81 わたしがきみにかまうのは、駄目なのかい?


「……そんなに警戒もあらわにされると、傷ついてしまうな」


 リオンハルトが端麗な面輪を哀しげにしかめて告げる。


 が、そんなのにほだされるかっ!

 睨みつけたままでいると、不意にリオンハルトが甘やかに微笑んだ。


「そんなきみも、毛を逆立てた猫のようで愛らしいけれど」


「っ!?」

 息が詰まる。


 だーかーらーっ! 不意打ちの砂糖爆弾はやめろっ!


 真っ赤になった顔を見られたくなくて、ぷいっと顔を背け、窓の外を見て、気づく。


「もう駅を過ぎているじゃないですかっ!」


 地面をすべるように走る高級車は、とっくに学園前駅を過ぎていた。

 振り返り、非難をこめた視線を送ると、リオンハルトはわけがわからないと言いたげに首をかしげた。


「送らせてくれると約束しただろう?」

「駅までじゃないんですか!?」


 答えると、リオンハルトがとんでもないとばかりに首を横に振った。


「それでは、結局、駅から家まで歩くことになるだろう?」

「そうですけれど……」


 前に、一度リオンハルトと帰り道に出くわした時は、駅までだったので、なんとなく今回も駅までだと思い込んでいた。


 くそーっ、駅までならほんの少しの時間で終わると思ってたのに……! まだまだこの無差別砂糖爆撃機と二人きりで車に乗ってなきゃいけないのかよっ!?


「きみが望むなら電車で送らせてもらってもかまわないが……」

 リオンハルトが、俺を見やって片目をつむる。


「移動の間、おとなしく横抱きさせてくれるならね」


「お断りしますっ!」

 速攻で回答する。


 お前……! とんでもないこと言うな――っ!

 第二王子に電車で送らせた上にお姫様抱っこさせるって……。俺を社会的に殺す気かっ!?


 恐ろしい申し出におののきながらぶんぶん首を横に振っていると、リオンハルトが珍しく、くすりと悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「冗談だよ」

「っ! ひどいです!」


 思わず睨みつけると、リオンハルトが楽しげに喉を鳴らした。


「すまない。きみの反応が可愛らしいものだから、つい」


 口では謝罪の言葉を紡いでいるものの、リオンハルトの端麗な面輪に浮かんでいるのは柔らかな笑みだ。


「きみをからかうヴェリアスが、いつもあまりに楽しそうだから、ついわたしも真似をしたくなってしまった」


「そんなの真似しないでくださいっ! お願いですからリオンハルト先輩まで、ヴェリアス先輩に毒されないでくださいね!?」


 うざいのはもうヴェリアスだけで十二分だから! 頼むから、リオンハルトまで朱に染まるなよ!?


 ただでさえ高火力砂糖爆弾なのに、これ以上、威力が上がったらどうなるのか。恐ろしさしか感じない。

 懇願をこめてリオンハルトを見上げると、リオンハルトが小首をかしげた。陽光をり合わせたような金の髪がさらりと揺れる。


「わたしがヴェリアスのようにきみにかまうのは、駄目なのかい?」


「誤解のないように言っておきますが、そもそも、かまわれたいわけじゃありませんっ! なのに、ヴェリアス先輩が勝手にかまってくるんです!」


 俺はっ、俺は地味に端っこで、ひたすらイゼリア嬢を愛でたいだけなんだよ──っ!

 イケメンどもに絡まれたいなんて、一ミリグラムも思ってねえっ!


 憤然と告げると、驚いたようにまたたきしたリオンハルトが、くすくすと喉を震わせた。


「それほど邪険にされるなんて、ヴェリアスも形無しだね」


 楽しんでいるような、同時に困っているかのような複雑な表情で告げたリオンハルトが、ふと俺を見つめる。


 どこか熱のこもったまなざし。

 甘い声が、低く呟く。


「ということは、わたしにもまだ目があるということかな?」

「?」


 小首をかしげた俺に、リオンハルトは笑みを深めただけで答えない。代わりに、碧い瞳が気遣わしげにすがめられた。


「怪我もだが……。ハードル走は残念だったね。かなり練習していたのだろう?」


「はい……」


 自分の焦りのせいで一位を獲れなかったことは、思い出すとまだ胸がつきんと痛む。


「でも、自分のミスですから、仕方がないです。それに、エキュー君やディオス先輩に悲しい気持ちを吐き出してすっきりしましたから! もう大丈夫です!」


 笑顔で答えると、リオンハルトが安堵したように息をついた。


「本当は、わたしもすぐに保健室に駆けつけたかったのだが、叶わなくてね。心配していたんだが……」


 よかった、と穏やかに呟くリオンハルトの表情は柔らかい。

「ディオス達が向かっていたので、大丈夫だろうとは思っていたんだが」


「ディオス先輩達には、情けないところを見せちゃいましたけれど……」


 人前で泣いたのなんていつぶりだろう。

 大泣きしてしまったことを思い出すと、顔が熱くなってくる。


「情けないところ?」


 リオンハルトが首をかしげる。が、リオンハルトにまで事情を説明する気なんて、さらさらない。

 なんで自分から恥を暴露しなきゃいけないんだよ!


「なんでもないですっ。ほら、全校生徒の前で思いっきり、すっ転んでしまったので……」


 笑ってごまかし、あわてて話題を変える。


「そういえば、閉会式のリオンハルト先輩のご様子はご立派でしたね! 花組の勝利だったのに、笑顔で拍手を送ってくださって……。器が大きくて気品がおありだなあって感心したんですよ」


 愛想笑いを浮かべてリオンハルトをたたえると、予想外のことを言われたとばかりに、碧い瞳が瞬かれた。


「星組も花組も、どちらも勝利のために力を尽くしたのだから、健闘をたたえるのは当たり前だろう?」


 ごくごく自然に答えたリオンハルトに、人格の高潔さを感じる。さすが、第二王子様だ。


 身分も能力も外見も、三拍子そろったリオンハルトは、きっと他人をうらんだり、ねたんだりすることなんかないんだろうなぁ……。

 ハルシエルとして、望まぬ姿に転生し、イケメンどもから逃げ回る毎日を送る俺とは雲泥の差だ。


 と、不意にリオンハルトが形良い眉を寄せ、苦悶の表情を浮かべる。


「だが……。お願いだから、褒めないでほしい。きみに感心してもらえるような、立派な人物ではないんだ、わたしは」


 話す声はいつもの甘さが嘘のように、苦く、重い。


 俺は、思いもよらぬリオンハルトの姿を目にして、うろたえた。

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