259 さぁっ! 読み合わせを始めましょう!
「ただいま戻りましたーっ!」
一刻も早くイゼリア嬢のお隣に戻ろうと、採寸を終えた俺は小走りに生徒会室に戻った。
「オルレーヌさんったら、本当に礼儀のなっていない方ね!」なんてイゼリア嬢に呆れられないよう、礼を失さないぎりぎりの速さで扉を開け。
「そんな……っ! どうして……っ!?」
生徒会室のソファーを見た途端、俺は
イゼリア嬢が! 採寸に行く前まで、俺の隣で優雅に微笑んでいらっしゃったイゼリア嬢がいないっ!
「イ、イゼリア嬢はどちらへ行かれたんですかっ!?」
いないのはイゼリア嬢だけじゃない。リオンハルトとディオス、エキューの姿もない。生徒会室に残っているのは、ヴェリアスとクレイユ、それと姉貴とシノさんだけだ。
噛みつくような俺の質問に、クレイユが「ああ、それは」と淡々と答える。
「きみが採寸に行っている間の時間がもったいないんじゃないかという話になってね。台本の読み合わせをするにしても、前半部分は大半がジークフリート王子側とロットバルト側で別れてしまうし、それなら半分に分かれて読み合わせをすればいいんじゃないかという話になって、リオンハルト先輩達は、別室に移動されたんだ」
「そ、そんな……っ!」
俺のイゼリア嬢のお隣で読み合わせができると、期待に超浮かれていた気持ちを返せ――っ!
ショックのあまり、床にくずおれそうになる。
が、まだだ! まだ俺は諦めない!
「そ、それなら私も戻ってきましたし、合流しましょう!」
「えーっ。ハルちゃんってば、そんなにリオンハルト達と一緒がいいわけ~?」
力強く宣言した俺に、ヴェリアスが顔をしかめる。
ちげーよっ! リオンハルトと一緒がいいんじゃなくて、「イゼリア嬢と一緒」がいいんだよっ!
「いやしかし、あちらはもう読み合わせを始めているし、今から合流しても迷惑なだけだろう?」
クレイユが至極真っ当な意見を述べる。
「うっ! そ、それは……っ」
イゼリア嬢と合流したいけど、「何ですの? オルレーヌさんは、わたくし達の邪魔をなさりにいらしたの?」なんて言われて、好感度が下がる事態は絶対に避けたい……っ!
旅行からこっち、せっかくイゼリア嬢の好感度が上がってきてるんだから! ここでドジは踏みたくない……っ!
ああ……っ、こんなことなら、シャルディンさんにオデット姫とオディールの絡みを滅茶苦茶増やしてくださいっ! ってワガママを言っておけばよかった……っ! そうしたらイゼリア嬢といっぱい読み合わせができたのに……っ!
「全員での読み合わせはまた明日にでもするだろうから、今日は三人で読み合わせをしないか?」
「はい……。そうですね……」
なだめるようなクレイユの言葉に、しょんぼりと肩を落として頷く。
ううう……っ! せっかくイゼリア嬢のお隣で読み合わせができると思ったのに――っ!
明日こそっ! 明日こそはイゼリア嬢が紡がれるオデット姫の名台詞の数々を聞いてみせるぜ……っ!
せめて余韻だけでも味わおうと、イゼリア嬢が座っていたソファーに座り、台本を手に取る。
「じゃあ、初めての読み合わせだし、まずは全体の流れを把握するために最初から順番に読んでいこっか♪ いない配役の台詞は飛ばして、最後まで通しで読もうぜ」
台本をぱらぱらとめくりながらヴェリアスが言い、俺やクレイユ君も台本を開く。
「始めての読み合わせだし、詰まるのは仕方がないだろーから、その辺は気にしないってことで♪ えーと、序盤のほうのオデット姫が白鳥に変えられる呪いをかけられるところがオレ達の最初の出番か~」
シャルディンさん版の『白鳥の湖』では、オデット姫の美貌に嫉妬したオディールがロットバルトに愚痴をこぼし、娘を溺愛するロットバルトがオデット姫に呪いをかけるという筋書きになっている。
違うだろ――っ、オディール――っ! オデット姫の美貌に嫉妬するとか! イゼリア嬢の美貌は崇拝し、うっとりと愛でるものであって、嫉妬するとかありえないって!
