第288話 【真珠】「また、見たかったの」
『きよちゃん』の登場により、加奈ちゃんがホッとした表情を見せた。
「調部さん、展示室の中にいらしたんですね。
「ああ! 貴女は──先ほどは愛花を助けていただき、本当にありがとうございました。今、ちょっと中にいたもので……ご心配をおかけしたようで、申し訳ありません」
彼は加奈ちゃんに謝罪の言葉を伝えた。
この『きよちゃん』──愛花の親類で、調部
そして、清可に連れられている小さな男の子は、愛花から「ゆずちゃん」と呼ばれていた。
清可の話によると、愛花は『フタバスズキリュウ』を見上げた途端、微動だにしなくなってしまったらしい。
愛花がずっと見たがっていた展示だったので、余程感動したのだろうと、しばらくの間彼女に付き合い三人でレプリカを見上げていた──のだが、展示室内をのぞいた『ゆずちゃん』が、今度は大きな『アンモナイト』に興味を示し、触りたくてウズウズしはじめたのが五分ほど前のこと。
一向に動かない愛花と、ぐずり始めた『ゆずちゃん』。
この二人に挟まれた清可は苦肉の策で、『ゆずちゃん』のご要望を叶えつつも愛花が見える位置に立ち、少し奥まった展示室内にて二人を見守っていたようだ。
彼が苦労している最中にわたし達は愛花に出会い、今に至ったことが、二人の会話から伝わった。
聞けば、先ほどの愛花迷子事件も、彼女が『フタバスズキリュウ』を見たいがため、勝手に動き回ったことにより起きてしまったそうだ。
どの口がそれを言うと
中身がわたしのように大人であれば諸々の対応もできるだろうが、幼い子供がそれをやったら完全なる迷子の出来上がりだ。
わたしは意を決して、愛花に語りかける。
「ういちゃんも恐竜が好きなの? わたしも『フタバスズキリュウ』の、このレプリカが大好きだから、見たかった気持ちはよく分かる! でもね、迷子は怖い──勝手な行動をしたら危ないから、大人の傍にいようね」
同年代のわたしから注意を受けることで、愛花を嫌な気持ちにさせてしまう可能性もあったけれど、彼女を守るためだ。仕方がない。
愛花は『
ひとりでいるところを誘拐でもされたら大変──と、迷子の危険性について、わたしは説く。
自分の身に起きた『浅草迷子事件』は何処へやら、だ。
でも、言い訳をするならば、わたしは所詮しがない『悪役令嬢』。
対して、愛花は『主人公』。
わたしの主観ではあるが──美しさのレベルは段違い。平たく言うと、愛花はなかなかお目にかかることのできない超絶美少女なのだ。
ひとりにしておくのは大変危険だ。
──とは言っても、愛花の身には『加護』のような目には見えない護りがあるのではないか、とも思っている。
勝手な憶測に過ぎないけれど、『主人公』の身に大きな危険が降りかかることはないだろう。
そう、少なくともゲームが始まる高校生になるまでは。
なぜなら、『この世界』は──彼女のために作られた乙女ゲームの世界だから──この一言につきる。
だが、万が一を考えた場合、注意を促しておくに越したことはない。
彼女を不快にさせてしまう可能性を知りながらも、伝えた言葉だった。けれど、愛花はそれを素直に受け入れ、神妙な顔でコクリと頷いている。
安堵すると共に、その愛くるしい仕草に心拍数が跳ね上がる。
さすがに転げまわりこそはしなかったが、激しく悶絶中のわたしだ。
煩悩に支配されている残念なわたしの脳ミソを他所に、彼女は静かに『ピー助』を見上げた。
「どうしても……また、見たかったの」
そう言って、胸元を抑える愛花の姿は何故かとても──大人びているような、気がした。
愛花は以前にも、科博を訪れたことがあるのだろう。
一度見たら忘れられない魅力でいっぱいの展示故に、彼女が「何度でも見たい」と感じる気持ちがよく分かる。
