35 踊るなら、相手はきみがいい


「その……」

 ディオスが恵まれた体躯に似合わぬ自信なさげな様子で、呟く。


「俺はこの通り、図体ばかりでかいし、リオンハルトやヴェリアスのようにスマートに女子と接せるわけでもないし……」


 いやいやいやっ! リオンハルトはともかく、ヴェリアスは絶対違うからっ!

 あれはセクハラとかそーゆーレベルだからっ! お願いだからヴェリアスを手本になんて考えるなよっ!?


「そんなこと!」

 俺は反射的に声を出す。


「ディオス先輩はいつも紳士的で素敵ですっ! 私なんかにも丁寧に指導してくださって……。憧れの先輩です!」


 俺の言葉に、ディオスが虚を突かれたように目をまたたく。

 しかし、すぐに視線が伏せられた。


「だが、心配なんだ……。女子はあまりに華奢きゃしゃだから……。力加減を誤って、相手に痛い思いをさせたらどうしようかと……」


「その気持ちはわからなくはないですけれど……」


 俺だって、転生したばかりの頃はハルシエルのあれこれに驚いたものだ。


 折れそうに華奢な手足。ふわふわとした長い髪。非力で小さな手のひらは、まるで玩具おもちゃか何かのようで。

 自分の身体なのに、男子高校生の骨ばった身体とは作りが違いすぎて、無理をしたら壊れるんじゃないかと不安だった。


 けれど。


「私は、壊れたりなんかしませんよ」


 俺は手を伸ばすとディオスの左手を両手でぎゅっと握りしめる。

 おびえたようにディオスの広い肩が揺れた。


「大丈夫です。ディオス先輩の手は大きくて力強いですけど……。いつも優しくて、頼もしいです。だから、ディオス先輩がふれたって、私は痛くもなければ、壊れたりもしません」


 ほら、とディオスの左手を握りしめた両手に力を込めると、ディオスもおずおずと握り返してきた。


 おっかなびっくり確かめるような、遠慮がちで不器用な指先。


「私、こう見えてもけっこう丈夫なんですから。他の女の子はともかく、私に遠慮はいりませんよ?」


 少なくとも、男だった俺がディオスを怖がるなんてありえない。他の女子だって、ディオスに向ける熱い視線を見る限り、怖いだなんて、欠片も思ってないに違いない。


 「ね?」とディオスの顔を覗きこんでにっこり微笑む。

 ディオスの凛々りりしい面輪おもわに薄く朱が散り、緑の瞳が惑うように揺れた。


「もしかして、マリアンヌ祭の時、私の相手役がヴェリアス先輩だったのも、何かあったらと心配したからなんですか?」


 小首をかしげて問うと、ディオスが「ああ……」と頷いた。


「だが」


 俺の両手を握り返すディオスの指先に力がこもる。

 痛くはない。包むような優しさ。


「すぐに後悔した。譲るんじゃなかったと」


「ディオス先輩もダンスがお好きなんですか?」


 だとしたら、遠慮して誘えないなんて残念極まりないだろう。俺だったら、イゼリア嬢と踊れる機会があるなら、たとえ睨まれたって踊りたい!


 だが、そこで相手のことを思いやって遠慮するところがディオスの美点なのだろう。

 ヴェリアスは十分の一でいいから、ディオスのこの気遣いを見習ってほしい!


「私もディオス先輩と踊りたかったです」


 そうすれば、舞台の上で予定外の動きをされて、肝を冷やすこともなかったのに。まあ、睨まれたとはいえ、間近でイゼリア嬢を見られたのはよかったけどさ……。


「次はディオス先輩が相手役をしてくださいね。あ、でも身長差を考えると、イゼリア嬢が相手の方が……」


「いや」

 思いがけず強い声が俺の言葉を遮る。


「踊るなら、相手はきみがいい」


 熱のこもった視線が俺を見つめる。


「先輩がそうおっしゃるのなら、私は全然……。そういえば」

 ふと、思いついて尋ねる。


「先輩はこんなに気遣いができるのに、そんな風に思ってたなんて……。何か、きっかけでもあったんですか?」


 問うた瞬間、ディオスの緑の瞳が切なげに細まった。

 そっ、と伸ばされた指先が、俺の頬にふれる。壊れそうな宝物にふれるような、繊細な指先。


「ああ……。昔……」


 ディオスの大きな手が、俺の頬を包み込む。

 どこか懐かしむような、熱のこもった切なげなまなざし。


 ……ん? なんかこの雰囲気……。マズくない?

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