76 MVPを狙うのに、先輩も後輩も関係ありませんから

 ヴェリアスの紅の瞳には、からかうような悪戯いたずらっぽい光が踊っている。


 うわー。他人事ひとごとながら、このにやけ顔、なんか妙に腹立たしい……っ。

 俺だってMVPを狙ってるんだし、別にエキューが狙ったっていいだろっ!


 イゼリア嬢をデートに誘いたいわけじゃないなら、俺が口出しする問題じゃないし。それは、たとえ先輩といえど、ヴェリアスだって同じはずだ。


 ヴェリアスの次の言葉次第では間に割って入ろうと考えていると、エキューがあっさり頷いた。


「そうですよ。僕もMVPを狙ってます。MVPを狙うのに、先輩も後輩も関係ありませんから」


 きっぱりと答えた表情は凛々しいことこの上ない。


 エキューって、愛らしい容貌とは裏腹に、実は性格はかなり男らしいよなぁ。

 ふだんは無邪気な笑顔の陰に隠れているけど、こういうところは素直に格好いいと思う。


 っていうか……。「先輩も後輩も関係ない」っていうことは、エキューがデートに誘いたいのは、もしかして上級生……?


 確かに、上級生のお姉様方のエキュー人気は絶大だもんな! 可愛いエキューと大人っぽいお姉様という組み合わせは絵面的にもお似合いだろう。


 きっぱりと宣言したエキューの気迫に、ディオスとヴェリアスがなぜか黙り込む。


「そう、か……」

 妙にしみじみと頷いたのはディオスだ。


「お前がそのつもりなら、俺も正々堂々受けて立とう」

 ディオスが骨ばった大きな手をエキューに差し出す。


「はいっ! 僕だって負けません!」

 エキューがその手をぎゅっと握り返す。


 熱いまなざしで見つめ合う二人の姿は、スポーツ青春物の一コマのようだ。二人とも爽やかな美形なので、ほんとに絵になる。


 っていうか、ディオスもMVPを狙ってるのか。女子は苦手って言ってたのに……。


 ん? ということは誘いたいのは男子……って、いやいやいやっ! さすがに姉貴に毒され過ぎだろっ、その思考はっ!


 とりあえず、姉貴がディオスとエキューが手を取り合っている姿を見たら、狂喜乱舞するのは間違いないな、うん。


「え〜っ、二人だけで盛り上がらないでよ。オレだってモチロン狙ってるんだからさ♪」


 ディオスとエキューがいい雰囲気のところに割り込んだのは唇をとがらせたヴェリアスだ。


 ディオスとエキューが、そろってヴェリアスのにやけ顔を睨みつけた。


「お前は宣言の前に、まず卑怯ひきょうな手を使わないと誓え!」


 ディオスが低い声を出す。

「もし、次にやってみろ。俺が殴り飛ばすぞ!」


 凛々しい面輪を引き締めたディオスは本気の目をしている。


「その時は、僕も殴らせてもらいます!」

 エキューも愛らしい容貌をせいいっぱい険しくする。


「え〜、しないしない♪ 信用してよ♪」


 答えるヴェリアスの声はどこまでも軽くて、正直、まったく信用できる気がしない。


「俺の名前に誓ったっていいからさ♪」


 ヴェリアスがおどけるように片目をつむる。

 ディオスとエキューが小さく息を飲んだ気配がした。


「……そこまで言うなら、信じよう」


 しばしの沈黙の後、ディオスが重々しく頷く。


「じゃ、誰が勝っても恨みっこなしってコトで♪」


 ヴェリアスが、ディオスとエキューの手に、自分の手を重ねる。

 傍目はために見れば、花組の三人が気合いを入れているように見えるだろうけど……。


「というか、いい加減、戻らないとまずいですよね?」


 いつまでも役員がここに集まっていていいとは思えない。


 俺の言葉にディオス達が顔を見合わせた。

 なぜか、三人の顔に緊張が走る。


「ああ、だが歩きにくいだろう。手を……」

「次は俺がお姫様抱っこしてあげよっか♪」

「肩を貸すなら身長が近い僕のほうがいいと思います!」


「いえいえいえっ! 大した怪我じゃないですし、一人で大丈夫ですからっ!」


 口々に言い、手を差し出してくる三人に、俺はぶんぶんとかぶりを振る。


 特にヴェリアス! お姫様抱っこなんて断固として嫌だっ!


「ほんと大丈夫ですから、先輩方は先に戻っておいてください! その……。泣いたままの顔で戻りたくないですし、私はちょっと顔を洗ってから行きますから……」


 なっ! だからお前らはさっさと戻れっ!


 恥ずかしそうに首をかしげて頼むと、ディオスがううむ、とうなった。


「そう、か……。なら、先に戻っているが、もし怪我が痛かったら、もう少し休んでいてもいいんだぞ?」


「ほんとに付き添いはいらない?」

 心配そうに尋ねるエキューに、大丈夫、と大きく頷く。


「なので、先輩達は早く戻っていてください!」


 きっぱりと告げると、三人がのろのろと動き出す。

 三人が保健室を出たところで、俺は思わず大きく吐息した。


 心配してくれるのはありがたいけど、三人とも過保護すぎるだろ……。


 女の子扱いされても、正直なところ、居心地が悪くて背中がむずむずとする。

 まあ、中身は男だなんて口が裂けても言えないけど……。


 ともあれ、もう俺が出る競技はないとはいえ、花組の応援をしないわけにはいかない。


 立ち上がろうとすると、傷がじんじんと痛む。


「いてて……」

 転んだのなんて、何年ぶりだろう。


「やっぱり、悔しいなぁ……」


 終わった結果はどう頑張っても覆せない。

 それはわかっているけれど、それと悔しく思うのは別物だ。


 けれど同時に、やりきったという充実感も確かにある。


 こんなに心がすっきりしているのは、思いきり泣かせてくれたエキューとディオスのおかげだろう。


(人前で泣いたのは恥ずかしいけど……。でも、二人には感謝だな)


 恥ずかしいので口に出して礼を言う気はないが。

 俺は、心の中で二人に礼を言った。

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