203 己の運動音痴が恨めしすぎるっ!
「せっかく海に来たというのに、ビーチパラソルの下ばかりではつまらないだろう? きみ達にも楽しんでもらえるように、準備を整えたんだ」
沖のほうを振り向いたリオンハルトの視線を追って、俺とイゼリア嬢も海を見る。
陽光にきらめく青く澄んだ海。
そこに浮かんでいたのは。
へ……? 何あの巨大な屋根付きフロート……!?
思わずぽかんと口が開く。
部屋を丸ごと持ってきた? と思うような、ビニールでできた巨大なフロート。十人くらいは余裕で乗れそうだ。
むしろ、屋根付きイカダ……。いや、水上ハウスといってもいいかもしれない。
っていうか、いつの間にあんな巨大なフロートを用意したんだよっ!? あんなものまで準備していたんだとしたら、すごすぎねぇ!?
「あそこなら、海の上だけど日陰もあるし、きみ達にも楽しんでもらえるんじゃないかと思ってね。行ってみないかい?」
「なんて素敵なんでしょう! 行ってみたいですわ!」
俺が答えるより早く、イゼリア嬢が即答する。
イゼリア嬢が行くんなら、もちろん俺だって行きます!
「でも……。あそこ、けっこう深いんじゃないですか……?」
立ち上がった俺は、水上ハウスを見て眉を寄せる。
情けないけど、ハルシエルって運動音痴だから、泳ぎに自信がないんだよなぁ……。
「心配しなくても大丈夫だよ。ほら」
リオンハルトの視線を追うと、さっきまで水上ハウスのそばで泳いでいたディオス達四人が、波打ち際に上がったところだった。ディオスとヴェリアスの手には、大きな浮き輪が抱えられている。
「確か、ハルシエル嬢もイゼリア嬢も、泳ぎはあまり得意じゃなかっただろう? だけど、心配しなくていい」
「そーそー、オレ達があそこまで連れて行ってあげるから♪ 怖かったら、しっかり浮き輪に捕まってたらいーよ♪」
はい、とヴェリアスがイゼリア嬢に浮き輪を渡す。
そっか……。イゼリア嬢も、あんまり泳ぐの得意じゃなかったんだ……。
何事にも完璧っぽく見えるのに、そんな弱点があるなんて、ギャップが可愛すぎますっ!
ああっ! 俺がディオスやエキューみたいに運動神経がよかったら、手取り足取り教えてさしあげるのに……っ!
ハルシエルの運動音痴が恨めしいっ!
「ハルシエルはこちらだ」
ディオスが俺にも浮き輪を渡してくれる。
「わたしとディオス先輩がついている。溺れるような事態は万に一つも起こさないから、安心してくれ」
ディオスの隣に立つクレイユが、自信満々な様子で告げる。
「そうだよ! だから安心してね」
と、イゼリア嬢に微笑みかけたのは、ヴェリアスの隣に立つエキューだ。
どうやらディオスとクレイユが俺を、ヴェリアスとエキューがイゼリア嬢を水上ハウスまで連れて行ってくれるらしい。
「皆様のご厚意に感謝しますわ。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
イケメンどもを見回して、にっこりと微笑んだイゼリア嬢に続き、俺もぺこりと頭を下げる。
っていうか、大きな浮き輪をぎゅっと抱きしめてるイゼリア嬢、すっごい可愛いんですけど!
ああっ、あの浮き輪になりたい……っ!
「では、行こうか」
リオンハルトにうながされ、ぞろぞろと波打ち際へ移動する。
サンダルを脱いだ裸足の足の裏に、太陽に熱された砂が心地よい。
寄せては返す波は、きらきらと輝く白いレースのようだ。陽射しはまぶしいが、風は強めで心地よい。
海に来たのなんて、何年ぶりだろう。泳げなくても、テンションが上がってくる。
浮き輪の中に入り、ぱしゃぱしゃと海へ足を踏み入れる。
「わあ……っ」
足元を撫でていく波の心地よさに、俺は思わず歓声を上げた。
波が引くのにあわせて、足の下から流れていく砂がくすぐったい。波が寄せては引いていくだけなのに、どうしてこんなにわくわくするのか、自分でも不思議だ。
膝下くらいの深さのところに立ち止まって、波の楽しさを堪能していると、すぐそばで、くすりと柔らかな笑い声が聞こえた。
「す、すみませんっ」
はっと我に返って謝る。
そうだよ! ディオスとクレイユもいるのに、立ち止まってちゃダメじゃん!
だが、俺の謝罪に、ディオスとクレイユはそろって、柔らかな笑顔でかぶりを振る。
「いや……。水が怖いのかと思って心配したが、そうではないようで安心したよ」
包み込むような笑顔でディオスが言えば、クレイユも珍しく穏やかな笑みを浮かべて告げる。
「滅多に海に来ないのだろう? せっかくの機会だ。きみの好きなように、思う存分楽しむといい。わたしも喜んでつき合おう」
いや、俺の望みを言うんなら、イケメンどもは放っておいて、イゼリア嬢と二人っきりできゃっきゃうふふと過ごすことなんだけどなっ!?
「きみと一緒なら、ただ波打ち際を歩くだけでも、満たされた気持ちになれるだろうな」
ふだんとは打って変わった優しい微笑みで告げたクレイユが、照れ隠しのように眼鏡のブリッジを押し上げようとし……。
眼鏡がないことに気づいて、ごまかすようにふいっと視線をそらした。
そっか。なんかクレイユの感じがいつもと違うと思ったら、怜悧な印象を与える銀縁眼鏡がないのと、濡れた前髪をかきあげているせいだ。なんとなくふだんより、柔らかな印象を受ける。
「何だ? わたしの顔に何かついているのか?」
俺がまじまじ見ているのに気づいたクレイユが、いぶかしげに眉を寄せる。
目がすがめられているのは、眼鏡がないせいでよく見えないからだろう。
「違うの。逆に、いつもついているものがないから、つい見ちゃったの」
かぶりを振って笑って告げると、
「ああ。眼鏡をかけていないからか……」
呟いたクレイユが、また眼鏡のブリッジをあげようとして、途中ではっと手を止める。
どうやら、その仕草がくせになっているらしい。
珍しくばつが悪い顔をしているクレイユがおかしくて、思わず吹き出すと、不機嫌そうに睨まれた。
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