第230話 【真珠】翔平、見参! 前編
「真珠!? 何を……っ」
「シィ!?」
兄がひきつる笑顔をわたしに向け、晴夏が驚愕に目を剥いた。
二人から、そこはかとなく冷気が漂ってくるのは、おそらく気のせいだ。
わたしはと言えば、翔平の手を掴み、その指を口に入れている最中だ。
いや、実際には、彼が皮を剥いた巨峰の実に食いつき、そのまま指についた果汁を舐めとっていると言う方が正しい。
「チビ、相変わらず食い意地が張ってるな。みんなが驚いてるぞ。指まで食うな」
翔平がわたしの口をこじ開けながら、呆れた声で言い放つ。
貴志は――先ほどから、にこやかな笑みを能面のように装備して、ピクリとも動かない。
その極上の笑顔が、訳もなく恐ろしい。
彼の笑顔は優しく温かなはずなのに、今それを視界に入れると、心が凍えそうになるのは何故なのか。
――いや、理由は分かっている。
分かっているのに、この行動に歯止めがきかない。
『真珠』の想いがスパークして止まらないのだ。
わたしの心に居場所をくれた年上のお兄さんとの久々の再会は、思った以上に『真珠』の心を歓喜させている。
…
オムライスを半分ほど食べ終わった頃、翔平と飛鳥はやって来た――彼等の母方の祖父母から大量に送られてきたという巨峰を手土産にして。
わたしは巨峰の箱に目を輝かせた。
翔平の日課である剣道の素振りの練習後――それを見学していたわたしも
初めて巨峰を見た時は、あまりの大きさに驚いたが、あの美味しさに一瞬で虜になったのだ。
それを覚えていた翔平が、気を利かせて持ってきてくれたらしい。
あまりの嬉しさに、わたしは玄関先で飛びついた――巨峰の箱に。
ミャンマーのお土産は、翔平の姉――飛鳥から袋に入った状態で手渡された。
彼女にお礼を言うと、にっこり笑って頭を撫でてくれる。
「欲しい……こんな妹が。どうしよう。連れ帰っちゃう? いや、ここは正攻法で翔平に……」
何かブツブツと独り言を
飛鳥はボーイッシュなお姉さんだ。
ベリーショートの髪型と焼けた素肌が
学校ではおそらく「お姉さま」と呼ばれて、バレンタインデーにはチョコレートを持ち帰ってくるタイプだと思う。
飛鳥に可愛がってもらっていると、翔平の声が耳に入った。
「お前……本当に、あのチビか?」
久々の再会に胸躍らせていたわたしだったが、彼の第一声によって、この心はものの見事に打ち砕かれた。
その
まさか
「
電光石火の早業で、翔平の頭をスパーンと叩いたのは――飛鳥だ。
「こらっ! 翔平! 言い方! 会わない間に真珠が可愛くなっているから驚いたんでしょう? 言葉が足りない。まずは褒めなさい」
翔平よりも年長の飛鳥が、彼を
翔平はわたしよりも四つ年上で、穂高兄さまの二つ上。
飛鳥は、ものすごく大人のお姉さんという記憶があったけれど、こうやって見ると中学生くらいの年齢だ。
真珠の主観的記憶は、比較対象が少ないだけあって、割と当てにならないと判明した。
「あれ? もしかして……貴志さん、ですか?」
居間に入った飛鳥が、ダイニングテーブルに腰掛ける貴志に目をとめて立ち止まった。
彼女にしては珍しく、頬を染めている。
男勝りな飛鳥の心をも虜にするとは、貴志――お前が恐ろしい――そう思いながらわたしも彼に視線を移す。
「ああ、飛鳥……あっちゃんのことか。七年ぶりくらいになるのか――綺麗になっていて気づかなかった」
サラリと女性を褒める、この手腕。
彼の対応には恐れ入るばかりだ。
二人の世間話を聞くに、貴志が剣道道場に通っていた中学生時代、飛鳥も一緒に稽古を受けていたらしい。
飛鳥はもじもじと照れながら、上目遣いで貴志を見つめている。
飛鳥――お前、キャラが違うぞ!
と思いながら、二人の様子を観察する。
「お前、誰だ?」
わたしの心の声が漏れてしまったのかと一瞬慌てたが、そうではなかったようだ。
翔平がジト目になりながら、飛鳥を見つめているのが分かった。彼もおそらく同じ思いなのだろう。
「気持ち
その悪態に、飛鳥が翔平を
「翔平、うるさい! 貴志さんは中学生時代、剣道ものすごく強かったんだよ! 強い人はまとめて全部カッコイイ! 強さは正義だ!」
飛鳥は鼻息も荒く宣言する。
「また始まった……強けりゃ誰でもカッコイイって、節操ないんだよ。お前は!」
【後書き】
後編は、13:00更新予定です。
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