第21話

翌朝、目覚めた時、意外と大人は子供の事には無関心なのだと感じた。

一晩家に子供が帰らなければきっと警察総出の捜索になり、僕達は朝陽を見る頃には家族のもとへ帰り、特大のげんこつを見舞って粛々としていると思っていた。

それが普通に朝を迎えた。

昨晩、僕達は冷蔵庫にあったカップ麺と持ってきたお菓子を皆で分けて食べると後はそれぞれ藁の上に横たわり眠りについた。

だけど僕はなかなか寝付けず藁の中で窓から差し込むほのかな薄い灯りを見ていた。

最初に寝息が聞こえたのは勝幸だった。

寝入るのが早い奴だな、と思うと僕を誰かが突いた。それに振り向くと勝彦が僕の方へ顔を寄せて来た。

「なぁ、ナッちゃん。大丈夫かな?」

「何が」

「うん、いや・・母ちゃんとか心配しないかなと思って・・」

 僕は考えて「そうだね」と言った。

「多分、心配していると思うよ」

「じゃよね」

 うーんと言って勝彦は僕の側を離れた。

 小さく「お休み」というと静かに寝息をたてた。

 僕は再び窓から差し込む薄い灯りを見た。

 目を細めてその明りを見ると小さな蛾が飛んでいるのが見えた。

 それが幾つかの小さな弧を描いては窓に張り付いて、また離れたりするのを繰り返し見ているうちに僕は自然に眠りに落ちていった。

 陽が差し込んでいるのを見つけたのは勝彦だった。

「朝じゃ」

 その声に残りの皆が一斉に起きた。僕は眠い目をこすりながら藁から降りて工場のドアを開けた。

 夜雨が降ったのか差し込む朝陽に反射した路面が濡れていて、所々に大きなミミズの群れが見えた。

 僕の後ろからツトムが声を出して言った。

「ミミズじゃ。昨日山の方では雨が降ったんじゃろか」

僕達二人に勝幸が食パンを持って来て手渡した。

「ここから鳶ケ峰まではそんなにかからん」

 そう言うとポケットから地図を出した。

 食パンをかじりながら僕とツトムが地図を覗き込む。

「ここが工場じゃ」

 勝幸の人差し指がゆっくりと動いていく。

「ここを少し行くと『東郷』じゃ」

 ツトムが少し身体を動かした。

(ツトムの母さんがいる場所だ)

 僕は黙って勝彦の指が動くのを見る。

「それで・・この先が鳶ケ峰」

 僕は頷く。

 後ろからパンを噛みながら勝彦が僕達の側を抜けて外へ出た。

うへぇ、ミミズじゃ!小さく叫ぶ声を聞き流して地図に目を遣る。

「その先にあの瓶を流した女の子のいる屋敷がある」

 勝幸が指したところに小さな丸があった。確かにその丸の横に川が流れていた。それは広渡川へと流れている小川だというのが地図を見て良く分かった。

「じゃ、もうそろそろ出ないとね。そうでないと今日中には着かないだろうから」

 僕がそう言うとツトムが少し考え込むようにして頷いた。

僕はツトムの心を読むようにして表情を見て言った。

「ツトム・・」

「ん・・?」

 ツトムが僕を見た。

「あのさ・・」

 そう言った時、外から勝彦が「大変じゃ!」と言って僕達の目の前に現れた。

「どうしたんじゃ、勝彦」

 勝幸が言う。あまりの驚きぶりに僕達は少し動揺した。

「大変じゃ」

「だからなんじゃ?」

 再び勝幸が弟に問いかける。

「じ、自転車が・・」

 三人が目を合わせる。

「自転車?」

 僕達は自転車を止めていた場所へ向かった。

 自転車四台が夜置いたままにあった。別段、何も変わっていないように見えた。

「勝彦、何じゃ?別に自転車何もおきとらんじゃないか?」

 兄の問いかけに「違ごぅ!」と弟が言う。

「良く見てじゃ。ほらタイヤ」

「タイヤ?」

 三人が同時に言う。

 顔を見合わせると近づいて見た。

「あ!」

 僕は言った。勝幸もツトムも驚いて声を出す。

「パンクしてる!」

 自転車の後輪がしぼんでいるのが見えた。

「ナッちゃん、パンクしてるじゃろ」

勝彦が蒼白になって言う。

「これじゃ、鳶ケ峰なんて絶対無理じゃ。だって家にも帰れん」

 さすがに三人とも参ったなと言う顔になった。

 とても子供の足では遠く離れたこの場所からではどこにも行けなかった。

 勝彦を見ると少し涙目になっているのが分かった。

「どうすっか」

 ツトムが僕と勝幸を交互に見た。

「置いていくか?ガッチ」

 勝幸は道路に尻をつくと、自転車を見ながら暫く考え込んだ。

(どうする?)

