第23話

僕達が夜を明かして家に戻らなかったことは後で分かったのだが、やはり大きな事態になっていた。僕が工場で迎えた朝に感じたこと以上にそれぞれの家庭の両親は驚きと焦りを感じて、警察へと届を出していた。

 しかし勝彦の自転車が壊れて二人乗りをしなければならなったことが僕達の発見を遅れさせることにつながった。

 両親達は警察に捜索を願い出る一方、僕達はと言えば勝彦の自転車が壊れたことで二人乗りをしなければならず、警察にばれないようにパトカーを注意して時折茂みに隠れるようにして慎重に行動したからだった。

 実際に坂を下るところで早速だが一台のパトカーが遠くに見えると僕達は製材所の木材の影に隠れ、パトカーが過ぎ行くのを静かに息を切らせて見ていた。

完全に視界から消えるのを待ってから僕達はゆっくりと路上へ出た。

 勝彦が言う。

「ナッちゃん、警察じゃ。朝早くから見まわっちょる・・」

 心配そうに僕を見る。

 頷くと、僕は後ろのツトムと勝幸を見た。

 二人も少し難しそうな顔をしていた。

「こんな朝早くから見まわるなんて」

 ツトムが言う。

 僕達はこの巡回がまさか自分達を探しに来ているとは露知らず、他人事のようにパトカーの消えた先を見ていた。

「これから先は慎重に進まんと駄目じゃ」

 勝幸の言葉に僕達は頷いた。

「暫く自転車を押して進もう。その方がすぐにどっかの家の影に隠れやすいじゃろから」

 僕達は頷き、自転車を下りた。

「この道じゃとパトカーがまた通るといかんから、一本道を逸れて進む」

 勝幸が宣言するように言った。

 僕達は勝幸の言うように道を折れて、田んぼに挟まれた細い道を直ぐに抜けて民家が並ぶ道を、静かに自転車を押しながら慎重に進んだ。

 民家が並ぶ道に入り、直ぐに道を折れようとしたところで一瞬ツトムが足を止めた。

「どうしたの?ツトム?」

 僕は立ち止まるツトムを見た。

 ツトムは僕を見たが「何でもない」と言って自転車を押し出した。ツトムは下を見ながら進んで行く。

 僕はそんなツトムの変わった様子を見て自転車を押し出す。

 両方に塀のある民家が並んでいる。朝早い民家ではまだ誰かが起きている気配はなかった。

 その中で一軒だが大きな銀杏の木がある木造の家が見えた。僕はとても大きな木だなと思いながらその家の門の前を過ぎようとした。

その時、門の向こう側に人影が見え、僕は反射的に顔を下げた。下げてから思わず僕は心の中で声を上げ、立ち止まった。

(あっ!!)

後ろのツトムを急いで振り返った。

ツトムも立ち止まっていた。

(ツトムのお母さんだ)

 ツトムは棒立ちになり自転車を強く握りしめていた。

先行して歩く勝幸兄弟が振り返り僕達の方を見て言った。

「ナッちゃん、どうしたの?」

 僕はその声に首を強く振った。

 不思議そうな顔をして二人が近づいてくるのが見えた時、女性の声がした。

「ツトム・・」

 それは息子を呼ぶ母親の声だった。

 門が開きツトムの母親が出て来た。

「母ちゃん・・」

 ツトムは母親の顔を凝視したまま黙っていた。

 僕達はツトムの側に集まり始めた。

 ツトムの母親は集まりだした僕達の姿を見て言った。

「ナッちゃん、勝幸君、勝彦君・・どうしたの?朝早くこんなところに・・おばさん、びっくりしたわ」

 僕達はそれには何も言わずツトムの方を見た。

「ツトム、どうしたの?」

 黙って何も言わない息子の頬を母親の指が撫でる。

「こんなに陽に焼けて、真っ黒じゃない。それにちょっと怪我もしているし・・」

 僕はツトムの母親の顔を見た。とてもやさしい眼差しで息子に諭すように話している姿は図書館で見たキリスト教の聖母子像の母親の眼差しにそっくりだった。

 ツトムは顔を振ると、母親に言った。

「これから・・鳶ケ峰まで、カブトを獲りに行くんじゃ。だから朝早く出てここまで来た」

 そう言うとツトムは母親の手を払うように自転車を押し出した。

「ツトム!」

 母親が息子に言った。

 ツトムは一瞬止まったが、また自転車を押し出してそのまま進んで行く。

僕達もツトムの後を追うように、自転車を押し出した。

僕は一度振り返った。

 そこにはいつまでも息子を見送る母親の姿が見えた。

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