75 MVPより、手当の方が大事だったんだから
「いや〜、ハルちゃんってば泣き顔も可愛いね♪ 胸を貸してほしかったら、いつでも言ってよ♪」
「変なこと言わないでくださいっ! ヴェリアス先輩の胸なんて絶対、借りたりしませんっ!」
応援合戦の時のことを思い出し、一気に警戒心が高まる。
ほんとにコイツは……っ! 珍しく黙ってると思ってたら、口を開いた瞬間、ロクでもないこと言いやがって……っ!
俺がキャスター付きの椅子ごと身を引くと、ディオスとエキューの顔にも警戒が浮かんだ。
が、ヴェリアスの
「ハルちゃんの泣き顔だったらいつまで見てても飽きなさそうだからね♪ 好きなだけ泣いてくれていいよ?」
「もう泣きやみました! 絆創膏も貼ってもらいましたし、もう大丈夫ですからっ! そもそも、花組の生徒会メンバーが不在なのはマズイんじゃないんですか?」
心配してくれたのはありがたいが、まだ体育祭は終わっていない。
競技だってまだ──、
「あ――っ!」
突然、俺が上げた大声に、ディオス達がびくりと反応する。
構わず俺はエキューを振り返った。
「エキュー君、長距離走に出ないといけないんじゃ……っ!?」
エキューはハードル走の次の長距離走に代打で出ると言っていたはずだ。
「いいんだよ、僕の長距離走は。だって、ハルシエルちゃんの怪我を治療するほうが大事でしょ?」
俺の言葉にエキューがあっさり答える。
けど、はいそうですかと頷けるわけがない。
「いいわけなんかないわっ! もしかしたら、今からだって間に合うかも……っ」
「残念だが」
申し訳なさそうな表情で、きっぱりとかぶりを振ったのはディオスだ。ヴェリアスが軽い口調で後を継ぐ。
「そうそう。エキュー、気持ちはわかるけどせめて一言くらい声をかけて行きなよ? 急に棄権するから、代打の代打を探すの、大変だったんだぜ?」
「すみません。お手数をかけてしまって」
エキューが素直に二人に詫びる。
ディオスとヴェリアスが遅れて来たのは、エキューが抜けた穴を埋める選手を探していたかららしい。
進行にさほど混乱が起きなかったらしいのはよかったけど、でも……。
俺は隣に立つエキューの右手を、両手でぎゅっと握った。
驚いた顔でこちらを振り返ったエキューに、深く深く、頭を下げる。
「ごめんなさい! 謝って済む問題じゃないのはわかってるけど、でも、本当にごめんなさい……っ! エキュー君、MVPを狙ってるって言ってたのに……っ!」
俺のせいで、エキューが得点を得るチャンスを潰してしまった。
申し訳なさに
エキューの手を両手で握りしめたまま、罪悪感に顔を上げられないでいると。
ぽふぽふと優しく、頭を撫でられた。
「本当にいいんだよ。気にしないで」
凛とした声につられるように顔を上げると、エキューの明るい緑の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「女の子が怪我してるのに放っておくなんて、男の風上にも置けないよ。そりゃあ、MVPを獲りたくないって言ったら嘘になるけど、僕は自分のMVPより、ハルシエルちゃんの手当てのほうが大事だったんだから」
「エキュー君……っ」
感動のあまり、声が震える。
なんて……、なんていいやつなんだっ!
エキューの男らしさにほれぼれすると同時に、申し訳なくなる。
すまん、エキュー……。女の子扱いしてもらってるっていうのに、実は中身が男で……。ほんと申し訳ないっ!
「ありがとう……っ!」
感謝と申し訳なさが入り混じった気持ちのまま、それでも何か言わずにはおれなくて礼を言うと、エキューがにこりと微笑んだ。
「だから、気にしないでね。僕が好きでやったことなんだから」
エキューの邪気のないがまぶし過ぎるっ! マジで天使の羽根と輪っかが見えそうだ……っ!
「そんなに気にしなくていいよ、ハルちゃん♪ MVPだけで言ったら、むしろ高得点だろうからさ♪」
口を挟んだのはエキューと違って邪気満載のヴェリアスだ。
「エキューがハルちゃんをお姫様抱っこして、
確かに、なんか大声が聞こえるとは思ったけど……。応援席がそんなことになっているなんて、動揺していた俺は、ちっとも気づかなかった。
エキューがMVPを決める投票で不利にならないのなら、よかった……。俺のせいで迷惑をかけるなんて、申し訳なさすぎるもんな。
と、ヴェリアスが、やたらとにやにや笑いながらエキューに視線を向ける。
「ヘぇ〜。というコトは、エキューも、MVPを狙ってるんだ?」
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