第20話

翌朝、目覚めた時、意外と大人は子供の事には無関心なのだと感じた。

一晩家に子供が帰らなければきっと警察総出の捜索になり、僕達は朝陽を見る頃には家族のもとへ帰り、特大のげんこつを見舞って粛々としていると思っていた。

それが普通に朝を迎えた。

昨晩、僕達は冷蔵庫にあったカップ麺と持ってきたお菓子を皆で分けて食べると後はそれぞれ藁の上に横たわり眠りについた。

だけど僕はなかなか寝付けず藁の中で窓から差し込むほのかな薄い灯りを見ていた。

最初に寝息が聞こえたのは勝幸だった。

寝入るのが早い奴だな、と思うと僕を誰かが突いた。それに振り向くと勝彦が僕の方へ顔を寄せて来た。

「なぁ、ナッちゃん。大丈夫かな?」

「何が」

「うん、いや・・母ちゃんとか心配しないかなと思って・・」

 僕は考えて「そうだね」と言った。

「多分、心配していると思うよ」

「じゃよね」

 うーんと言って勝彦は僕の側を離れた。

 小さく「お休み」というと静かに寝息をたてた。

 僕は再び窓から差し込む薄い灯りを見た。

 目を細めてその明りを見ると小さな蛾が飛んでいるのが見えた。

 それが幾つかの小さな弧を描いては窓に張り付いて、また離れたりするのを繰り返し見ているうちに僕は自然に眠りに落ちていった。

 陽が差し込んでいるのを見つけたのは勝彦だった。

「朝じゃ」

 その声に残りの皆が一斉に起きた。僕は眠い目をこすりながら藁から降りて工場のドアを開けた。

 夜雨が降ったのか差し込む朝陽に反射した路面が濡れていて、所々に大きなミミズの群れが見えた。

 僕の後ろからツトムが声を出して言った。

「ミミズじゃ。昨日山の方では雨が降ったんじゃろか」

僕達二人に勝幸が食パンを持って来て手渡した。

「ここから鳶ケ峰まではそんなにかからん」

 そう言うとポケットから地図を出した。

 食パンをかじりながら僕とツトムが地図を覗き込む。

「ここが工場じゃ」

 勝幸の人差し指がゆっくりと動いていく。

「ここを少し行くと『東郷』じゃ」

 ツトムが少し身体を動かした。

(ツトムの母さんがいる場所だ)

 僕は黙って勝彦の指が動くのを見る。

「それで・・この先が鳶ケ峰」

 僕は頷く。

 後ろからパンを噛みながら勝彦が僕達の側を抜けて外へ出た。

うへぇ、ミミズじゃ!小さく叫ぶ声を聞き流して地図に目を遣る。

「その先にあの瓶を流した女の子のいる屋敷がある」

 勝幸が指したところに小さな丸があった。確かにその丸の横に川が流れていた。それは広渡川へと流れている小川だというのが地図を見て良く分かった。

「じゃ、もうそろそろ出ないとね。そうでないと今日中には着かないだろうから」

 僕がそう言うとツトムが少し考え込むようにして頷いた。

僕はツトムの心を読むようにして表情を見て言った。

「ツトム・・」

「ん・・?」

 ツトムが僕を見た。

「あのさ・・」

 そう言った時、外から勝彦が「大変じゃ!」と言って僕達の目の前に現れた。

「どうしたんじゃ、勝彦」

 勝幸が言う。あまりの驚きぶりに僕達は少し動揺した。

「大変じゃ」

「だからなんじゃ?」

 再び勝幸が弟に問いかける。

「じ、自転車が・・」

 三人が目を合わせる。

「自転車?」

 僕達は自転車を止めていた場所へ向かった。

 自転車四台が夜置いたままにあった。別段、何も変わっていないように見えた。

「勝彦、何じゃ?別に自転車何もおきとらんじゃないか?」

 兄の問いかけに「違ごぅ!」と弟が言う。

「良く見てじゃ。ほらタイヤ」

「タイヤ?」

 三人が同時に言う。

 顔を見合わせると近づいて見た。

「あ!」

 僕は言った。勝幸もツトムも驚いて声を出す。

「パンクしてる!」

 自転車の後輪がしぼんでいるのが見えた。

「ナッちゃん、パンクしてるじゃろ」

勝彦が蒼白になって言う。

「これじゃ、鳶ケ峰なんて絶対無理じゃ。だって家にも帰れん」

 さすがに三人とも参ったなと言う顔になった。

 とても子供の足では遠く離れたこの場所からではどこにも行けなかった。

 勝彦を見ると少し涙目になっているのが分かった。

「どうすっか」

 ツトムが僕と勝幸を交互に見た。

「置いていくか?ガッチ」

 勝幸は道路に尻をつくと、自転車を見ながら暫く考え込んだ。

(どうする?)

 僕はそんな眼差しで勝幸を見る。勝幸はうーん、と呟いたまま目を閉じていたが、考えがまとまったのか首を鳴らして僕等を見た。

「仕方ない」

 勝幸が渋い顔して言った。

「ルール違反じゃけど、二人乗りする」

 ツトムが顎を摩り僕を見た。

 僕は(仕方ないな)と心で思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます