてもったいないことできるかっ! しっかりしろ、俺の意識っ!


 どきどきしながらイゼリア嬢の返答を待つも、麗しのお顔に浮かぶいぶかしげな表情は変わらない。


「どうしてわたくしがオルレーヌさんのクラスの展示をわざわざ見なくてはなりませんの?」


 冷ややかに問うたイゼリア嬢に、勢い込んで説明する。


「クラス展示の内容が、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』についての考察なんです! イゼリア嬢もお好きでいらっしゃいますでしょう!? ですから、ぜひ見ていただきたいと思いまして……っ!」


 イゼリア嬢をお誘いしたいがために、クラスで熱く語って展示内容を『ラ・ロマイエル恋愛詩集』にしたんです――っ!


「私が心をこめてひとつひとつ解説しながらご案内させていただきますからっ! いかがですかっ!?」


 祈るような気持ちでイゼリア嬢に問いかける。握りしめた両手は、緊張のあまり汗ばんでいる。


 イゼリア嬢が細い眉をひそめたまま、口を開いた。


「確かに『ラ・ロマイエル恋愛詩集』は愛読書のひとつですけれど……。でも、わざわざオルレーヌさんと展示を見る必要はないでしょう?」


 ありますっ! 大いにありますっ!

 主に俺の幸せに関わる部分でっ!


 俺はイゼリア嬢と展示を見て、青春の思い出の一ページに文化祭を加えたいんです〜〜〜っ!


 そしてあわよくば、イゼリア嬢ときゃっきゃうふふとおしゃべりして、もっと仲を深めたいんです〜っ!


 言うかっ!? 「イゼリア嬢ともっと仲良くなりたいんです」ってはっきりきっぱり言っちゃうかっ!?


 でも、さっき怒られたばっかりだし、イゼリア嬢の好感度が足りなくてもしきっぱり断られたりしたら……っ!


 ダメだっ! 考えるだけで絶望に気が遠くなって気絶しちゃいそう……っ!


 たった数秒の間に、脳が高速回転する。

 いったい何をどう伝えるのが正解か、必死で考えていると。


「まあっ! リオンハルト様、皆様! ごきげんよう」


 不意にイゼリア嬢が華やかな声を上げて楚々そそとした仕草で頭を下げる。


 イゼリア嬢の視線を追った俺は、ちょうど階段を上ってくるリオンハルト達五人を見とめた。


「ハルシエル嬢。もう起き上がって大丈夫なのかい?」


 俺とイゼリア嬢がいる踊り場まで上がってきたリオンハルトが心配そうに尋ねてくる。それを皮切りにイケメンどもが次々に口を開いた。


「顔色はいつも通りに戻ったようだが……。無理はしなくていいんだぞ?」


「ディオス先輩の言う通りだよ! ほんとに無理はしないでね? ハルシエルちゃん」


 ディオスに続いてエキューが緑の瞳に気遣いをにじませて顔をのぞきこんでくる。

 眉を寄せながら口を開いたのはクレイユだ。


「まずは体調の回復を第一に考えるべきだ。別に今日は読み合わせではなく、事務作業の日にあててもかまわない。だから、もし、まだ復調していないようなら、今日は練習は休んで……」


「ゆっくり休ませてもらったおかげで、もう体調は大丈夫だから! ちゃんと練習するわ!」


 あわててクレイユの言葉を食い気味に遮る。


 せっかくイゼリア嬢の演技を見られる機会を、みすみす逃すわけがないだろ――っ!


 たとえ練習であろうと何度だって、いやっ、何百回だって見たいんだよ――っ!


 気合をこめた俺の言葉に、リオンハルトが柔らかに微笑む。


「ハルシエル嬢は本当に練習熱心だね。でも、クレイユが言うように、体調を第一に考えるんだよ? もしまた、きみが体調を崩したら、わたしも他の面々も、心配で居ても立っても居られなくなるからね」


「は、はいっ! もう体調を崩したりなんてしません……っ!」


 もしそんなことになったら、イゼリア嬢にもっと怒られちゃうもんな! これ以上、好感度が下がるような事態は、絶対に避けたいっ!


 そのためには、心が引き裂かれそうなほど残念だけど、イゼリア嬢のテープを聞くのは、しばらくおあずけにしよう……っ! もしくは、一日一回までで!




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