285 いったいどんな人物かとやきもきしていたが……。


「クレイユから聞いたが、練習を頑張り過ぎて寝不足になったらしいね?」


 頭から布団を引っ被って現実から逃避しようかと、本気で悩んでいると、リオンハルトに気遣わしげに尋ねられた。


「ええと……。まあ、そんな感じと言いますか……」


 もごもごと歯切れ悪く答える。


 うっ! これはいよいよ、イゼリア嬢のお声に聞き惚れてて夜ふかししたなんて言えない……っ!


 俺の返事に、リオンハルトのみならず周りのイケメンどもがそろって表情を曇らせる。


「すまない……。前々回の意見交換の時に厳しく言い過ぎてしまったな。ハルシエルがそれほど気に病んでいたとは……」


 ディオスが凛々しい面輪をしかめれば、エキューが、


「この間、ようやく打開策が見つかったって言ってたし、実際、すっごくうまくなってたから安心してたけど……。僕達に内緒で無理をするほど練習してたなんて……っ。そんなの水くさいよ!」


 と愛らしい面輪を今にも泣きそうに歪めて訴えかける。

 穏やかに口を開いたのはリオンハルトだ。


「きみが努力家なのは知っているが、どうか、ひとりきりで無理はしないでほしい。劇はみんなで作り上げるものなのだからね。悩んだ時には、ひとりで抱えこまず、わたし達にも相談してもらえると嬉しいな」


 心にみ入るような真摯しんしな声で告げられ、思わず、じんと胸が熱くなる。


「す、すみません……」


 反射的に謝ると、ふわりとリオンハルトが包み込むような笑みを浮かべた。


「謝る必要はないよ。次から気をつけてくれれば十分だから。むしろ、こちらこそすまないね。きみが思い悩んでいたのは知っていたのに……。安心して相談してもらえる存在になれなくて」


「と、とんでもないですっ!」


 己を責めるかのように、苦い声で告げたリオンハルトに、あわててぶんぶんとかぶりを振る。


「別に、先輩達が頼りないから相談しなかったわけじゃ……っ! その……っ!」


 余計なフラグを立てないように回避したかっただけだからっ! 

 お前らに相談したら、絶対、また何かイベントが起こっちゃうだろ――っ⁉


 それだけは絶対にごめんなんだよっ!


「た、たまたま脚本を書いてくださった方とお会いして、相談に乗ろうかと持ちかけられたからお願いしただけで……! ちょうど、奥様とも待ち合わせしてるからと誘っていただいて……」


「奥様?」


 クレイユが間髪入れずに疑問を挟む。


「そう。だんな様が脚本家で、奥様が女優なの。だから、ふたりに相談に乗ってもらったほうが、いいアドバイスがもらえるんじゃないかと思って……」


 俺の言葉に、なぜかイケメンどもがそろって安堵の吐息をつく。


「そうか……。脚本を書いた人物は、既婚者だったのか……」


「いったいどんな人物かとやきもきしていたが、既婚者だったとは……」


「よかったぁ……っ!」


 ん? 何だどうした? リオンハルトもディオスもエキューも、なんでジャルディンさんが既婚者と知って、そんなに喜んでるんだ……?


 いやまあ、アリーシャさんみたいな素敵で綺麗な奥さんがいてうらやましいのはわかるけど!


 ほんっと、シャルディンさんとアリーシャさんは憧れの夫婦だよな~!


「ハルシエル嬢、きみは……。本当に、わたし達を翻弄するのが巧みだな……」


 はぁぁっ、とクレイユが疲れたように呆れ交じりのため息を吐き出す。


 な、何だよっ! そりゃあ確かに、今朝は寝不足で心配と迷惑をかけちゃったけど……っ! 言っとくけど、絶対にわざとじゃないからなっ!


 仏頂面のクレイユとは対照的に、楽しげに笑ったのはヴェリアスだ。


「も~っ! ほんっとハルちゃんては小悪魔なんだから~♪ ってゆーか、ひとりで思い悩みながら、寝不足になるまで練習するくらいなら、オレに頼ってくれたらよかったのに~♪ 読み合わせくらい、いくらでもつきあうぜ?」


 いやっ! だからイケメンどもと読み合わせなんてごめんなんだよっ!

 俺が一緒に読み合わせしたいのはイゼリア嬢だけだからっ!


 ……オデット姫とオディールが一緒に出るシーンはほとんどないけど……っ!


「いえ、ヴェリアス先輩にご迷惑をおかけするのは心苦しいですし……」


 あくまでも表面的には当たりさわりのない言葉で断ろうとすると、俺の言葉にクレイユが大きく頷いた。


「そうです。読み合わせなら、わたしとハルシエル嬢でしますから」


 いやっ! クレイユともする気はないんだがっ⁉


「それに」

 とクレイユが蒼い瞳を細めてヴェリアスを見やる。


「ヴェリアス先輩は、オディールがオデット姫を邪険にする演技の参考にされるくらい、ハルシエル嬢に隔意かくいを抱かれているのですから、どう考えてもわたしのほうが適任でしょう?」


「なかなか言うじゃないか、クレイユ」


 ヴェリアスの紅の瞳が不穏な光を宿して細まる。


 が、対するクレイユも負けてはいない。


「事実を述べたまでです。ハルシエル嬢も、ストレスを感じながらヴェリアス先輩と読み合わせをするより、わたしと読み合わせしたほうがよいに決まっています。またハルシエル嬢が倒れたら、どう責任をとるつもりですか?」


 淡々と告げ、真っ向からヴェリアスを睨み返す。


 ちょっ⁉ なんでいきなり不穏な空気になってるんだよ⁉


 ほんっと、悪役メンバーは統一感がないなっ⁉ やっぱり悪役だからか⁉

 それとも水と油のヴェリアスとクレイユを組み合わせたのが間違いだったのか⁉


 ……なんか、そもそもそれが原因の気がするな……。


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