ロットバルトもロットバルトだよ! 娘可愛さにイゼリア嬢に迷惑をかけんな――っ!
「なんていうか……。ロットバルトって、ろくでもない性格ですよね……。オディールを溺愛するあまり、周りに迷惑をかけまくるとか……」
ふとこぼすと、クレイユが力強く頷いた。
「まったく、本当にきみの言う通りだな」
「えーっ! だって悪役なんだからとーぜんじゃん!」
不満そうに唇をとがらせたのは、ロットバルト役を演じるヴェリアスだ。
「いえでも、この周りに迷惑をかけまくるトラブルメーカーなところとか……」
「本当に、演じるヴェリアス先輩そっくりだな」
俺とクレイユがしみじみと頷き合うとヴェリアスが「ちょっ!? 二人ともひどくないっ!?」と哀れっぽい声を上げる。
「いくら俺がロットバルトを演じるからって、オレとロットバルトは別人格デショ!?」
「でも、この脚本、本当にそれぞれの登場人物が各役者に通じるところがありますよ」
いやほんと、シャルディンさんってばすごすぎますっ! 各所の台詞回しに、「あっ! イゼリア嬢ならこんな風に言いそう!」って思えるところが出てきて……。
俺、最初に脚本を読んだ時、それぞれの配役の声で脳内再生されたし! 特に、オリジナルで配役を増やした分、自由度が高いからなのか、クレイユやエキュー、ディオス先輩の台詞なんかはほんと、本人が言いそうな感じで……。
シャルディンさん、恐るべし……っ!
俺の言葉に、クレイユがうんうんと深く頷く。
「つまり、ヴェリアス先輩はロットバルトと同じく傍迷惑でろくでなしというわけだな」
「クーレーイーユー? ケンカを売る気なら買ってやるぜ?」
ヴェリアスが地を
「事実しか言った記憶しかありませんし、ケンカを売った気もありませんが、お望みでしたらいつでも受けて立ちますよ」
ヴェリアスとクレイユが火花を散らしそうな視線で睨み合う。
「ちょっと! 読み合わせするっていうのに、なに険悪になってるんですか!? 確かに、余計な話題を最初に振っちゃったのは私ですけど……っ。ほら! さっさと読み合わせやりますよっ!」
ヴェリアスとクレイユってほんと相性悪いなっ! ほんとにこんなのでちゃんと劇ができるんだろうか……?
練習が始まったばっかりだけど、正直、不安しかない。
あわあわと口をはさんだ俺に、ヴェリアスがくすりと笑う。
「あ、確かにロットバルトとオレに共通点もあるけどさ~」
悪戯っぽく唇を吊り上げたヴェリアスの紅の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「ああ、可愛いわたしのオディール。お前のためだというのなら、どんなことでもしてやろう」
「っ!?」
瞬間、なぜかぱくんっ、と心臓が跳ねる。
いや違うから! これはオディールを溺愛しているロットバルトの台詞であって、別に俺に向けた言葉じゃないから!
っていうか!
「ちょっとヴェリアス先輩! まだ私が台詞言ってないのに、勝手に次の台詞を言わないでくださいよっ! 飛ばしてますよっ!?」
「えっ? ちょ、ハルちゃん……。その反応!? も~っ、ハルちゃんにはかなわないなぁ~」
くすくすとやけに楽しそうに笑うヴェリアスを無視して、俺はオディールの最初の台詞を読み上げた。
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