第227話 【真珠】目覚めたあとは


「貴志? お兄さま? あれ? ハルも? えーと……エルは……?」


 荒い呼吸と汗ばんだ身体の気怠さに、起き上がることなく三人の顔を見回す。


 寝惚ねぼけた頭に手を当て、わたしは思考を整理しようと再び目を閉じた。



 ――あれ……何が、あったんだっけ? たしか、夢を見ていて……?



 そう思った瞬間、エルとの間に起きた出来事がよみがえり、ガバッと勢いよく起き上がると口元を両手で覆った。



 わたしは、なんという夢を見ていたのだ。


 何故か頬が熱くなって、三人の顔をまともに見ることができない。


 あの空間で起きたことは、やはりわたしの妄想から生まれた夢だったのだろうか。

 けれど、何故か昨夜から身体を支配していた熱は鳴りを潜め、心もいでいる。


 それと同時に、何故か心にポッカリと穴が開いたような、妙な寂しさも感じていた。



 あんな破廉恥極まる夢を見るとは――救いがたし。



 溜め息をついて、聖布を手繰り寄せる。

 寝起きの為か、手足が鉛のように重い。


 その黒い薄絹を眺めると、エルに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 わたしは己の妄想により、エルに何ということをさせていたのだろう。


 わたしが落ち着くのを待っていた貴志から、スマートフォンを手渡された。


「え……と、これは?」


「早く出てやれ」


 貴志の短い返答に、意味が分からずコテリと首を倒し、通話中と表示されているそれに耳を当てた。


「もしもし?」


 おそるおそる話しかけると、低い声が応答する。


「真珠、無事起きたな。先程は……すまなかった。身体は大丈夫か?」


 夢の中で聞いていたエルの声が、スマートフォンから響いた。



 彼は何故か、わたしが見ていた夢を知っているとでもいうような口ぶりだ。



 ――あれ?

 じゃあ、あのおかしな出来事は、やはり夢ではなかったの?



 まだ覚醒しきれていない意識が混乱しはじめる。


「うん? うん……ん?」


 覚束おぼつかない言葉が口からこぼれ落ちると、エルの溜め息が聞こえ、呆れを滲ませた声が返ってくる。


「寝惚けているのか? 悪いが、それほど時間をとれない……貴志にかわってくれ」


 緩慢かんまんな動作でスマートフォンを貴志に返すと、彼はエルと言葉を交わし始め、廊下へ続く扉へと消えていった。




 その様子を見送りながら、わたしはふと気づいたことがあり、下腹部を触る。


 あの突き上げるような熱を受けた後、驚きに倒れはしたが、それ以降、この心は妙に清々しかった。


 そう感じていたのは、やはり気のせいではなかったようだ。


 エルが仙骨から送り込んだ熱によって、くすぶる何かが解放されたことは理解できた。



 あれは、何かのツボなのだろうか?


 後でどんな効能のある位置なのか、調べてみよう。

 今後、おかしな熱が溜まった時は、お灸療法を試すのも良いかもしれない。



 目を閉じて真名を呼べ――エルはそう言ったけれど、あの場所に呼び出してアレを試みてもらうのは、なんだか気が引ける……正直に言うと、貴志に後ろめたいのだ。



 生身の身体ではない安心感と、自分が大人なのか子供なのか……その狭間で彷徨さまよう状態だった。


 自覚なく、良かれと判断して動いた行動の数々が走馬灯のように脳裏をよぎる。


 エルも対応に困っていたに違いない。


 彼が現れた時からのことを思い出そうとした瞬間――自分が出会い頭で何をしていたのかを思い出す。



「胸!」


 ――を、思い切り揉んでいた。



 間違いなく、ヤバイお子さま――いや、あの空間では何故か大人の姿だったから――相当危険な女状態。


 しかも、その後、わたしは心音を聴かせたくて、胸の膨らみにエルの手を無理やり押し付けた――気がする。


 頂からでは鼓動は測れないと、エルからやんわりと注意も受けた。



 ――まずい……痴女の烙印を押されたやもしれん。


 サーッと血の気が引いた。




 わたしの表情は起きてから、赤くなったり青くなったりと忙しく変遷していたことだろう。


 百面相するわたしを見ていた晴夏が、気遣わしげに声をかける。



「シィ、まだ眠いのか? 穂高は、君の昼食の準備を頼みにいっている。午前中からずっと眠っていたと貴志さんから聞いた。体調が悪いなら、横になっていたほうがいい」



 彼はそう言いながら、わたしの隣のソファーに腰かけた。






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