第286話 【真珠】穂高、運命の出会い?
けれど、人目を引く美しさは既に顕在している。
薔薇色に上気した頬。
艶のある桜色の唇。
明るい茶色の瞳は透き通り、潤んだ目元が愛らしい。
その目元を飾る長い睫毛が下瞼に影を落とし、その陰影が得も言われぬ美しさを生み出している。
緩やかに波打つ髪は柔らかく背中を包み、毛先に向かうにつれて明るい色へと変わっていく。
外見だけ見ると、年齢よりも大人びた印象だ。
女の子の中の女の子、という言葉がピッタリではあるけれど──何故か目の前の愛花には、ゲームの中では見受けられなかった、凛とした雰囲気も備わっているような気がする。
天井を泳ぐ首長竜を見上げるその横顔に視線を奪われ、あまりの可憐さにわたしは思わず頬を赤らめた。
先ほどから、兄がわたしと愛花を交互に見ているのだが、彼女のこの息を呑むような美しさから目が離せない。
どうしよう。
本当に、可愛い。
愛花を動物に例えるならば、仔
もっと近くで愛でたい気分だ。
それにしても、この胸の高鳴りは、一体何なのだろう。
思わず抱きつきたくなってしまうこの衝動。
頼む。
心臓よ、鎮まってくれ。
胸の上に手を置き、ドキドキと暴れる心音を落ち着かせようと頑張るも、鼓動は激しさをいや増すばかり。
これは、愛くるしい小動物を愛でるような感覚?
それとも、何か他に理由があるのだろうか?
彼女を見ていると、何故こんなにも心が動かされるのだろう。
我に返った加奈ちゃんがサッと動き、愛花に近寄っていく。
その時になって、わたしはやっと現実に戻ってくることができた。
「愛花ちゃん、ひとりなの? また、はぐれちゃった?」
突然声をかけられて驚いたのか、愛花はビクッと飛び上がるように身体を揺らした。
「あ……」
思わず洩れてしまったというような声。
それさえも、ひどく愛らしい。
加奈ちゃんを視界に入れた愛花の表情が突然
光輝く微笑みは、さすが『
こんなにもわたしの心を虜にするなんて、なんと恐ろしい生き物なのだろう。
愛花は、笑顔を振りまきながらこちらに走り寄り、両手を広げて加奈ちゃんの身体にむぎゅっと抱きついた。
先ほど助けてもらった年上のお姉さんとの再会を、とても喜んでいるように見える。
その行動のあまりの尊さに、わたしはクラリと倒れそうになった。
どうしよう。
これは、かなり人懐っこい美少女だ。
破壊的にヤバイ──主に、わたしの心臓が。
三人娘が彼女に心を囚われ、甲斐甲斐しくお世話を焼きたくなった気持ちが今、ものすごく分かってしまった。
こんなにも蕩けるような笑顔を惜しげもなく向けられたら、誰でもデロデロに甘やかしたくなるのではないだろうか。
幼い子供が無防備に懐いてくるだけでも目尻が緩む案件なのに、それだけではなく彼女は美少女。
上にも下にも置けず、抱き締めて独り占めしたくなってしまうではないか。
何故に、貴志はまったく反応をせず、あまつさえあのような態度だったのだろう。
──あいつは不感症なのではないか!?
と、心配になる。
自分が『主人公』の登場により不安を抱き、恐れ慄いていたことなどすっかり忘れ、わたしは既に愛花に夢中だ。
愛花は、将来有望どころではない──絶世の美女予備軍ではないか!
まるで恋焦がれる乙女のような眼差しで、わたしは愛花の姿をひたすら追いかけた。
けれど、それは唐突に遮断される。
兄が、わたしの視界を塞ぐように目の前に立ったからだ。
嗚呼、お兄さま!
これでは、愛花が見えません。
お兄さまの麗しいご尊顔も大変素晴らしくて、常日頃から、いつも見つめていたい気持ちでいっぱいなのですが、今日は、今日だけは、愛花を、『主人公』を、わたしの目に焼き付けたいのです!
視界を兄に遮られた途端、ガッカリした感情が溢れてしまったのかもしれない。兄が、珍しく剣呑な雰囲気を滲ませる。
──でも、わかる! その気持ち!
おそらく兄も可憐な愛花に見惚れていたのだろう。
その、あまりの美しさに、誰にも見せたくないと、焦りを覚えるほどの独占欲が生まれてしまったと、そういうことなのか。
それって、つまり── 一目惚れ……?
受け入れてもらえない『想い人』への気持ちを封印したばかりの兄。
その彼の心に、新たな恋が生まれた貴重な瞬間を、わたしは共有しているのかもしれない。
なにせ兄と愛花は、攻略対象と『主人公』の関係だ。
出会って早々、見えない絆により、お互いに惹かれ合ったのだとしてもおかしくはない。多分。
──これは、まさに運命の出会いだ!
