31 可愛い後輩が嫌がるコトをするわけないだろ?


「ふぅーん」


 ヴェリアスが紅い瞳をすがめる。ディオスとエキューも沈黙したまま、何も言わない。


「まっ、ともかく! オレとしては、応援合戦はやっぱりハルちゃんをメインに据えたいんだけどね♪」


 生徒会室の扉を開けながらヴェリアスが告げる。


「オレとディオスはもちろん顔を知られてるし、エキューだって、中等部ではオレ達と一緒に生徒会に入ってたから、知らないヤツはまあいない。去年はクレイユを支えて、中等部の副会長をしてたしね」


 ぱちり、と片目をつむったヴェリアスに応えて、エキューが照れたように頷く。


「対してハルちゃんは外部入学生だし、あまり顔を知られてないだろ? 名前だけはやたらと広まってるみたいだケド♪」


「ええっ!? そうなんですか!?」

 驚いた声を上げた俺に、ヴェリアスが吹き出す。


「当ったり前じゃん! 外部入学生なのに、テストではクレイユと同点一位に輝いて、『春の乙女』コンテストでは、イゼリア嬢を制して一位を取ったんだよ。この学園の生徒でハルシエル・オルレーヌの名前を知らない生徒はいないと思うね♪ 今や時の人だよ、ハルちゃん♪」


「えぇぇ~……」

 思わずげんなりした声が出る。


 テストはともかく、『春の乙女』コンテストは、百パーセントリオンハルトのせいじゃねーかっ!


 モブで堅実な人生を歩もうと思っていた俺の計画が、もう取り返しがつかないほど破綻してる……。


 でも、だからか。最近、廊下を歩いていると妙に視線を感じる気がしていたのは。どうやら、俺の自意識過剰というわけじゃなかったらしい。


「ただ、ハルちゃんの名前は知っていても、全員が顔を知ってるわけじゃないからね。体育祭の応援合戦をハルちゃんのお披露目ひろめの機会にしたいな~って、オレとしては思うんだけど♪」


「ええっ!? お披露目なんていりませんっ! 私、地味で目立たないままがいいです!」


 ヴェリアスの提案に、俺はぶんぶんと首を横に振って遠慮する。


 ほんと余計なお世話だから! 俺が生徒会に入ったのは、顔を売るためじゃなくて、イゼリア嬢と仲良くなるためだけだから!

 目立ったりなんて、したくないっ!


「えー? でも、生徒会役員なら、生徒のみんなに顔を覚えてもらうのも大事なことだろ?」


「確かにな」

「そうですよね」

 ディオスとエキューも同意する。


 いやっ、同意しなくていいから! 俺なんか裏方で十分だから!


「それに、やっぱり女の子がメインのほうが華やかだしね~♪」


 にやりと笑ったヴェリアスが、悪戯いたずらっぽいまなざしでエキューを見やる。


「これで、エキューが女装してくれたら二組のペアでダンスが――」

「嫌です!」


 ヴェリアスの言葉を断ち切って、エキューが鋭い声できっぱりと告げる。


「前にも言いましたけど、絶対にっ、嫌です!」


 いつもにこやかな笑顔のイメージが強いエキューからは想像もつかないほどの固い声。


 明るい新緑の瞳を怒らせているさまは、それでも子犬が牙をむいているようにしか見えないが。


 珍しく強く反発したエキューの怒りを受け流すように、ヴェリアスは、

「じょーだんだよ、じょーだん」

 と苦笑すると、エキューのふわふわとした淡い金の髪を大きな手で撫でまわす。


「可愛い後輩が嫌がるコトをするわけないだろ?」


 ――あ。これ、姉貴とシノさんが見てたら、「きゃぁ~~っ!」って目を♡にして叫ぶヤツだ。


 っていうか、エキューだけずるい! 俺の希望も叶えてくれよ!


「どーしたの? ハルちゃん。ねた顔してさ」


 目敏めざとく俺の表情に気づいたヴェリアスが振り返る。つい不満が口をついて出た。


「エキューくんだけ、意見が通るのはずるいです……」


 女装が嫌な気持ちは痛いほどにわかる! 俺だって、エキューを女装させようなんて、みじんも思わない! けど……!


 後輩の意見を通してくれるなら、俺の希望も叶えてくれよっ!


 思わず唇をとがらせると、ヴェリアスがぷっ、と吹き出した。かと思うと、不意に甘く優しい笑みを浮かべる。


「ハルちゃんって、ほんとに天使で小悪魔だねぇ♪」


 わけのわからないことを呟いたヴェリアスが、エキューにしたように、俺の頭をくしゃりとでる。


 思わず身構えたが、ヴェリアスの指先は、別人かと思うほど優しい。


「そんなに可愛くねられたら、聞くしかないじゃん♪ で、ハルちゃんのご希望は?」


 紅の瞳をきらめかせて、ヴェリアスが問う。


「叶えられそうな希望なら、できるだけ聞くぞ?」

 ディオスにも穏やかな声で促され、俺は二人を交互に見ると、おずおずと口を開いた。


「その……。あまり目立たないのがいいです。むしろ、裏方でいいくらいで……」


 ディオスが困ったように凛々しい眉を寄せる。

「悪いが、裏方はさすがに……。何しろ、生徒会主催の応援合戦だからな……」


「今年の生徒会は女生徒が二人も入っているので、皆さんの期待も高いみたいですからね……」


 エキューも困り顔だ。へにょん、と眉が下がった表情は、思わず罪悪感を抱いてしまう。


「では、裏方までとはいいませんから……」


「じゃっ、寸劇にしよう!」


 ぱんっ、とヴェリアスが軽やかに両手を叩く。


「俺とディオスとエキューがメインで、騎士のトーナメントみたいに戦ってさ。お姫様役のハルちゃんを取り合うってのはどう?」


「それ、思い切り目立つじゃありませんかっ! そもそも、私、演技なんてできませんっ!」


 思わずツッコむと、「違う違う」とヴェリアスが笑ってかぶりを振った。


「ハルちゃんは大人しく椅子に座ってたらいーんだよ♪ そしたら、オレ達が周りで演技をするからさ。それなら、ハルちゃんは演技ができなくても大丈夫だろ? それとも……」


 ヴェリアスが不意に手を伸ばし、俺のあごを掴んだかと思うと、くい、と上げる。


「俺と『ロミオとジュリエット』でもする?」

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