240 憧れの紳士と素敵なティータイムを
「すみません、シャルディンさん。何から何までお世話になっちゃって……」
俺はテーブルの向かいに座るシャルディンさんに深々と頭を下げた。俺とシャルディンさんがいるのは、『コロンヌ』と同じ商店街の中にあるアンティークな雰囲気の喫茶店だった。
イゼリア嬢をハグするという身体中から幸せオーラがあふれだして爆発四散しそうな至福のひとときから数日。
イゼリア嬢ご希望の素晴らしいハッピーエンドを書くんだ! と台本に取り組んでいた俺だが、出てくるのはイゼリア嬢演じるオデット姫を褒めたたえる言葉ばかり……っ!
いやだって、無理だろ! あんな至福の時を過ごしたらもう、イゼリア嬢を称賛して奉る言葉しか出てこないって!
が、それではいつまで経っても台本が完成しない。困り果ててちょうとバイトが終わるころに『コロンヌ』に来店したシャルディンさんに、台本のことを相談したところ、
「もしハルシエルちゃんの時間が許すなら、この後、お茶でもしながら相談に乗ろうか?」
と提案され、バイトが終わってすぐ、喫茶店へ来たのだ。
「とんでもない。そんなにかしこまらないでおくれ」
俺の謝罪にシャルディンさんがゆったりとかぶりを振る。
「むしろ、手伝わせてほしいとお願いしたのはわたしのほうなんだし。ハルシエルちゃんにそんな風に謝られたら立つ瀬がないよ。さあ、顔を上げて。ここは紅茶も美味しいけれど、ケーキも絶品なんだよ」
「ありがとうございます、いただきます……」
シャルディンさんの気遣いに礼を言ってフォークを手に取る。
やっぱりシャルディンさんって素敵だなぁ……。
美形で気品があるっていうだけじゃなく、包容力まであって。いつかこんな大人になりたいって、思わず憧れるような……。
って、ハルシエルの俺には、イケオジは無理だけど!
でも、余裕のある大人っていう目標は悪くないハズ!
俺の前には紅茶とレモンのレアチーズケーキが、シャルディンさんの前にも同じものが置かれている。
「さあ、遠慮しないでどうぞ」
シャルディンさんに勧められ、レアチーズケーキをひとくち食べる。
「おいしいです……っ!」
くちどけのよいチーズケーキに、レモンの爽やかさがよく合っていて、いくらでも食べられそうな気がする。
庶民が利用する喫茶店のケーキを高級店の『ムル・ア・プロシュール』のケーキと比べたら酷だろうが、俺にとってはどちらも十分においしい。
しょせん、庶民育ちの馬鹿舌だしなっ! むしろ、リーズナブルな分、遠慮なく味わえるのが嬉しい。
舌鼓を打っていると、美形にふさわしい優雅な仕草で紅茶とケーキを楽しんでいたシャルディンさんにくすりと笑われた。
「ハルシエルちゃんは、おいしそうにケーキを食べるねぇ。生徒会のお茶会で、『ムル・ア・プロシュール』のケーキを食べ慣れているだろうから、口に合うかどうか、ちょっと心配していたんだが……。杞憂だったようで安心したよ」
「とんでもないです!」
ぶんぶんと首を横に振った俺の頭に、ふと疑問が浮かぶ。
「あれ、でも……。どうして生徒会でお茶会をしていることや、お茶菓子が『ムル・ア・プロシュール』のケーキだって知っているんですか……?」
「あ、ああ。それは……」
シャルディンさんが悪戯っぽくくすりと笑う。
「この間、女性向けの週刊誌で読んだんだ。第二王子であるリオンハルト様の一日を追え! って記事でね。女性達にすごい人気だからね」
「ははははは……。えー、ソウデスネー」
思わず半眼で乾いた笑いを洩らしてしまう。
「でも、シャルディンさんが女性週刊誌を読むなんて……。かなり意外です」
シャルディンさんって、分厚いハードカバーの学術書とかが似合いそうなイメージだもんな。
俺の脳裏に甦ったのは、以前、懐かしそうに『ラ・ロマイエル恋愛詩集』の一節を朗読していた姿だ。
うん、あのシャルディンさんは文句なしに格好よかった!
「いやいや。やっぱり劇作家たるもの、人気の秘密を探って、脚本に活かさないとね。わたしの劇団も半数以上が女性のお客様だし」
「すごいです! さすが人気劇団の座長さんですね!」
褒めちぎると、シャルディンさんが軽やかな笑い声を上げる。
「で、その週刊誌に、生徒会で供されるのは有力貴族しか予約できない有名ケーキ店と書いてあったものだからね。ハルシエルちゃんに呆れられたらどうしようかと、注文してから思い出して、内心焦っていたんだよ」
「とってもおいしいです!」
シャルディンさんの不安を吹き飛ばそうと、俺は力強く宣言する。
「そりゃあ、生徒会のお茶会では『ムル・ア・プロシュール』のお菓子もいただきますけれど……。お値段だけが、おいしさを決めるわけじゃないでしょう? このレアチーズケーキも、十分においしいです! それに、誰と一緒に食べるかも、おいしさの要素として重要じゃないですか!」
力強く告げると、「おや嬉しいね」とシャルディンさんが目尻を下げた。
「ハルシエルちゃんにそう言ってもらえるなんて。ということは、わたしはハルシエルちゃんのお茶のお相手として合格ということかな?」
「合格も何も! シャルディンさんと一緒にお茶ができるなんて、光栄です!」
いいよなぁ~。雰囲気のいい喫茶店でのお茶とケーキ。しかも、相手は将来こんな風になりたいと憧れるような立派な紳士。
いや、女のハルシエルじゃどうがんばってもなれないってわかってるけど……。憧れるくらいはいいだろ――っ!?
何より、『キラ☆恋』の攻略対象キャラじゃないシャルディンさんなら、何をどうしようが、フラグもイベントも起こりようがないし!
ああっ! 平和って素晴らしい……っ!
そう! 俺が求めてたのは、こういう穏やかなひとときだったんだよっ! イケメンどもと違って、シャルディンさん相手にどきどきなんて、全っ然、しないもんなっ!
あっ、もちろんイゼリア嬢にどきどきするのは、望むところですけれど!
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