第3章

第50話

 気がついたら、人間の女性が私の世話をしてくれていました。

 とても脅えていましたが、それでも、ルークが私の側に置くのを嫌がった人間の女性が私の側にいるのです。

 最初は不思議にも思わなかったのですが、徐々に私も正気を取り戻していったのでしょう、人間の女性が側にいてくれる事の意味が理解出来ました。


 ルークが死んでしまったのかと思いましたが、そうではないかもしれません。

 正直まだルークに事が怖かったので、何も聞く事ができませんでした。

 正気に戻った事を伝えるのも怖かったです。

 伝えたら、ルークがこの部屋にやってくるかもしれません。

 ルークの顔を見て、恐怖でまたおかしくなるかもしれないと思ったのです。


 いえ、恐怖でおかしくなるのが怖かったのではありません。

 ルークの顔を見て恐怖の表情を浮かべたら、ルークに殺されてしまうかもしれないと思って、怖かったです。

 心底ルークが怖かったのです。


 正気を取り戻した事を悟られないように、でもどうするのが正しいかもわかりませんでした。

 正気を失っている間、私がどういう言動をしていたのか、全く記憶がありませんでした。

 それでも、まだ完全ではなかったのでしょう。

 何一つ飲み食いしていないのに、渇きも空腹も感じない事を疑問に思いませんでした。


 徐々に正気を取り戻していったのでしょう。

 私の世話をしてくれている人間の女性が、各国の全権王族大使に仕えていた女官だという事を、ようやく思い出す事ができました。

 それと、彼女達が私が正気に戻っていることに気がつきながら、気がつかない振りをしている事にも、ようやく気がつきました。


 徐々に彼女達の立場を思いやる余裕と言うか、能力と言うべきか、いえ、やはり正気を取り戻したと言うべきなのでしょう。

 彼女達がルークを恐れ、私の変化を恐れ、全てに無関心であろうと努力していることが理解できたのです。

 その気持ちは、ルークの姉である私が一番理解できます。

 ようやく人々のルークに対する恐怖が理解できるようになりました。


 今までの私は、ルークを怖がる理由がありませんでした。

 ルークがどれほどの残虐非道を行おうとも、私は絶対に標的にならないと思い込んでいました。

 ルークは絶対に私に逆らわないと慢心していたのです。


 ルークが私の言い事を聞かないこともあると、私に牙をむく可能性もあると知った時、言いようもない恐怖に私の精神は崩壊したのです。

 今も真剣に考え思い出すと、恐怖で震え出してしまいます。

 叫び走り回りそうになります。

 粗相をして、侍女の世話になってしまいます。

 侍女の憐れむような、蔑むような、畏れるような表情と態度が、私の心を攻め苛みます。

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