180 ほんとにスクール水着で行くつもり?
「やっぱり、スクール水着でいいような気がしてきました……」
そうすれば、少なくともリオンハルトに水着を褒められることはなさそうだし……。いやっ、リオンハルトのことだから、
「スクール水着なのかい? ふだん通りのきみも、いつもと変わらず魅力的だよ」
とか言いそうな気がするけど……っ!
「ハルシエル様!? 本気ですかっ!? 今日は水着だけでなく他にもいろいろとお召し物を買おうと……っ!」
シノさんが悲痛な声を上げて俺を見つめる。
うっ! そ、そんな風に哀しげなまなざしで見つめられたって……っ。
「よろしいのですか? せっかくイゼリア嬢と一緒に遊んだり、写真を撮ったりする機会ですのに……」
うううっ! ひ、卑怯だぞっ、シノさんっ! イゼリア嬢のことを持ち出されたら、固めた決意がぐらんぐらんに揺れちゃうだろ――っ!?
俺は今にも崩れそうになる意志を奮い立たせるように、ぐっと拳を握りしめる。
「ほ、翻意させようとしても無駄ですからねっ! 私はスクール水着――」
「あっれ~? ハルちゃん、水着買いに来たの?」
決意を込めて告げようとした瞬間、不意に後ろから抱き寄せられる。
ふわりと漂うスパイシーなコロンの香り。
「ちょっ!? なんでヴェリアス先輩がここにいるんですかっ!?」
驚いて振り返ろうとした瞬間、なめらかなものが顔にふれる。それがヴェリアスの頬だと気づいた瞬間、ばくりと心臓が轟いた。
「ち、近いっ! 近すぎですっ! 放してくださいっ!」
じたばたともがくが、ヴェリアスの腕は緩まない。それどころか、楽しそうに笑いながら、ますます強く抱きしめてくる。
くすくすとヴェリアスの笑い声が耳を撫でるたび、そこから燃えるような熱が、顔だけでなく全身に広がっていく。
放せっ! 今すぐ放せ――っ!
心臓のばくばくがヴェリアスにまで伝わるんじゃないかと不安になる。
助けを求めてシノさんに視線を向けると、
「後ろからの不意打ちハグ……っ! 素敵です……っ!」
と、両手で口元を押さえ、
「いっそのこと、そのまま頬にキスまで……っ!」
ちょっ!? シノさん!? 鳥肌が立つようなこと想像しないでっ!?
確かにさっきはちょっとヤバかったけど、未遂! 未遂だからっ!
ってゆーかヴェリアス! いい加減に放せ――っ!
渾身の力でどすっ、とヴェリアスの腹に
飛びのくように距離をとり、ヴェリアスのにやけ顔を睨みつける。
「急に現れて何をするんですか!? っていうか、ここ、女性用の水着売り場ですよ!?」
よく、こんなところに堂々と入ってこれるなっ!?
ハルシエルの姿じゃなかったら、女性用の服の売り場なんて、俺は絶対入れねぇ……っ。場違いすぎてダッシュで逃げるぜ!
多分に呆れを含んだ俺の声にも、ヴェリアスのにやけ顔は
「え、なんで? カノジョの水着を一緒に選ぶんだから、何も恥ずかしいコトなんてないじゃん?」
「はい!? 誰が誰の彼女ですかっ、誰がっ! 夏の暑さで本格的に頭が壊れたんですか!?」
にやけた顔で妄言を吐くヴェリアスにドライアイスより冷ややかに応じる。と、ヴェリアスがぷっと吹き出した。
「うっわ、ハルちゃんクール~♪ あっ、もしかして今日も暑いから、オレのことを涼ませようとしてくれてる? やっさし~♪」
「そんなわけがないでしょう!? たとえ今が真冬だとしても、ヴェリアス先輩への対応はまったく変わりません!」
はっきりきっぱり告げると、ヴェリアスがもう一度吹き出した。
「やっぱりハルちゃんは最高だよねっ♪ ふつーの女の子なら、オレにカノジョって言われたら浮かれて喜ぶってのに……」
はぁっ!? 俺が喜ぶワケがないだろっ!? 不気味な想像させんな――っ!
「で、ハルちゃんはどんな水着を買うワケ? 見たところ、荷物も持っていないし……。これから買うんだろ? よかったら、オレが一緒に選んであげよっか?」
「なんでヴェリアス先輩と選ぶ必要があるんですか!? 結構です! それに買わずに帰るところでしたし……」
「え? なんで? あっ、もしかして……っ!?」
不思議そうに首を傾げたヴェリアスが、何かに気づいたように芝居がかった仕草で口元に片手を当てる。
「さっき、ちらっと聞こえたけど、もしかして、本気でスクール水着を着るつもり!?」
「な、なんですか……? 別にスクール水着でも構わないでしょう? れっきとした水着なんですからっ」
責めるようなまなざしに
「いやまあ、浜辺ではちょっと浮きそうだけど、確かにスクール水着もれっきとした水着だけどさ……。まっ、可愛いハルちゃんが切れば、何だって可愛いんだけど♪ シンプルな水着がよりいっそうハルちゃんの素の可愛さを引き立てるよねっ♪」
ぱちんとヴェリアスがウィンクする。
「あ、そういうお世辞はいりませんから」
冷ややかにヴェリアスに応じる。
「えーっ、ひどいな~。お世辞なんかじゃないよ。本心だぜ?」
本心のほうがもっとタチが悪いよっ!
ヴェリアスが唇をとがらせるが、もちろん無視だ。
「でもさ~。ちょっと想像してごらんよ」
表情を改めたヴェリアスが声のトーンを落とす。
「理事長がどこに別荘を買ったのかは知らないけどさ、絶対にプライベートビーチだぜ? 第二王子のリオンハルトもいるし、ほいほいと一般客もいる浜辺でなんか泳げないしさ」
「それは確かにそうでしょうね」
もし海水浴に来た人々であふれる砂浜にイゼリア嬢がご降臨されたら……っ!
イゼリア嬢の可憐さに打たれた人々が浜辺一面に平伏して
イゼリア嬢の素晴らしさを広く知らしめたい気持ちはあるけど、超レアなイゼリア嬢の水着姿を他の野郎になんか見せたくない……っ! 本当は、生徒会の面々にだって見せたくないくらいだ。
もし、神をも恐れぬ
非力なハルシエルの身であろうと、鉄拳制裁を食らわせてやる!
なので、プライベートビーチは俺にとっても望むところだ。
「……で、そんなプライベートビーチで、ハルちゃんだけが地味なスクール水着を見ているのを見たら……。リオンハルトあたりが、どうすると思う?」
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