第262話 【真珠】賑やかな朝?
何処からともなく届いた物音に、頭だけが覚醒していく。
わたしはモゾモゾと布団の中を移動しながら、手だけを縦横無尽に動かし、お目当ての温もりを探している――のだが、何故か見つからない。
むぅ……おかしい。
昨夜、貴志からのお誘いを受けて一緒に眠ったのは、夢ではない筈。
タオルケットの中に滞在中のわたしだが、その体感温度は未だ低く、蝉も鳴いていない。
おそらく朝、かなり早い時間だと思われる。
もうひと眠りできるなと確信し、それならば隣で眠る貴志にギュムッと抱きつき、幸せを堪能しながら二度寝を洒落込もうと目論んでいたのだが――目を開けると、同じ布団の中に、貴志の姿は既になかった。
何があったのか理解できず、ボーッとした頭を抱え、目を
もう起きているのだろうか?
シャワーでも浴びているのかな?
そう思って風呂場の洗面所に向かうが、そこにも彼の姿はない。
わたしの中で、貴志が欠乏している。
これは早急に貴志成分を補充せねばならぬ! と彼の姿を探しまわり、ようやっと見つけたのは、なんと居間のソファーの上。
こやつめは何故、ソファーで眠っているのだ?
眠気で頭は一向に働かず、とりあえずソファー前の床に座ることにする。
貴志の上下する胸を、朦朧とした意識のなか観察していると、今度は睡魔に襲われ始めた。
ああ、もう目を開けていられない。
身動きがとれず、頭をコテリと倒し、貴志の胸に預ける。
胸部に突然現れた重量感に、今度は貴志が目を覚ましたのか、その声が耳に届く。
「……ん……真……珠? ああ……真珠か……。真……珠? っ真珠!? お前は、また……何故ここに!? ……
最初は寝ぼけていたような声を洩らし、わたしを見つけて柔らかく微笑んだ貴志。だが、次の瞬間、突然目を見開いて覚醒し、大慌てでわたしの名前を叫んだ後――急に頭を抑えて
まるで一人芝居……いや、コント?――を見ているような気分になり、茫然としながら貴志の次の動きを待つ。
あれ?
このニオイは……。
わたしは嗅覚をクンクンと働かせた。
「ねぇ、貴志、
わたしが語尾の音量を上げたところ、貴志が耳と頭を抑えて「大声を出すな」と文句を言ってくる。
ああ、これは――間違いなく二日酔いだ。
話を聞くと、昨夜は祖父にかなり飲まされたようだ。
コップに注いだビールを一口飲むたびに酒を注ぎ足され、常に琥珀色の液体がグラスの中で存在感を放っていたという――しかも並々と。
わんこ蕎麦ならぬ、まさかのわんこ酒!?
ちなみに命名はわたしだ。
お祖父さま、オソルベシ――と、祖父のウキウキはっちゃけ具合に度肝を抜かれる。
貴志は、自分の飲酒可能な酒量を心得ていたので、手でガードしたらしいが防御かなわず、結局付き合う羽目に陥り、今回だけはと、要らぬ仏心を出した挙げ句、撃沈したらしい。
祖父は、昨夜のことで肩の荷がおり、貴志と本音で語り合えたことがよほど嬉しかったのだろう。
結局、瓶ビールだけでは足りなくなって缶ビールにも手を出し、祖父が潰れたので、やっとお開きになったようだ。
お前たちは
際限なく飲むなど大人の風上にもおけん、と呆れたくもなる。
が、昨日の様子を知るわたしから言うと、まあ今回に限っては致し方ないのかな、とも思う。
貴志でさえこれだ。
お祖父さまは大丈夫なのだろうか?
この二日酔いの頭痛の中、お祖母さまからのカミナリが落ち、「痛い痛い」と呻きながらも「申し訳なかった」と土下座をする姿が目に浮かぶ。
そんな数時間後が予想でき、わたしは二階で就寝中の祖父に向かって手を合わせた。
「で? 貴志は、どうして居間で寝ていたの?」
一緒に眠っていた筈なのに、一人寂しく放置されていたことに気づいた時の、わたしの悲しみはいかばかりか!
と、少し拗ねていたのだが、貴志の話を聞いているうちに、小さくなって反省する事態に陥ろうとは不覚だった。
どうやら夜中に、わたしの足が、貴志の
暑さもあったのか、わたしは涼を求めて夜中に布団の上をクルクル回転しながら寝ていたことも教えてくれた。
すまん、貴志。
でも、それが本来あるべき、お子さまの就寝中の動きなのだ。多分。
貴志によると、突如降ってきた何か――わたしの
「すまない。お前が勝手に俺の布団に潜り込んだのかと思っていた」
わたしは、どうやら夜這いの嫌疑をかけられていたようだ。
あのお誘いは、一体なんだったのか!?
だが「一緒に寝よう」と誘った記憶だけがゴッソリ抜け落ちていたようで、首を
「貴志が『寝ないのか?』って布団に呼んでくれたから、一緒に寝たのに!」
わたしが恨みがましく詰め寄ったところ、貴志が耳と頭を同時におさえる。
子供の甲高い声は、二日酔いの頭にキーンと響くようだ。
「駄目だ。まったく思い出せん。そして、黙れ」
と、
そう言えば寝る直前。貴志が大きな欠伸をしたり、布団に入ったと思ったら直ぐに寝落ちしていたことを思い出す。
かなり前後不覚になっていたのかもしれない。
体調が悪そうな様子が心配になり、控え目に声をかける。
「頭、そんなに痛いの? 今日の科博は行けそう? 無理ならタクシーで行くから、無理しないでね」
そう言って立ち上がると、咄嗟に手を掴まれ「俺は大丈夫だ。危険すぎて、お前を野放しにできない」と大変失礼な科白が貴志の口から飛び出す始末。
わたしはナニか? 危険生物か!?
ムッとしたが、お子様のわたしを心配してそう言ってくれたことも理解でき、グッと堪える。
「俺はもう少し、このまま横になる。お前も、もうひと眠りしておけ。あと、念の為『聖水』だ」
喋るのも辛いらしく、ぶっきらぼうにそれだけ言うと、こちらに背を向けて、再び横になってしまう。
この酔っ払いめ!
いや、実際にはもう酔ってはいないのだけれど、悪態をつきたくもなる。
不足していた貴志成分の補給については、抱きついても今は酒臭いことが判明し、敢え無くご遠慮申し上げることにした。
はぁ、もういい。
わたしも寝よう。
そう思って、立ち上がった瞬間――今度は二階から、誠一パパの絶叫が届いた。
「っぃ
貴志が呻いた。
父の声でさえも、耳から入ると頭の中で反響し、激しい痛みに変わるようだ。
貴志は再び、頭をおさえ込む。
二階からは父の絶叫、目の前には二日酔いの貴志。
こんな早朝から、なんとバリエーション豊かな賑やかさに溢れる我が家なのだろう――言っておくが、褒めているわけではない。断じて。
なんだろう。まさかとは思うが、今日一日、こんな
そんな状況は願い下げだが、逃げられない何かによって運命を弄ばれているかのような気分になり、わたしはコソッと溜め息をついた。
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