第250話 【幕間・真珠】正統な主(あるじ) 前編
貴志と二人――疑問を抱きながら客間から居間へと戻る。
居間の扉を開けると、風呂上がりの祖父がダイニングテーブルで晩酌をはじめるところだった。
わたし達に気づいた祖父が顔を上げる。
「貴志、悪いが、風呂上がりのビールは飲ませてもらうぞ――一、二杯なら、話し合いに支障は
既にコップになみなみとビールを注いでいた祖父は、つまみを食べながら貴志にそう伝えた。
「特に……問題ない」
貴志はそれだけ返答すると、わたしと共にソファに座った。
それから時間を置くことなく、兄と晴夏を寝室に送り届けた父が居間に現れ、母と会話をした後、食事の為にテーブルにつく。
「誠一君も、少し、どうだ?」
木嶋さんが冷えたグラスを運んでくれたので、父がお礼を伝えながら受け取る。
「お
祖父がビール瓶を傾けると、父のグラスに黄金色の液体が注がれる。
父はそれをクイッと喉の奥に流し込むと「生き返りますね」と、かなり満足そうな表情を見せた。
彼等が飲んでいるのは、ビール――一種類の酒精だ。
貴志は二人から目を逸らすことなく、その行動を注視している。
そう――わたしへの彼等の態度が、変わるのか否かを確認する為に。
「貴志くんも、こっちで一緒に飲まないか?」
貴志の視線に気づいた父が、こちらを向いて貴志にビールを勧める。
「折角ですが、今は遠慮しておきます。お気遣いありがとうございます」
貴志は父からの誘いを丁重に断り、笑顔の仮面を被った。
「わたし達だけ頂いてしまって、申し訳ないね」
その言葉を耳にした祖父が、手酌で残りのビールをグラスに注ぎながら、父に向けて講釈を垂れる。
「誠一君、
祖父は貴志に向けた視線を、そのまま彼の膝の上に座るわたしに移す。
その動きに合わせて、貴志の身体が強張るのを感じた。
「真珠、何か食べたい物があるなら、お祖父さまが食べさせてやるから、お前もこっちに来るか?」
祖父の申し出に、わたしはフルフルと首を左右に振った。
「歯磨きが終わっているので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう伝えると祖父は「そうか? 歯は、また磨けばいいだけだ。食べたかったら遠慮はするなよ?」と破顔する。
「それにしても――貴志くんの膝の上で
父は貴志の膝の上でちょこんと座るわたしを眺めながら、酒の肴を食べはじめた。
自分の気持ちを隠す必要も無かったので「はい、大好きです!」と素直に答えてみたところ、父が少し声を詰まらせる。
「いや……まだまだ先のことなのは理解しているが、本当にお嫁に出すときは、こんな気持ちになるんだろうな……」
そう言って、少し涙ぐんでしまった。
「誠一くん、わしも美沙子を君に嫁がせる時は同じ思いだったぞ――男親の宿命ってやつだ」
祖父が父の肩をポンッと叩く。
二人の様子を見ている限り、普段の様子と変わらない。
彼等は酒を摂取してから暫く経過しても、わたしに対して、何の反応も示さなかった。
彼等がどう変わるのか、逐一観察していた貴志が小さく安堵の息を洩らす様子が伝わった。
エルと自分の予測が外れていなかったことに、胸を撫で下ろしたようだ。
「あら? お酒を飲んでいらっしゃるのですか?」
祖母の凛とした声が、突然、居間に響いた。
二階から、身支度を整えた祖母が降りてきたようだ。
年輪を刻みながらも、
「
祖父が、祖母を晩酌に誘う。
いつもならば「真珠と貴志に関しての大切な話の前に、何を仰っているんですか!」と一喝されるところだ――けれど、今日に限っては違った。
「話すために……お酒の力を借りる必要があるのですね? わかりました――今夜は一杯だけ、お付き合い致しましょう。わたしも……初めて聞いて、驚いているんですから」
祖母の物言いが引っかかり、静かに耳を傾ける。
わたしは息を潜め、ダイニングテーブルを囲む祖父母と父の様子を
木嶋さんが、祖母のもとにビールとグラスを運び、祖母がお礼を伝える声が届く。
「多恵さん、ありがとう。あとの片づけはわたしがしておくから、もう休んでもらって大丈夫よ」
祖母は木嶋さんにそう伝えると、木嶋さんはエプロンを外し、挨拶をしてから下がっていった。
これから始まる家族会議では、何か秘密の話でもするのだろうか。
どことなく胸騒ぎを覚え、わたしは貴志にしがみついた。貴志もその動きに反応し、わたしを支える腕の力を強める。
美沙子ママもいつの間にか就寝準備を済ませていたようで、寝間着姿でダイニングテーブルを囲む席に着き、月ヶ瀬家の大人全員がこの場に揃った。
わたしも話を聞きたかったけれど、この場に居てよいものか悩み――気がかりではあったけれど、結局、貴志の膝から降りて居間を出ることに決めた。
両親と祖父母から微かな緊張感が伝わり、子供のわたしがここに居てはいけないような気がしたのだ。
けれど、その動きを察知した祖父が、わたしのことを引き留める。
「真珠――眠くないのなら、今夜はできるだけ、貴志と一緒にいてやってくれないか? お前がいたほうが、貴志の気持ちも和むだろう」
まさか、祖父から呼び止められ、そんなお願いをされるとは思いもよらず、わたしは驚いて振り返った。
本当にこの場に居ても良いのか判断がつかず、両親と祖母の顔を確認するが、誰も反対をしない。
わたしは黙って頷くと、今度は貴志の座るソファの隣に腰かける。
不安を覚え、貴志の手を握ってしまう。
貴志も常とは違うその雰囲気の異様さを感じたようで、わたしの手を握り返した――おそらく、無意識のうちに。
わたしは息を潜め、普段とは違う、重苦しい雰囲気を抱える家族の様子をうかがった。
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