241 そんなに手放しで褒められたら照れてしまうな
「で、台本のことなんだけどね」
「は、はい!」
クラシックが流れる店内の落ち着いた雰囲気に加え、レアチーズケーキと紅茶のおいしさにすっかりなごんでいた俺は、シャルディンさんの声にはっと我に返る。
フォークを置き、ぴんと背筋を伸ばすと、シャルディンさんが穏やかな笑みを浮かべて俺を見ていた。
「実は、ハルシエルちゃんに相談を受けて、『白鳥の湖』を提案してからすぐ、アレンジを加えて書き出していたんだよ。きっと生徒会役員の全員が役につくだろうと、王子の従者役二人と、ロットバルトの部下役も増やした上でね」
「えぇぇぇ~っ! すごいです! すごすぎます、シャルディンさん!」
さすが『コロンヌ』のお客のおば様人気不動のナンバーワン! 見た目がイケオジだけじゃなくて、仕事も早いとは!
そりゃあ、おば様方も既婚者にもかかわらず、きゃあきゃあともてはやすわけだ……。
「で、でも……」
俺は心配になって、シャルディンさんを上目遣いでうかがう。
「シャルディンさん、ご自身の劇団もお忙しいでしょうに……。無理をお願いしちゃったんじゃありませんか……?」
俺の問いかけに、一瞬、きょとんと目を見開いたシャルディンさんが、
「いやいや、大丈夫だよ。気にしないでほしい」
と、あわてたようにかぶりを振る。
「でも……。シャルディンさんに頼ってばかりで、私、何もお返しできていないのが申し訳なくて……」
「それは違うよ」
思いがけない強い声に、うつむいていた俺は、はじかれたように顔を上げ、シャルディンさんを見やる。シャルディンさんの蒼い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「むしろ、お願いしたいのはわたしのほうなんだ。ハルシエルちゃんの相談を渡りに船だと、わたしが勝手に――」
「シャルディンさん?」
俺を通して、どこか遠くを見ているようなシャルディンさんのまなざしに、思わず呼びかけてしまう。
と、シャルディンさんが我に返ったように視線を揺らした。
「ああいや、その……」
シャルディンさんが困ったように眉を寄せる。
「劇団の団長とはいえ、わたしは脚本や演出ばかりで、舞台に立たないからね。公演中はむしろ、練習に比べて暇なほどなんだよ。だから、その間に次の脚本の準備をしなきゃいけないんだが……」
シャルディンさんが苦笑して頭に手をやる。
「最近、少しスランプ気味でね。どうしても内容が演じる劇団員の性格に引きずられてしまうというか……。似たような傾向ばかりになってしまっている気がして、新しい風を取り込みたいと思っていたんだ」
「新しい風……。ですか?」
「ああ。演じる者が変われば、おのずと劇の雰囲気も変わってくる。わたしは団長として、脚本家として、もっと役者達のいろんな演技の幅を引き出して、観に来てくれるお客さん達をもっと楽しませたいんだ」
シャルディンさんが蒼い瞳をまばゆいほどにきらめかせて告げる。熱意にあふれるさまは、親と同じくらいの年とは思えないほど、若々しさに満ちている。
なんか……。すごいな。
大人になっても、こんな風に自分の好きなことに打ち込んで、さらに高みを目指しているなんて……。
素直に、格好いいと思う。
じっと見つめる俺の視線に気づいたシャルディンさんが、照れたように頭に手をやる。
「ごめんごめん。つい熱く語ってしまっちゃったね、お恥ずかしい。その、それがハルシエルちゃんに協力する理由のひとつでね……」
「そんなに役者さんや劇団のことを考えてらっしゃるなんて、すごいですね! 尊敬しちゃいます!」
思わず身を乗り出して感嘆の声を上げると、シャルディンさんの顔がうっすらと赤く染まった。
「そんなに手放しで褒められると、照れてしまうな……」
困ったように視線を揺らすシャルディンさんは、年上の男の人にこんなことを思っては失礼かもしれないけれど、ちょっと可愛い。
「というわけでね」
照れているのをごまかすように、シャルディンさんが咳払いする。
「わたしのためにしているようなものだから、台本については何も遠慮なんてしないでほしいんだ。それで、よければ誰がどの役を演じることに決まったのか、教えてもらえるとありがたいんだが……」
「はいっ。えーと、オデット姫はもちろんイゼリア嬢で、リオンハルト先輩がジークフリート王子で……」
俺は指折り数えながらシャルディンさんに配役を伝える。
「……それで、王子の従者役がディオス先輩とエキュー君で、ロットバルトの部下役がクレイユ君です!」
「そうか……。クレイユ君がロットバルトの部下役を……」
「シャルディンさん?」
低い呟きが聞こえず、小首をかしげると、「ああいや」とかぶりを振ったシャルディンさんが、紅茶のカップに口をつける。洗練された仕草でソーサーに戻した時には、蒼い瞳が好奇心で輝いていた。
「たとえば、部下役を演じるクレイユ君は、ハルシエルちゃんから見て、どんな感じなんだい? ぜひとも教えてもらいたいな」
「え? クレイユ君ですか? そうですね……。超がつくほど真面目で、いつでも冷静で……。あっ、でも、幼なじみのエキュー君には、すっごく優しいんですよ! テスト前には勉強を見てあげたりして、同い年なんですけど、兄弟みたいな感じで! エキュー君のことが絡むと、ちょっと……。いやかなり面倒くさくなるんですけどね……」
思わずげんなりと呟くと、シャルディンさんが小さく吹き出した。
「きっとエキュー君には心を許している分、甘える気持ちが出てしまっているんだろうね」
「甘え……? あれが甘えなんでしょうか……? むしろ、大事なものを取られまいと駄々をこねている子どものように見えるんですけど」
「ははっ、ハルシエルちゃんにかかったら、クレイユ君も形無しだね。じゃあ、ハルシエルちゃん自身に対しては、どんな感じなのかな?」
「え……?」
問われた瞬間、先日の旅行でクレイユにおんぶされたことや、ひざまずいて靴ずれの手当てをしてもらったことなどが反射的に脳裏を駆け巡り、無意識に頬が熱くなる。
ええいっ! 消えろ、脳内クレイユ!
あれは怪我をしたから仕方なくであって、別にクレイユに頼る気なんてまったく……っ!
「おや、その反応……。ひょっとして、クレイユ君と何かあったのかな?」
からかうようなシャルディンさんの声に、ますます顔が熱くなる。
「ち、ちちち違いますよっ! クレイユ君とは別に何も……っ! だ、だって、ケンカまでしたくらいですし!」
「ケンカ!? ハルシエルちゃんとクレイユが!?」
シャルディンさんが目を見開いて驚愕に満ちた声を上げた。
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