愛花の話を耳にした清可は、不思議そうに首を傾げた。
「『また』? ウイ? 科博に来たのは今日が──」
「真珠ー? そろそろ行くわよー! 貴志が戻って来いっ……て──あ……ら、ごめんなさい。真珠? お友達でもできたの?」
清可の言葉に被さるように、突然理香の声が回廊に響いた。
理香は清可に目礼し、わたしに視線を投げる。
「うん。愛花ちゃんて言うの。さっきお友達になったんだ」
わたしが愛花を紹介すると、理香は「やだ、可愛い!」と両手で口元を覆った。
早速、理香は保護者である清可に挨拶し、次いで愛花にも話しかける。
さすが理香。
狙った獲物は逃さない天性のハンターは、やはり行動も素早い。
愛花は人見知りをしない子供のようで、嬉しそうに理香との会話を楽しんでいるようだ。
加奈ちゃんはわたしの隣で「わたしも理香さんみたいに英語を話せるように頑張ろう」と、語学力アップの目標を立てていた。
そうこうしていると、今度は咲也がやって来た。
なかなか戻らないわたし達を心配して、探しに来てくれたようだ。
──残念だが、愛花と共に過ごす時間は、ここで終了だ。
わたしと兄は愛花に手を振り、清可と『ゆずちゃん』にも別れを告げた。
加奈ちゃんと理香は二人揃って後ろ髪引かれているのか、何度も振り返っては愛花に手を振っている。
サバサバしている理香にしては珍しく、愛花との別れを惜しんでいるように見えた。
この理香の状況を、大人気ない優吾が見たら、幼い愛花にまでヤキモチを焼き、面倒くさいことになりそうだなと思いながら、わたしも再度手を振った。
女子をも虜にする愛花の魅力は、さすが『この音』の『主人公』。
いや、もう本当に、愛花の可憐さには、
兄と咲也は、我々女性陣の様子を、何故か溜め息まじりで眺めていた。
皆の待つ鉱物展示室に戻るまでの間、兄の隣を歩く。
兄の顔を見上げると、何かを真剣に考えているように映った。
──愛花のことを、考えているのだろうか?
恋煩いの眼差し……では、ないような気がする。
兄の双眸には複雑な光が揺れ動き、わたしは首を傾げた。
彼の様子が心配になり、声をかけようとした瞬間──今度は前方から声がかかる。
「真珠ちゃーん! みんなー、こっちだよ〜!」
瑠璃ちゃんと未知留ちゃんだ。
彼等は鉱物の飾られた小さな別室ではなく、階段の近くでわたし達に手招きしている。
晴夏が見学を終えたあと、周囲の邪魔にならないよう、広い場所へと皆で移動していたようだ。
瑠璃ちゃんの近くには、晴夏もいた。鉱石を思う存分堪能した晴夏は、どことなく嬉しそうな表情をしていた。
『この音』のメインヒーローを張る晴夏は、この後レストランにて『主人公』と運命的な出会いを遂げるのだろう。
あの兄でさえ、おそらく愛花に一目惚れをし、独占欲を出したのだ。
果たして晴夏は、彼女に出会った時、何を感じるのだろう。
わたしは将来、この二人のどちらを応援すべきなのか、頭を悩ますことになるのかもしれない。
まあ、それも、すべては愛花次第。
愛花が望む相手が分かった時は、その恋路を全力で応援しよう。
──これが、わたしと愛花が初めての出会った時の一部始終だ。
…
「真珠、行くぞ。やることがあるんだろう?」
愛花との時間を思い出していたわたしに、貴志が声をかけた。
「へ? やること? なんだっけ?」
わたしは首を傾げて、貴志を見上げる。
何かあったっけ?
まったく思い出せない。
【後書き】
真珠と愛花の対のイラストです!
https://31720.mitemin.net/i505246/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます