第275話 【真珠】エルとの取引


 わたしの質問に対して、優吾は急に沈黙してしまった。


 加山への応援を兼ねて、少しだけでも情報を仕入れておきたかったのだけれど、姪っ子からの色恋沙汰に関する質問攻撃に引いてしまったのだろうか。


 こうなったら、仕方がない。


「わ……わたしの秘密をちょびっとだけ話すので、それと情報交換で!」


 伊佐子のことを話すつもりはないけれど、夏ゆえに幽霊に取り憑かれているかもしれないと伝えておこう。

 その昔、貴志に使おうとした手と全く同じで成長の欠片もないのだが、今のわたしにはそれ位しか思いつかない。


 優吾は暫く何かを考えていたようだが、その沈黙を破って口を開いた。


「……今日、聖下せいかがこちらの誘いにのったのは、実はお前のお陰だ――礼を言う」


 けれど、彼から返ってきた言葉は、理香やわたしとは全く関係のないエルの話。

 それに、なぜ礼を言われているのか理由が分からず、わたしは首を傾げた。


「わたしの……お陰?」


「そうだ――当初、俺の目論見では『ラシード殿下が退屈しているかもしれない、だから科博に誘えば謁見のチャンスはあるだろう』と踏んでいたが、一度は断られた。それが突然ひるがえったのは、一昨日の深夜過ぎ。突然、聖下から直接、俺に連絡が入った。こちらは、またとないチャンスだったからな、秘書を叩き起こして即動いた」



 一昨日の深夜?

 台風後のホテル屋上で、月光のもと、エルから聖布をもらった儀式の晩だ。



「お前に関することで、ある取引とりひきを持ちかけられた。齋賀製薬に損はなく、こちらは利益のみを享受できる。しかも、この契約を飲むことで、俺はアルサラームを後ろ盾にし、齋賀グループの一企業である製薬会社だけに留まらず、グループの全てを手に入れられる功績を手中に収める……願ってもない申し出――だが、俺はお前が本当にそれに値する人間だとは、とても思えなかった」


 エルは優吾に、どんな契約を持ちかけたのだろう?


 齋賀に利益をもたらし、後継者の最有力候補だった彼の立場を確固たるものにする取引――それにわたしが関係しているのならば、経営者として、叔父はわたしの為人ひととなりとエルの目的を見誤るわけにはいかない。



 伊佐子が目覚める前の『真珠』のみを知る優吾だ。

 エルの持ちかけた好条件の取引と『真珠』を天秤にかけ、アルサラーム側の正気を疑ったのだろう。それも仕方がないことだ。



「あの舌ったらずでビクビクしているくせに小生意気だったガキに、そんな価値があるとは到底思えなかったからな。だが今日、お前に会えたのは偶然なのか、必然か、そこは分からない。だが、俺を後押しする風が吹いていることだけは確信できた」



 優吾はわたしを肩から引きずり下ろすと、今度は横抱きに抱え直した。

 わたしの全身を見下ろしながら、こちらの様子を隈なく確認している。



「お前にここで会う前は、聖下の正気を疑っていた――だが、蓋を開けてみたら、どうだ?」



 優吾は狡猾そうな表情でニヤリと笑った。



「お前は面白い。単なる乳臭いガキだと思っていたが、その印象もくつがえった。今までどうして気づけなかったのかと不思議でならないくらいだ。ただ、少し抜けているところがあるのは玉にきず――だが、お前に『祝福』を与えた聖下にとってはそれが不安材料なのだろう。つまり、お前のその危機感の薄さが、俺に利益をもたらしたと言ってもいい」



 礼を言われている筈なのに、貶められている感がまったく拭えない。

 だが、ここはグッと堪え、優吾の話に耳を傾ける。



「お前の血縁者である俺が聖下の布陣に加えられ、それによって斎賀のビジネスチャンスが格段に広がった。感謝するぞ、真珠――だから、俺はお前が何者であろうと、こちらに利益をもたらしてくれる存在であれば、それで構わないと思っている。それに――」


 眼光鋭く口角を上げた優吾は、わたしの耳元で囁いた。


「――聖下からは『利益をもたらす代わりに真珠についての詳細を問うことは許さず』とも言われている。『何があったのか』とずっとお前を揺さぶっていたのは、どんな反応を返してくるのかと――単に俺が、遊んでいただけだ」


 わたしは仰け反るように優吾から身を離し、その目を睨み返した。

 趣味の悪い、傍迷惑な遊びだ。


「その『目』は――なかなかいいな」


 優吾はクッと笑って、離れたわたしの身体を再び抱え直す。


「――そうだな……お前への礼を兼ねて、先程の質問には答えよう」


 ゆっくりと歩きながら、優吾はわたしの問いの内容に淡々と答えていく。



「優理香……齋賀優理香は――腹違いの妹――ということに


 叔父が何を言っているのか全く理解できなかった。

 反応が一呼吸遅れてしまったが、わたしは優吾の首元を引き寄せた。


「へ!? それって、理香はわたしの叔母ということなのか!?」


 ――いや、違う。そうじゃない。

 何か含みのある物言いだった。



 こちらの反応を楽しそうに眺めている様子から、優吾がわざと誤解させるような話し方をし、わたしがどんな返答をするのか試していたことが伝わる。



「今の言葉だけで、そこまで瞬時に理解する五歳児はいない――お前の反応を見たくて、周りくどい言い方をしただけだ。俺は『なっている』と言っただろう? 本当に血のつながりがあるわけじゃない。訳あって、しばらく俺の持つマンションに住んでいたんだ――対外的には異母妹いもうととして、な」



 先程混乱を極めた理香が、優吾のことを「お兄さま」と呼んだ理由は、演技だとしても優吾を兄として接していた時期があったから?

 それならば、優吾の話す内容に整合性が取れる。



 けれど、混迷は益々深まるばかりだった。






【後書き】

優吾と真珠の話は、あと一話です(*´ェ`*)

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