102 運命のお導きだと思わない?
「ひゃっ!?」
ふわりと漂うスパイシーなコロンの香り。
「ヴェリアス! お前……っ!」
目を吊り上げたディオスが、俺の首元に巻きついたヴェリアスの腕を力任せに振りほどく。
かと思うと、ヴェリアスから庇うように、ぎゅっと抱きしめられた。夏服に包まれた胸板が顔に押しつけられ、爽やかなコロンの香りが鼻をくすぐる。
「あ、あの……っ」
不意を突かれて、ディオスのなすがままだった俺は、我に返った途端、ディオスの胸を押し返して逃げようと試みる。
ヴェリアスの腕をほどいてくれたのはありがたかったけど!
でも、だからと言ってディオスに抱きしめられたら意味がないだろ――っ!
早く解放してくれと、ぐいぐいと押し返すが、ディオスの腕はまったく緩まない。
「いや~っ、子犬を守る母犬みたいだねっ♪」
ヴェリアスがからかい混じりの声を上げるが……。これ、どう考えてもお前が余計なことをしたせいだからなっ!? 何とかしろっ!
「ディオス~。そんなに強く抱きしめたら、ハルちゃんが痛がるんじゃない?」
ヴェリアスがにやにやと告げた途端、ディオスが弾かれたようにぱっ、と腕をほどく。
「すまんっ! 痛かったかっ!?」
「い、いえ……」
おろおろと気の毒に思えるほど
「大丈夫ですよ、痛くもなんともありません」
答えつつ、さりげなくディオスから離れようとすると、いつの間にかベンチの後ろから前へと回り込んでいたヴェリアスが、俺の隣に腰かけていた。
「おいで~、ハルちゃん♪ 抱きしめられるんなら、オレのほうがいいよね~?」
「何をふざけたことを言ってるんですか!? どちらもお断りしますっ! というか、隣に座らないでくれます?」
ベンチは三人が余裕で座れるだけの大きさがあるが……。
二人とも近いっての! なんでイケメンどもに両脇を固められなきゃいけないんだよっ!?
「ハルちゃんってばヒドくない? このベンチは学園の共用物なんだから、オレが座るのも自由でしょ?」
腹立たしい正論を吐いたヴェリアスを、いつも穏やかなディオスが珍しく険しい視線で睨みつける。
「お前に合わせて詩集を読んでいるとは、どういうことだ?」
が、ヴェリアスの小憎らしいほど余裕に満ちた表情は変わらない。
「え~。言葉のまんまの意味だけど? 昨日、ハルちゃんが自分からオレのところへ詩集を借りに来てくれたんだよね~♪」
「っ」
ヴェリアスの言葉に、ディオスが表情を固くして奥歯を噛みしめる。
俺もディオスに負けじとヴェリアスを睨みつけた。
「事実と異なることを言わないでくださいっ! 私が昨日、図書館に行ったのは、詩集を借りるためであって、断じてヴェリアス先輩に会いに行くためじゃありませんっ! というか、先輩がいるとわかっていたら、別の日にしてましたっ!」
俺の抗議にヴェリアスがぷっと吹き出す。
「ほんっと、ハルちゃんってば容赦ないな~。でもさ」
ヴェリアスが俺の顔を覗き込んで、唇を吊り上げる。
「そうと知らずにオレのところへ、オレが読んでる詩集を借りに来るなんてさ♪ 運命のお導きだと思わない?」
思わず見惚れそうになる
俺が否定するより早く、荒々しい声を上げたのはディオスだった。
「単なる偶然だろう! それを、さも意味があるように言うな! そもそも、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』は有名なんだから、たまたま同じ詩集を読む確率だって高いだろう!?」
「えっ!? そんなに有名なんですか、この詩集?」
驚いて尋ねると、ヴェリアスが目をぱちくりさせた。
「あ、そっか。ハルちゃんは高等部からの外部入学生だから知らないんだっけ? 詩集の作者であるロマイエル男爵って、学園の卒業生なんだよ。かーなーり昔だけどね。だから、この学園の生徒なら、詩集を知っている率も高いと思うよ?」
「そうなんですか……。クレイユ君には、恋愛詩集なんてくだらない、って馬鹿にされたんですけれど……」
まさか、そんなに有名な詩集だとは知らなかった。
呟くと、ヴェリアスが「ぶぷーっ」と噴き出す。
「あっはっは! クレイユらしいや! きっと、ものっすごいしかめっ面で言われたんだろ?」
「ええ、まあ……」
見てきたように言うヴェリアスに頷くと、ディオスがしょうがないとばかりに嘆息する。
「あいつは、融通が利かなさすぎるところがあるからなぁ……」
「で? で? ハルちゃんはクレイユに何て答えたの?」
ヴェリアスが野次馬根性丸出しで聞いてくる。
「い、いいじゃないですかっ。私がクレイユ君に何て言い返してようと、ヴェリアス先輩には関係ないでしょう!?」
いくらイゼリア嬢が絡んでいたとはいえ、クレイユに半泣きの顔を見せてしまったかと思うと、気恥ずかしい。
ぷいっと顔をそむけたが、ヴェリアスはなおも追及してくる。
「ハルちゃんってば、クレイユ相手に言い返したんだ? やるな~♪ でも、顔が赤くなってるよ? クレイユと何かあったんじゃないの~?」
「何かなんて、あるワケありませんっ!」
俺としては、クレイユとは間違ってもフラグが立たなさそうなのはよかったけど。
さすがに、あんな言い合いをしたら、フラグなんて立ちようがないだろ。頼むから。クレイユには今のまま、エキューと仲良しこよしで姉貴の癒しになっておいてほしいっ!
「そう? オレはハルちゃんなら、もしかしたらクレイユの堅物っぷりを変えられるかもって思ってるんだけどなぁ~」
ヴェリアスがどこか遠くを見るようなまなざしで告げる。
はぁっ!? 何だよそれ!? 俺はクレイユを変える気なんて、これっぽっちもないっての!
クレイユは俺に敵対心を抱いたまま、エキューと仲良くしてたらいいんだよ!
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