異世界転移 21話目
「いい湯じゃ……。」
「いや、辺境伯様、帰らないんっすか?」
「遠征から帰ったら、書類仕事がまっとるからの、命の洗濯じゃて……それにワシでなくても決済できるものは文官が済ませるからの、問題なかろう?」
「………………。」
要するに、面倒な書類仕事から逃げたかっただけか……。
俺は辺境伯と一緒に風呂に入りながらそんなことを考えていた。
ちなみにこの風呂は湯船が20畳、洗い場が15畳は有る我が家の自慢の風呂だった。
家には他にもう1つ風呂場が有り、そこは湯船が5畳に洗い場も5畳の個人の家に有るには少し大きいが、現実的な大きさの風呂場だった。
だが、以前にアルヴァー達を泊めたときにミルカとカウノ達が一緒に入ると狭いとうるさく騒いだので、増築して造った来客時用の風呂場だった。
「それにしても本当に良い風呂じゃ……しかし、これだけの風呂を短い時間で湯で満たし維持するとは、いったいどんな魔導具を使っとるんじゃ? 魔石も生半可なものではあるまい。」
「ああ……別に特別な魔導具を用意したわけではありませんよ……。
水を生み出す魔導具と、火を起こして調整する魔導具を数個づつ用意して、並列使用してるんです。
ですから魔石もCランクの物で間に合ってるんですよ……。」
「なるほどのぅ……しかし、いい湯じゃ……。」
「疲れがとれま[バシャーン!]……ちょっとアルヴァーのバカを殺してきますわ?」
辺境伯と湯船に浸かりながら話していると、アルヴァーのバカが盛大に湯をかぶった。
それ事態は良いのだが、盛大にしすぎたせいで湯の一部が俺と辺境伯の頭にまで飛んできたのだ。
「ふぃ~いい湯、ん? ケ、ケン、お前なんで槍なんか持ってるんだよ!?」
「やだなぁ、お前を串刺しにするためじゃないか!」
「ふ、風呂に槍なんか持って入るな!」
アルヴァーはそう言うと指輪型の魔法袋から剣と盾を取り出す。
「てめえこそ人の事を言えねえだろが!」
「待たせたな、やっと上物の石鹸が……な、何事だ!?」
風の勇者のフェリクスが石鹸を持って風呂場に入ると、ケンとアルヴァーが凄絶な殴り合いをしていた。
「本当にいい湯じゃのぅ……。」
そんな中で平然と湯船に浸かる辺境伯は、いろんな意味で大物だった。
「ふぅ……飯も食ったし、一杯やるか。」
「おう、さっきカウノとミルカに上物のワインを持ってこさせたから、心置きなく飲んでくれや!」
「俺も王都で買ったワインなんだが……良かった、俺のは白だ、かぶってないな。」
「わしもウイスキーを館から取り寄せておいた、誰か氷を出してくれんかのぅ?」
「おう、わしもオーガキラーを[パリン]ああ!?」
皆で酒宴の用意を始めると、アルヴァーがロットリッヒで有名な名産の赤ワインを、フェリクスが王都の方で有名な白ワインを、辺境伯が帝国の名産のウイスキーを取り出してた。
1人バカが居たが、速攻でビンごと床に叩きつけたので問題はなくなった。
「マックス、すまんがツマミを頼む。
俺からはビールだ、キンキンに冷やしといたから、まずは飲んでくれ!」
この世界には誰が持ち込んだのかビールが有った、それ以外にもワインにウイスキー、日本酒まで有るはラーメンにカレー、味噌にしょう油まで有った……。
誰だ頑張りすぎたの……。
なんにしろどっかの知らん人のおかげで、豊かな食生活がおくられるのでありがたかったが、マックスに言わせると本当に豊かな生活だそうだ。
まぁ、独り暮らしで月に金貨で50~80枚はかかってたからな……。
ちなみにマックスとクラーラはカレーもラーメンも調理できた、宿で豪華な食事としてごく稀に注文されたらしい。
「なんにしろ今回の作戦の成功で、王国と帝国の仲もばんじゃくじゃ。
