184 さっさと水着を選びましょう!
「やっぱりハルちゃんはサイコーだな~♪ オレ、ますますハマっちゃいそう……」
「何をぶつぶつ言ってるんですかっ!? さっさと離れてくださいっ!」
ぐいぐいと押すと、意外とあっさり腕が緩んだ。
「そういうところですよっ! デリカシーがないっていうのは! ほんっと、人前で抱きつくとかやめてくださいっ!」
「じゃあ、人前じゃなくて、二人っきりの時ならいいってコトだよねっ♪」
「違いますよっ! そもそも抱きつかないでくださいって言ってるんですっ!」
思いっきり睨みつけても、ヴェリアスのにやけ顔は緩みっぱなしだ。
ついでに頭のネジも緩んでるんじゃないだろうか、コイツ……。
「とにかく! さっさと選びましょう、さっさと!」
そんで、一刻も早くヴェリアスと別れてやる――っ!
「じゃあさ、これはどう?」
ヴェリアスが一着の水着を俺に見せる。
涼しげなアイスブルーの地に、白で細いストライプが入った生地のタンキニだ。ボトムはホットパンツで、キャミソール型のトップスには、胸元に同じ生地で大ぶりのフリルがついている。水着じゃなく、ふつうの服でもありそうなデザインだ。
「いいですね、これ!」
ヴェリアスの言動は腹立たしいが、服のセンスはやっぱり優れていると認めざるをえない。
何より、イゼリア嬢の瞳と同じ、アイスブルーっていうのが気に入った!
「これにします! さっそくお会計を……」
「待って待って! これも一緒に買わなきゃ!」
さっさとヴェリアスと別れるべく、レジに向かおうとすると、あわてた様子のヴェリアスに、もうひとつハンガーを押しつけられた。
「これは……?」
渡されたのは、青色のフード付きの前開きのパーカーだ。
「ラッシュガードだよ。夏は日差しが強いし、ハルちゃんは色白だからね。日焼けして真っ赤になったら困るだろ?」
「へ~っ、こんなのもあるんですね」
男子高校生だった頃は、日焼けなんて気にしたことがなかったから、ラッシュガードなんてものがあることすら、知らなかった。
「いいですね、これ。教えてくださってありがとうございます」
防御力が高くなるのは大歓迎だ。
ヴェリアスにしては珍しくGJだぜ!
微笑んで礼を言うと、「当たり前じゃん……」とヴェリアスがなぜか照れたように視線をそらせた。
「オレ以外のヤツに、ハルちゃんの無防備な肌を見せるワケにはいかないだろ」
「いえっ、ヴェリアス先輩にも見せませんからっ!」
胸の前で水着を抱きしめ、思わずツッコむ。
何だよっ!? その「ヴェリアスには見せてOK」みたいな口ぶりは! そんなわけないだろーが!
「っていうかさ、会計はシノさんに任せて、次に行った方がいいんじゃない?」
「……へ?」
思いもよらぬことを言われ、
次なんかないけど? 水着はちゃんと選んだし、ヴェリアスとはここでお別れだろ?
「そうでございますね。靴にお洋服にパジャマに……。まだまだ買わねばいけないものはたくさんございますから」
気配もなく隣に現れたシノさんが、俺の手からタンキニとラッシュガードを受け取りながら、うんうんと頷く。
はぁっ!? いったい何を言い出すんだよっ!?
「シノさん! どういうことですか!? ヴェリアス先輩と水着を選んだら、例の物をくれるっていう約束だったじゃないですか!」
声をひそめてシノさんを責めると、
「ハルシエル様は、勘違いをなさっているようでございますね」
と、小憎らしいほど悠然と微笑まれた。
「よく思い出してくださいませ。わたくしは「今日のお買い物が終わったら」と申し上げたのです。ハルシエル様はまだ、水着しか選ばれてらっしゃらないではないですか」
なっ、なんだと……っ!?
シノさんとのやりとりを思い返してみる。
そうだ。確かにシノさんは、「今日のお買い物を終えられたら、例の物を」と言っていた。
けど……っ!
「いえっ! もう水着だけで十分ですから! あとは自分の手持ちで――」
「えーっ、ハルちゃんったら、せっかくの旅行なんだから、とっておきの可愛い服で行こうよ~♪ ほら、こっちこっち」
「えっ!? ちょっ、あの……っ」
手を握ったヴェリアスが、戸惑う俺を無視して、ぐんぐん進んでいく。
小柄で力の弱いハルシエルの身体では、逆立ちしてもヴェリアスに敵わない。
「まずは何から行く? やっぱ服からかな~♪ リゾートっぽいサマードレスとか、ちょっと大人びた雰囲気の服とかもいいよね~♪」
上機嫌で鼻歌を歌いながら、ヴェリアスが俺の手を引っ張ってずんずん進んでいく。
「ヴェリアス様。ハルシエル様はふだん、なかなか服を買われないそうですので……。どうぞ、この機会にハルシエル様にお似合いの服や小物を見立ててさしあげてくださいませ」
「もっちろんその気だよ♪ まっかせて~♪」
嫌だ! 任せたくないっ! この手を放せ――っ!
かよわいハルシエルの力でなんとか手を振り払おうとする俺の儚い抵抗など物ともせず、手をつないで歩くヴェリアスはやたらと機嫌がよさそうだ。
さすがに、俺が嫌がっているのを見て喜ぶほど、性格が悪い奴じゃないと思いたい、けど……。
じっ、と黙っていれば整っている顔をうがかっていると、不意にこちらを振り向いたヴェリアスと視線が合った。
紅の瞳が柔らかな光を宿して、嬉しげに俺を見つめる。
「こんな風にハルちゃんと二人きりで手をつないで買い物って……。デートみたいだよねっ♪」
「っ!?」
思わず見惚れそうになる心から嬉しげな笑顔に、ぱくんっ、と心臓が跳ねる。
いやっ、いやいやいやっ! 違うからっ! 絶対にこれ、デートじゃないからっ!
「ち、違いますよっ! デートなんかじゃありませんっ! ヴェリアス先輩とはたまたま会っただけですし!」
「も~っ、ハルちゃんったら、照れちゃって~♪」
「て、照れてなんていませんっ!」
赤くなっているだろう顔を見られたくなくて、ぷいっとそっぽを向くと、くすくすと楽しげな笑い声が耳に届いた。
つないだままの手を振り払おうとしても、あたたかく大きな手のひらは、俺の手をしっかり掴んで放れない。
くっそ――、ヴェリアスめ! 俺をからかって遊びやがって……っ!
これは絶対にデートじゃない! むしろ強制連行だからっ!
イゼリア嬢のビデオをゲットするために、仕方なく一緒に買い物をしてるだけで……っ!
ヴェリアスとデートなんかしてたまるか――っ!
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