だけどお兄さま──ちょっとだけで良いのです。
どうかわたしにも、愛花の姿を拝ませてください。
そして、少しでいい──横にズレてくれないだろうか。
わたしは、愛花を愛でたい。
そんな思いを抱きつつ、わたしは兄に声をかけた。
「お兄さま」
「どうしたの? 真珠?」
兄はニコリと笑う。
でも、どこか不自然さの混じった笑顔だ。
鷹揚に構えるよう心がけてはいるけれど、兄から微かな焦りが届いてくるのは
「あの……彼女が見えません」
わたしの言葉に、兄の口から「ふぅん」という不服そうな呟きが洩れた。
「そうだね。僕が、君の前に立っているからね」
兄からは、凄みのある麗しい笑顔を向けられ、それと同時に、その背後から黒いオーラが立ち昇った気がした──のだが、理由がまったくわからない。
妹にさえ見せたくないと思ってしまうほどの、独占欲?
それは、かなり熱烈な想いだ。
妹として、少し妬けるではないか──が、愛花が将来、義姉になる可能性があるというならばウェルカム!
お兄さまと愛花の仲をとりもつキューピット役を是が非でも務めて進ぜよう!
熱いエールを送ろうと、わたしは兄に向かって力瘤を作って見せた──のだが、兄にはその意味が伝わらなかったようで、眉間に皺を寄せている。
わたしは、少しだけ身体を横に移動させ、愛花を視界に収めようと尽力したのだが、悲しい哉──何故か兄も一緒についてくる。
うう、お兄さま。今だけ、今だけでいいのです。
わたしの視界に愛花を。どうか! どうか!
兄に伝えることはできないが、兄と愛花のこの出会いは運命──なのだから、少しだけ男の余裕を持って欲しい。
いや?
兄でさえこの態度なのだ。
晴夏やラシードが愛花を巡る攻防に参戦したとしたら、男の余裕などとは言ってはいられない状況なのかもしれない。
将来、愛花を巡る攻略者同士の戦いを、わたしは間近で見守ることになるのだろう。
音を愛する彼女のために、それはそれはたくさんの音楽が奏でられる筈だ。
わたしも隅っこで、彼らが彼女に捧げる至高の音色を堪能するとしよう。
愛花を愛でるだけでなく、素晴らしい音楽に触れられる未来を思い、クフフと笑いが洩れる。
そして、願わくば、愛花を巡る争いに、貴志だけは参戦しないでもらいたい。切実に。
こんなに愛くるしい愛花が相手となったら、わたしに勝ち目は無い──多分、きっと、おそらく。
兄は何故か、先ほどからわたしの顔を心配そうに眺めている。
大丈夫ですよ、お兄さま!
ブラコン気味な妹ではありますが、間違っても兄の想い人である愛花にヤキモチなんて焼きません。そして、いじめたりもしません!
だから、そんな顔をしないでください!
わたしの頭の中では、愛花と攻略者たち(但し、貴志を除く)が繰り広げる胸キュン展開の未来の妄想がノンストップだ。
そんな湧いたわたしの頭の中には気づかずに、加奈ちゃんが呟く。
「うーん、どうしよう。愛花ちゃんは、日本語での意思の疎通がまだ難しいんだよね」
加奈ちゃんの言葉を拾った兄が、すかさず「使用言語は?」と問いかけた。
「英語なんだけど、わたしの発音だと上手く通じなくて、さっきは葛城さんに助けてもらったんだ」
加奈ちゃんが愛花の頭を撫でながら、兄に答えている。
愛花は加奈ちゃんの手に気持ちよさそうに擦り寄っているのだが、その無防備な様も本当に愛らしい。
「わかりました。僕が話しましょう」
兄が切羽詰まったように早口で答えている。
「穂高くん、英語できるの? それは助かる。お願いします!」
加奈ちゃんの言葉に、兄は頷いた。
「彼女の連れを、一刻も早く探しましょう。女の子相手だというのに、なんだろう、この気持ちは……ちょっと僕が耐えられな……──えっ ちょっと、真珠!?」
兄と加奈ちゃんが話し込んでいる間に、わたしは愛花の隣にそそくさと移動し、彼女へ掌を差し出して、ニコリと笑いかけた。
そして、問う──勿論、使用言語は英語だ。
「愛花ちゃん、こんにちは。わたしは真珠。一緒に来た保護者のかたは今、何処にいるの?」
わたしの背後を泳ぐ首長竜と、差し伸べられた手を交互に見つめた愛花の目が、一瞬だけ細められた。
突然大人びた様相を見せた愛花にドキリとしたけれど、それは幻だったのか。
次の瞬間、彼女は極上の笑みを見せ、わたしの手を握りしめ、そのままわたしの身体をグイッと引き寄せる。
愛花の思わぬ行動に、バランスを崩したわたしは、気づくと彼女の腕の中にいた。
その感覚に、どこか懐かしさを覚えたのは、自分が『主人公』になりきってプレイした彼女と、自分自身の心が同調したから?
「──……っと、………………た……」
愛花がわたしの耳元で囁いた声は、よく聞き取れなかった。
けれど、それは──
「──え?」
何故か──流暢な日本語だった──ような……気がした。
【後書き】
■調部愛花■のイラストリンクです。
https://31720.mitemin.net/i503859/
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