 僕はそんな眼差しで勝幸を見る。勝幸はうーん、と呟いたまま目を閉じていたが、考えがまとまったのか首を鳴らして僕等を見た。

「仕方ない」

 勝幸が渋い顔して言った。

「ルール違反じゃけど、二人乗りする」

 ツトムが顎を摩り僕を見た。

 僕は(仕方ないな)と心で思った。

 二人乗りがルール違反でそれが見つかると大人も警察に怒られるのは知っていた。しかし今の僕達にはそれしか方法がないのは分かっていた。ツトムもそれしかないことは分かっていたようで、僕を見た後、軽く頷いた。

ただ勝彦が

「嫌じゃ!警察に見つかったら捕まるじゃろ」と喚いた。

 それを見て勝幸が言う。

「勝彦、仕方ないじゃろ。ここにお前を残して行ってみろ。もしお父ぅが来たら、お前怒られるぞ。ここで何をしとったんじゃって」

 勝幸が言う。

「兄ちゃん、そんなこと言うても、もう皆心配しとるわ。どちらにしても怒られるんじゃ。僕はここに残って電話かけてお父ぅに来てもらう。それで言うんじゃ。僕は帰ろう言うたのに兄ちゃんが無理やりここに泊めたって!」

 流石に弟の急所を突く言葉に勝幸は声が無く黙った。

「かっちゃん・・」

 僕は勝彦の背に手をやり摩ってやった。勝彦が涙目になっていたからだった。

「ナッちゃん、御免じゃ。二人乗りはでけん。電話かけてお父ぅに全部言う」

 そう言うや、勝幸が素早く右手を出した。

「わりゃ。裏切るんか!」

 勝彦に手が届くと思った時、その手をツトムが止めた。

「ガッチ、止めじゃ。かっちゃんの言う通りじゃ。しかたないじゃろ・・」

 そう言った。

「二人乗りはルール違反じゃし」

 ツトムも溜息交じりに言った。その時だが、ツトムが僕を一瞬見た。片目をつぶってウインクを僕に送ったように見えた。

 小さな咳をして勝彦を見ながら言う。

「かっちゃん、でもな。お父さんが迎えに来るまで気をつけな」

 勝彦が「ん?」という表情をした。

「いやな、夜眠る時、何かごそごそ動く音がしたんじゃ。恐らくあの音じゃから蛇じゃおもうけど。外も雨上がりでミミズが出てきちょる」

 確かにミミズが少しずつ増えているのが分かった。

「それを狙って蛇が動き出すから」

 ツトムが言うのと同時に道を素早く横切る影が見えた。

「げぇ!」

 それを勝彦が見つけた。

「ありゃ、蛇じゃ!」

 地団駄踏むようにして勝彦が叫んだ。

 僕はツトムの肘をついた。

 ツトムが何気ない顔して僕を見て微笑した。つまりツトムの作戦が勝彦に功を奏したようだ。

 僕は小さく咳払いして言った。

「なぁ・・かっちゃん。まだ朝早いし、お父さんが迎えに来るまで時間がかかるよ。だからさ、蛇もいるし。移動しようよ」

 ツトムが頷いて自転車に跨った。

「かっちゃん、乗れよ。俺の自転車は荷台が後ろにあるから。それに朝早いし、まだ警察は来ないよ。でないと蛇に噛まれるぞ」

 最後の一言が聞いたのか、勝彦は急いでツトムの後ろの荷台に跨った。

「ツトム君、早ぅ、行って!」

 勝彦が荷台に乗るのを確認するとツトムが言った。

「ガッチ、俺が勝彦乗せてくから」

 そう言うや、ツトムは自転車を漕いで道に出た。

「じゃ、行こう」

僕が言うと、勝幸が頷いた。

「この山道を下って左へ行けば東郷を抜けて鳶ケ峰、それから・・・黒谷じゃから」

 それを聞くとツトムは強く頷いて自転車で坂道を下り始めた。

「先、行くど!」

 ツトムの威勢のいい声に続いて僕達も後に続いて坂道を下り始めた。

 勝幸の自転車はそのまま工場に置かれて、僕達は夏の朝陽の中を進んで行った。

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