第3話

子供の頃には誰でも自分達の場所がある。それは仲間内では「秘密の場所」と言うことになるだろう。

それは河川敷に生い茂る背の低い草花のトンネルの中かもしれないし、橋の下の隙間かもしれない。

 それが少年時代の僕にも、いや、僕達と言った方がいいかもしれない、それは当然在った。

(それは別段何でもない・・)

僕は思わずその場所を思い出して笑みが浮かんだ。

それは車が止められる駐車場を兼ねた倉庫の中二階で、そこが僕達の秘密の場所だった。

僕達がこの場所が秘密の場所なんて言えば「子供だね」と親達は片腹抱えて笑うにきまっている。

(そりゃ、そう思うだろう。だって、ここは友達の家なのだから)

 そこでふと僕は目を細める。

大人になると忘れてしまうことが沢山あると思う。

それは現実を知りすぎて、空想が入り込む余地が無くなり、だから秘密の場所と考えれば、例えば建物であれば音が漏れない頑丈な壁が必要だとか、山奥にひっそりとあって集団から孤立していないといけないだろうとかそんなことを「現実的」と考える。

しかし、子供の頃の「秘密」はどうだっただろう。

実際はそうしたところに子供は秘密を持ちこみたいのではなく、唯仲間と行交う場所が出来て自分達だけの他愛無い暗号や合図、ルールが守られるだけでいいのではなかっただろうか。

隙間があってもいい段ボールの壁、拾ってきた空き瓶の蓋、図書館から借りて来た古く茶色になった探偵小説。

僕達の秘密の場所、いや秘密の基地だろうか。

それは中二階に在って壁に申し訳ない程度の古畳が壁に立てかけられ床には将棋盤や碁盤が置かれている。あとは壊れた椅子と机があって、クワガタやカブトムシの標本がある、そんな粗末で雑多な場所だった。

ここではどこからも少年達が集まる姿は見えるし、友達の父親が帰って来て軽トラックを駐車場に入れれば僕達が中二階にいることなんてすぐわかるし、話す声何て駄々洩れだ。

だから秘密何て何も隠せない。それでも僕達にとっては十分秘密の場所として機能していた。

子供の頃と言うのは不思議と言うしかない。秘密だと思っていることが例え洩れたとしてもそれは永遠に秘密だと思える時代なのだから。


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