108 イゼリア嬢とおそろいという点だけを考えろ!


 姉貴の突然の提案に、リオンハルト達がぽかんとした表情をする。いち早く反応したのはエキューだ。


「素敵ですね! 僕は賛成です!」


 輝くような笑顔でエキューが答えると、ディオスがちらりと俺を見てから頷いた。


「そうですね。生徒会役員でおそろいのペン……。ハルシエルが反対しないのなら、俺もいいと思います」


 ディオスの言葉に、姉貴がにこやかな笑顔を俺に向ける。


「ハルシエル嬢が気にしている点は、自分だけが特別扱いされていることだろう? なら、生徒会全員に送れば何も問題はないね? ああ、代金のことは気にしなくていい。きみ達には体育祭で素晴らしい活躍を見せてもらったからね。そのお礼に、わたしが全員分の代金を払おうじゃないか」


 穏やかに語りかけながらも、俺を見つめる姉貴の目からは、「ハ~ル~っ! ここで断ったら承知しないわよっ! わかってるでしょうねっ!?」と言わんばかりの圧が発せられている。


 ひいぃぃぃっ! こえーよっ! にこやかな分、逆にこえぇっ!


 だが、どんなに怖くとも、一つだけ姉貴に確認しておかなきゃいけない重要なことがある。


「理事長! ということは、今ここにいらっしゃらないイゼリア嬢にも、もちろん贈られるということですよねっ!?」


「ああ、もちろん」

 俺の質問など想定内だと言わんばかりに、悠然と姉貴が頷く。


 くうぅぅっ! 姉貴めっ、絶妙なポイントを突いてきやがって……っ!

 イケメンどもとおそろいのペンなんざいらねぇが、それが同時に、イゼリア嬢とおそろいのペン……っ!


 これはもう、頷くしかないだろっ!?


「わ、わかりました……。理事長がそうおっしゃるのでしたら、お言葉に甘えさせていただきます……」


 俺がこくんと頷くと、

「じゃあ決まりだね」

 と姉貴が嬉しげに頷く。


「せっかくの機会だから、わたしも皆と同じデザインでペンをオーダーしようかね」


 さもついでと言った様子で姉貴が言うが……。


 嘘つけっ! 最初からそれを狙ってやがっただろっ!? この腹黒腐大魔王めぇ~っ!


「では、さっそく……」

 うきうきと言う姉貴に、あわてて待ったをかける。


「待ってください! 今のままではイゼリア嬢だけが仲間外れになってしまいます! それはよくありません!」


「確かに、ハルシエル嬢の言うとおりだね。イゼリア嬢をけ者のようにしては気の毒だ」

 リオンハルトが頷く。


 なっ!? そうだろ!? というわけで、イゼリア嬢も呼んでくれ! それで俺にイゼリア嬢の私服姿を見せてくれ――っ!


 と、店長が穏やかな口調で提案する。


「では、よろしければ、本日は皆様のご希望をうかがい、後日、デザイン案をまとめて学園へ出向かせていただき、細かな仕様を詰めさせていただくというのはいかがでしょう?」


 俺達を見回した店長が上品に微笑む。


「皆様それぞれでお好みも異なることでしょう。こちらといたしましても、皆様にご満足いただけるペンを作らなければ、店の沽券こけんに関わりますから」


 きっぱりと告げた表情には、老舗の矜持きょうじがうかがえる。


「オレは書き味さえよければ、デザインにはこだわらないけどね~♪」

「俺は少し重みがあるほうが、手になじんで好みだが……」


 ヴェリアスが言い、ディオスが自分の希望を口にする。


「しかし、重すぎるとハルシエル嬢とイゼリア嬢には負担ではないか?」

 リオンハルトの指摘に、ディオスが動揺した表情になる。


「確かにそうだな。ハルシエルとイゼリア嬢に合わせて作るのが一番いいだろう」


「そうですね。ハルシエルちゃんとイゼリア嬢は書記ですし、二人が一番よく使うでしょうから、二人の好みに合わせるのがいいんじゃないでしょうか?」


 エキューも笑顔で同意し、クレイユが、

「わたしもそれでかまいません」

 と淡々と答える。


 全員の視線が俺に集中し。


「え、えっと……。私はペンをオーダーした経験もありませんし、まずはイゼリア嬢にご相談していろいろと教えていただこうと思うんですけれど……」


 うんっ、これならイゼリア嬢とおしゃべりする大義名分ができるからなっ! 我ながらナイスアイデア!


「だめ、でしょうか?」


 リオンハルト達を見回しながら小首をかしげると、全員がそろって首を横に振った。


「いや、イゼリア嬢に相談するのはよい考えだと思うよ」

 リオンハルトが穏やかに微笑む。次いで口を開いたのは店長だ。


「わたくしでよろしければ、いくらでもご相談をお受けしますので。申し遅れました。わたくし、『クレエ・アティーユ』の店長、ローデンスと申します。職人として、商品の制作にも携わっておりますので、疑問に思われる点がございましたら何なりとお尋ねください」


 俺に合わせて立ち上がった店長が、す、と洗練された所作で名刺を差し出す。


 ひぇっ! 名刺を渡されるなんて、前世でも今世でも初めてなんですけどっ!? 受け取り方にもなんかマナーがあるんだっけ?


 とりあえず、両手でおしいただいてから、丁寧に頭を下げる。


「ハルシエル・オルレーヌと申します。あの……。本当に何も知らないので、いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」


「どうぞお気になさらず。そうかしこまらないでください。お可愛らしいお嬢様に頼られるのは、わたくしも嬉しゅうございますから」


 店長――ローデンスさんが茶目っ気を見せつつ、穏やかに答える。


 ああ、いいなあ……。ちゃんと中身も外見も落ち着きのある上品な老紳士って!


 身近にいるのが外見だけイケメン紳士、中身は腐りきった大悪魔な姉貴だからか、本物の紳士を見ていると、なんだかすごく安心する……っ!


「ありがとうございます」

 俺はぺこりともう一度頭を下げる。


 そうだ、考えを変えろ俺! イケメンどもとおそろいだなんて考えちゃダメだ! イゼリア嬢とおそろいってトコだけに注目するんだ! そうすればタダで願いが叶うも同然じゃん!


 しかも、イゼリア嬢と二人で、どんなデザインがいいか考えられるなんて……っ! 今から楽しみで仕方がない。


 よーし! 週明けの期末テストの後に、イゼリア嬢とのご褒美が待ってるとなると、がぜんやる気が湧いてきたぜっ!


 待っててください、イゼリア嬢! 二人でおそろいの素敵なデザインを考えましょうねっ!

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