170 エスコートは誰に頼む?


「では、揃ったようだし、お茶会の会場へ移動しようか」


 うっとりとイゼリア嬢を見つめていた俺は、リオンハルトの言葉に我に返った。


 って、あれ? 姉貴がまだ……。


 と見回すと、いつの間にかイケメンどものそばで、姉貴が恍惚の笑みをたたえて立っていた。


 きらびやかに盛装したイケメンどもを目の前にして、顔が緩みきってやがる……。っていうか、いつの間に!?


 イゼリア嬢のお車の後に、車が入ってきた様子はなかったし……。ってことは、早めに来て、車の中から俺達を観察してやがったなっ!?


「ハルシエル嬢は、お茶会への参加は初めてだからね。エスコートはわたしが……」


「いえいえっ! とんでもないです!」

 寄ってこようとするリオンハルトから、さっと身を引く。


「私なんかがホストであるリオンハルト先輩にエスコートしていただくなんて、申し訳ないですから!」


 っていうかリオンハルト! お前はもう、一度エスコートしただろーがっ!


「じゃあオレが――」

「ディ、ディオス先輩! お願いしてもよろしいですか!?」


 ヴェリアスが名乗りを上げるのを遮って、近くにいたディオスにお願いする。ディオスが驚いたように目を見開いた。


「ああ、もちろん。きみさえよければ、俺に否はないが……。その、いいのか? 鳳仙花の便箋のことは……?」


 やった――っ! ここにもう一人、良識の持ち主がいた――っ!

 さすがディオス! 生徒会の良心! 真っ直ぐな受け止め方が頼もしいぜっ!


「そう言ってくださるディオス先輩だから、お願いするんです! ディオス先輩なら、信頼できますから……。それに、私からふれる分には、問題ありませんよね?」


 ヴェリアスにエスコートされるくらいなら、常識人のディオスのほうが、何倍もマシに決まっている。


 先輩であるディオスに頼めば、クレイユやエキューだって、「代わりに自分が」なんて言い出さないだろう。


 ディオスへ手を差し伸べると、すぐに大きな手が俺の指先を包み込んだ。


「きみにエスコート役に選んでもらえるなんて、嬉しいよ」


 心の底から嬉しそうな柔らかく甘い微笑みに、思わず心臓がぱくりと跳ねる。


 いやあの、消去法で選んだのにそう言われると、どうにも罪悪感がうずくんだが……っ!


 だが今さら、「やっぱりいいです!」と言うわけにもいかない。

 言った瞬間、またヴェリアスが「ディオスがエスコートしないんだったら、オレに決まってるよねっ♪」とか言い出しそうだし。


 イゼリア嬢をエスコートするリオンハルトの後について、ぞろぞろと移動する。


 ああっ! イゼリア嬢は後姿もお美しい……っ!


 すっきりと結い上げたつややかな黒髪に、まぶしいほど白いうなじ! 少し大きめに開いたドレスの背中が、匂い立つような魅力を振りまいていらっしゃいます……っ!


「言うのが遅くなってすまなかったが」


 うっとりとイゼリア嬢の後姿に見惚れながら歩いていた俺は、ディオスの声に我に返った。


 あぶねぇ、あぶねぇ。麗しのイゼリア嬢にうっとりしすぎて、半分以上、夢うつつで歩いてたぜ……。


 ディオスにエスコートされてなかったら、薔薇の茂みに自分から突っ込んでいってたかも……。

 さすがに、とげだらけの薔薇に突っ込むのはご遠慮したい。


「すみません。何でしょうか? 薔薇の美しさに見惚れて、うっとりしてしまっていて……」


 ほんとは見惚れていたのはイゼリア嬢だけどなっ!


 が、そんなことを正直に口に出せるはずもなく、ごまかしながらディオスを振り返ると、こちらを真っ直ぐに見つめる緑の瞳と視線が合った。


 精悍せいかんな面輪に、甘やかな笑みが浮かぶ。


「俺は、薔薇よりもきみに見惚れていたよ。本当に愛らしくて……。見つめているだけで、心臓が壊れそうになる」


 つないだ指先にきゅっと力をこめられ、ディオスの心音がうつったかのように、俺の鼓動まで速くなる。鏡を見なくても、顔が真っ赤になっているだろうとわかる。


 だからっ! 突然、砂糖をぶっこんでくんな――っ!


「ディオス先輩ったら……。お世辞がお上手ですね」


 ばくばく騒ぐ心臓をごまかすように告げると、ディオスが困ったように眉を下げた。まるで、飼い主に叱られた大型犬みたいな表情。


「お世辞なんかじゃない。俺がそういうのが苦手なことは、きみも知っているだろう?」


 熱を宿した切なげな声。


 いやっ、お世辞でいいから! むしろ、そっちのほうが望むところだからっ!


 だからそんな、「信じてもらえなくて哀しい」って、無言で訴えかけてくるような目はやめろっ!


 なんて返したらいいか、反応に困るだろ――っ!

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