第6話

“カチッ”

(時計の音だ・・・)

僕がそう思った時、ひび割れた時計のガラスの下で針が静かに動いて、午前十時を指した。

外では降り注ぐ太陽の下で蝉が鳴いている。

壁に立てかけられた畳を背にして少年三人が将棋盤を囲んでいた。

 扇風機が唸りを立てて風を流して、それが三人それぞれの髪や頬を撫でて行く。 

「あっちぃ・・」

 赤く腫れた頬を摩りながら僕が指に挟んだ将棋の駒を、差し向かいの相手がちらりと見た。

僕がそっと将棋盤の上に置いた駒が音を立てると、痩せた身体のいがぐり頭の少年が頭を押さえて叫んだ。

「げっ、うそー」

 その少年は頭を掻きながら将棋盤の隅から隅までなぞる様に目を遣る。

 少年の向かいでは同じぐらいの年頃の少年が二人いた。

 一人は対局者である僕、横でチップスを食べているのが将棋盤をなぞる様に見ているいがぐり頭の弟だ。兄とは対照的に少し小太りだ。

 兄の表情を伺いながら弟が言う。

「お兄ぃの負けやね。完全に手詰まり。ナッちゃんの勝ちや」

「お前ぇ、何言うちょるんや!」

 少年は顔を上げると弟を睨み返した。勝負に負けたくない勝気な性格が言葉と表情に出ている。

「勝負は諦めたら駄目。駄目じゃ!」

 そう言い放つと再び将棋盤に目を遣る。

 弟はやれやれと言う表情をして僕を見て笑った。

 弟の勝彦は兄の勝幸とは違い温厚で柔和なタイプだ。やれやれという感じで袋に手を入れるとチップスを取り出して僕に渡した。

「ありがと、かっちゃん」

それを口で嚙みながら、僕は必死に将棋盤を見ている兄の方を見た。

 この兄弟は名前に同じ「勝」という字を持っているため、仲間内ではいがぐり頭の兄を「いがぐり」の“ガ”をとってガッチゃんと呼び(だけど特に親しい僕らの間ではもっと短く「ガッチ」と呼んでいる)弟を「かっちゃん」と言っている。

 僕は目を開いて将棋盤を見ている勝幸に言った。

「ガッチ、どう?まだ、勝負する?」

 うーんと唸ると畳にもたれて勝幸が僕をちらりと見て言った。

「三本勝負だから、まぁ、一本取られたことにしとこ」

にこっと笑う。

「お兄ぃ、せこい!ナッちゃん、三本勝負とか言ってないから!」

 間一髪入れずに勝彦が言い放つ。

「阿保か、勝彦!最初から俺は三本勝負と心の中で決めてたんじゃ!」

 そう言うと将棋盤の上に置かれた駒を崩して、また新たに駒を配置し始めた。

「うわー、ひどっ!」

 勝彦の叫びに思わず僕も苦笑して、同じように駒を配置していく。

 駒を配置しながら、僕は心の中で二人の兄弟の前で言うべきかどうか迷っていることがあった。

 遠くで鳴いていた蝉の声が段々近づいて聞こえる。

 物思いに耽る僕に勝彦が言った。

「ナッちゃん、御免な、兄ちゃんが馬鹿なことして」

 勝彦は兄が勝負を反故にするようにして終わらせたことで僕が怒っていると思ったのだろう、優しく声をかけた。

 顔を勝彦の方に向けると、僕は顔を振った。

 兄の勝幸もどこか少しすまなさそうにして僕を見ている。

「兄ちゃん、謝れよ。ナッちゃんに」

 おぅ、と小さく呟く声が聞こえる。

 慌てて僕は言った。

「ガッチ、かっちゃん。違うよ。この将棋のことじゃないよ」

「違うの?」

 勝彦が言う。

 僕は首を振った。

 それを見て不思議そうに勝幸が言った。

「じゃ、何?」

「うーん」

 僕はそれで黙った。

 兄弟が黙る僕を見ている。

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