ケンには特別に陛下からおほめの言葉があるやもしれんな!」
「うーん、いらんのだが?」
「お前、無礼すぎるだろ!」
俺達は酒と食事を楽しみながら雑談をしていた。
すると調理をしていたマックスがやって来て、オズオズと聞いてくる。
「ご歓談中に申し訳ありません、お聞きしたいことが有るのですが……。」
「貴様、奴隷ごときが何のようだ!」
それを護衛の騎士が威嚇する。
「おい、めでたい席だぞ。
それでマックス、なんの用だ?」
俺が騎士を止めてマックスをうながす。
騎士は何か言いたかったようだが、辺境伯が視線で黙らせた。
「は、はい……ご主人様方は今回、フェルデンロットの町には行かれましたか?」
「フェルデンロット? そんな町は有ったか?」
「聞いたこと有る気もするな……。」
俺とアルヴァーが顔を見合わせて首をかしげる、ミルカとカウノが信じられない目で俺達を見てきたので対抗して2人で殺気を送って黙らせる。
フェリクスは王都と王都から北側が縄張りなので「すまんが分からない。」っと答えている。
そんな中で辺境伯と騎士達が納得した顔で答える。
「そうか……お主達はフェルデンロットの出か……。」
「……フェルデンロットは私が偵察してきた……今は廃墟になってるよ。」
「! そうですか……さみしいですが、仕方のないことですな……。」
騎士の返答に、マックスは悔しそうに顔をしかめてからうつむく、俺はそれを見ながら不思議そうに聞く。
「なんだマックス、知ってる町なのか?」
「……ご主人様、フェルデンロットは……私が生まれ育った町で、先祖が眠りについてる故郷です。」
マックスの返答を聞いて静まり返る食堂、それに気がついたマックスが慌てて顔を上げてあやまってくる。
「申し訳ありません、祝いの席を汚してしまいました。」
そう言ってさがろうとしたマックスだったが、それを辺境伯が止めて頭を下げる。
「すまぬな、本来なら故郷を取り返したかろうし、帰りたかろう……?
だが、今回の作戦は帝国への食料輸送がメインでな、フェルデンロットは状況を確認しただけなのじゃ……。」
「いえ、今はご主人様の元で幸せに暮らせてます。
これ以上は死んだ町の者達や苦労している者達に申し訳ないです……。」
マックス達の故郷、フェルデンロットは火をかけられた後、半年ほどは維持できていたらしいのだが結局は放棄されて、今は廃墟になっているとの事だった。
原因は城壁の一部が崩れたのと、城門が燃え落ちてしまったからだった。
国や辺境伯もなんとかしようとはしていたようだが、やはりシュテットホルンが優先され、門や崩れた城壁の修復が進まずに魔物の侵入による被害が押さえられなかったために、住民はシュテットホルンかロットリッヒに移住して、フェルデンロットは放棄されのだった。
食堂が静寂に包まれる、辺境伯は申し訳なさそうに目を背け、騎士達はうつむいている。
そんな中でケンがのんきそうにマックスに言う。
「マックス、なら冬が終わったら見に行くか?」
ケンの言葉に辺境伯と騎士達は非難の目を向けているが、マックスは申し訳なさそうにケンに言う。
「ご主人様……ありがたい申し出ですが、ご主人様に迷惑をかけることは出来ません。
しかし心づかいには感謝します……。」
そう言うマックスに辺境伯達はケンへの忠誠心を感じたが、肝心のケンは軽く言い放つのだった。
「いやマックス、そんなに迷惑じゃないぞ。
来年の秋には帝国との行来も簡単になると思うしな。」
ケンの言葉に辺境伯に騎士達、そしてマックスは目を見開いてケンを見るのだった。
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