219 やっぱり俺の口からちゃんと謝りたい!


(うううっ、どうしよう……)


 パジャマに着替えて歯磨きも完了。あとは寝るばかりとなった状態で、俺は檻の中のクマみたいに、部屋の入口近くをうろうろ歩き回りながら思い悩んでいた。


 何に思い悩んでいるかといえばもちろん、イゼリア嬢についてのことだ。


 俺のせいで途中で切り上げざるをえなかった夜の散歩について、もう一度、ちゃんと謝罪しておいた方がいいのか、ヴェリアスが、リオンハルトがなだめるだろうから、そっとしておいたほうがいいと言っていたのを信じて、やぶへびにならないよう、大人しくしておくべきか……。


 いやでも、やっぱり俺の口からちゃんと謝っておきたい!


 さすがにこの状況で「パジャマパーティーをしませんか?」なんて言ったら、イゼリア嬢に呆れ果てられるだろうけど、謝罪のついでに、せめて一目でもイゼリア嬢のパジャマ姿を見ることが叶ったら……っ!


 だって、イゼリア嬢のパジャマ姿を拝見できるなんて貴重な機会、下手したら、もう二度とないかもしれないし!


 やっぱりこの機会を逃すわけにはいかない!


 それに、ふだんはツンツンしていても、根はお優しいイゼリア嬢なら、心を込めて謝罪すれば、きっと許してくださるハズ!


 イゼリア嬢にちゃんと謝罪して心の憂いを晴らしたい気持ちと、それ以上に強いパジャマ姿を見たい欲望とに背中を押され、意を決した俺は、部屋のドアノブに手をかけた。


 イケメンどもは三階、俺とイゼリア嬢と姉貴、シノさんの部屋は二階に割り当てられているので、こそっと行けば、おそらくイケメンどもにも気づかれないだろう。


 念のため、ドアを薄く開いて、廊下の様子をうかがう。


 まさか、イケメンどもが廊下にいるとは思えないが……。


 なんせ姉貴が、

「お泊りイベントよ、お泊りイベント! も――っ、響きだけでうっとりしちゃうわ~っ♡ まぁ、残念ながら何も起こらないだろーけど、何が起こるかわかんないのが人生なんだから、心の準備と録画の準備だけはしっかりしておくべきよね! いつ何時、どきどき♡ハプニングが起こるかわかんないし!」


 ぐぇっへっへっへ……、と頬を緩ませてアレコレ妄想してたから、油断はできない。


 いないと思っても、どこからともなく湧いてくるのがイケメンどもだからなっ!

 ほんっと害虫か何かかっ!?


 ってゆーか、姉貴もなんだよ、録画の準備って! 盗撮する気満々じゃねーかっ! そんなイベントなんか、絶対に起こさねーからなっ!?


 幸い、俺に見える範囲では、廊下は無人だった。耳を澄ませても、足音ひとつ聞こえない。


 よし! チャンスは今だ!


 俺はパジャマ姿のまま、そろそろと廊下に出る。

 イゼリア嬢の部屋は、姉貴の部屋の向こうだ。


 緊張に高鳴る心臓を押さえながら、ぺたぺたとスリッパを鳴らしてイゼリア嬢の部屋の前へ行く。


 すーはーっ、と一度、深呼吸して心を落ち着け、俺はそっとイゼリア嬢の部屋のドアをノックした。


「あ、あのっ、ハルシエルです! 夜分に申し訳ありません。そのっ、イゼリア嬢に少しお伝えしたいことがありまして……っ」


 どきどきしながら、イゼリア嬢からの返事を待つ。


 ふぉおおおおっ、なんか待ってるだけなのに、口から心臓が飛び出しそう……っ!


 俺にとっては、数時間にも思える緊張に満ちた時が過ぎ。


「……いったい、何の用ですの?」


 かちゃりとドアが薄く開き、イゼリア嬢がいぶかしげな顔を見せる。

 細い眉をきゅっと寄せたイゼリア嬢が纏っているのは――。


 ネグリジェだ――っ!


 たっぷりとフリルがついた女の子らしいデザインの白い絹のネグリジェ! そして方にはざっくりと編んだ淡いピンクのカーディガンを羽織ってらっしゃる!


 何これ!? 清楚で可憐すぎるんですけれど!


 天使だっ! 大天使が地上に降臨なさってらっしゃる――っ!


「……オルレーヌさん?」


 冷ややかなイゼリア嬢の声に、魂が抜けたように目の前の天使を見つめ続けていた俺は、ハッと我に返る。


 やべぇっ! 初めて拝見するイゼリア嬢のネグリジェ姿かあまりに可憐すぎて、危うく昇天するところだったぜ……っ!


 昼には水着姿、ほるにはネグリジェ姿を見られるなんて、最高に素晴らしすぎるぜ、旅行イベント!


 俺、イゼリア嬢と一緒に生徒会に入れたことを、今日ほど感謝したことはありません……っ!

 やっぱりイゼリア嬢は俺の最推しですっ!


「あのっ、申し訳ありませんでした!」


 叶うことならいつまでも愛でていたいイゼリア嬢のネグリジェ姿から、意志の力を振り絞って視線をそらし、身体を二つに折りたたむようにして、深く頭を下げる。


 何のために、もう寝るっていう時間にイゼリア嬢の部屋へ来たのか、本来の目的を忘れたら本末転倒だからなっ!


 いやっ、あわよくばイゼリア嬢のパジャマ姿を見たいっていう願望もちょっと……。いやっ、ほんとはかなりあったけど……っ!


「せっかくの夜のお散歩だったのに、私の不注意のせいで早めに切り上げることになってしまって……っ! 申し訳ありませんでした! せめて一言、イゼリア嬢にお詫び申しあげないとと思って……っ!」


 このまま、イゼリア嬢の好感度を下げたまま、明日を迎えるなんて、俺の心が耐えられないっ!


 たとえ、儚い足搔あがきだとしても、せめてこれ以上、イゼリア嬢に嫌われないように好感度をキープしないと……っ!


 それに、せっかくのイゼリア嬢との夜のお散歩がおじゃんになって哀しいのは、俺も一緒だ。


 胸の奥底から湧き上がる哀しみをのせて謝罪した俺に、イゼリア嬢はただ、沈黙を返す。


 顔を上げてもう一度イゼリア嬢のネグリジェ姿を拝見したいっ! という誘惑を押さえつけ、俺はひたすら頭を下げ続ける。と。


 はぁ、とイゼリア嬢の口から小さな溜息がこぼれ落ちた。


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