第62話 【閑話・酒田加奈子(カナちゃん)】巷で噂の『純情チェロ王子』


『いま巷で有名な〈純情チェロ王子〉について語るべく、至急招集されたし』


 早朝、瑠璃ルリから、意味の分からないメッセージが届いた。


(これは、なんだろう?)


 瑠璃界隈で有名と言うことは、新たな乙女ゲームのキャラクターのチェロ王子について彼女が何か語る、ということだろうか?


『了解、今日はいつでも大丈夫』


 そう返信をすると、未知留ミチルからもすぐに『いつでもOK』というメッセージが届いた。



          …



 お盆休みの連休最終日の金曜日―――早速午前中に瑠璃と未知留が、我が家にやってきた。



黒騎士ノワールさまが、チェロ王子だった!」



 瑠璃が開口一番にそう言った。


「ん? どういうこと?」

「なんですか? ソレは」


 わたしも未知留も、まったく意味がわからなかった。


「まずは、これを見てくれたまえ」


 瑠璃はそう言って、動画サイトのリンクをクリックする。

 途中まで見た形跡があったけど、「三人で見なければ」という使命感から緊急招集をかけたらしい。


 ここは、どこなのだろう。

 石造りの素敵な教会だ。


 動画の中でアナウンスが流れ、葛城貴志という名前が呼ばれた。


(あれ? 『紅葉』の葛城さんと同姓同名だ)



 そう思って動画を見ていると、伴奏者に柊紅子の名前が流れる。


 わたしでも知っている日本人ピアニストの女性だ。

 めっちゃ綺麗な人で、たまにTVのCMにも出ている。

 年齢不詳の、ものすごい美女だ。


 動画内も有名なピアニストが伴奏者ということで、かなりざわついている。


 画面にチェロを持ったスラリとした体形の、素敵な男性が現れた。


(あれ? やっぱり葛城さん? うわー、この格好、マジでめっちゃカッコいい! 髪も無造作に後ろに流されていて、色気がすごい!)


 動画内が更にドヨドヨ揺れた。

 お客さん全体、葛城さんが素敵過ぎてビックリしている様子が伝わった。


 美人ピアニストの柊紅子も登場する。

 その存在感は圧巻だった。


 二人でお辞儀をして、それぞれ椅子に着席する。


 柊紅子の美脚がすごい!

 ピアノの前に座った時に、ドレスのスリットから見える足がセクシー過ぎた。


 なんだろう。

 葛城さんと柊紅子がじっと見つめあっている。


 その二人の姿――熱い視線を交わす姿に、心臓がドキドキする。


 未知留が「鼻血出そう」と言ってティッシュ箱を引き寄せる。

 瑠璃は「黒騎士さまがチェロ王子〜!」と、目から大量のハートを飛ばしている。


 そういえばバイト先でも『チェロ王子』って最近耳にしたな、と思い出す。


 バイト仲間の話によると、ここ数日、インターネット上で検索ワード上位を占めているらしい。


 数日前、SNSに柊紅子と共演した動画が複数アップロードされ、演奏も素敵でマジ格好良くて人気爆発!

 と教えてもらっていたっけ。

 さっきまですっかり忘れていたけど。


 柊紅子の愛人かも、という噂もあるらしいと誰かが言っていたけど、ゴシップネタにはあんまり興味もなかったので、ふーん、と思って聞き流していた。



 柊紅子がピアノを鳴らす。

 感情のこもった素敵な音だなと思っていたら、途中でとても激しい弾き方に変わって、これもまたすごいなと思った。


 葛城さんがチェロを弾き始める。


 どうしよう。


 未知留じゃないけど「鼻血出そう」と言いたくなる演奏で、ドキドキが加速して止まらない。



 それにしても、なんでこんなにアヤシイ雰囲気なんだろう。



 色気どころじゃない。


 まるで葛城さんと柊紅子が、本当にエッチを致しているような――二人のそんな光景が頭に浮かんでしまって、慌てて頭を振ってその妄想を消す。


 そんな変な想像をしては、葛城さんに対して失礼だ。


 ちょっと信じたくはないけど、柊紅子の愛人という噂は本当なのかなと一瞬疑ってしまった。


 でも、その後で、やっぱり違う、そんなことない!

 と、すぐに思い直す。



 だって、鬼押出しで会って『紅葉』でも良くしてくれた葛城さんは、真珠ちゃんのことをとっても大切にしていた印象があって、そういう「愛人」なんていう如何わしい言葉とは程遠かったからだ。


 一瞬でも疑ってしまった自分を恥じ、葛城さんごめんなさい、と手を合わせる。


 『紅葉』オーナーで、チェロ王子で、黒騎士さまで、白銀の守護騎士シュバリエで。

 葛城さんて一体何者なんだろう。


 そんなことを考えている間に演奏が終わった。

 ものすごい拍手で、満場総立ちになっている。


 しばらくすると、これぞ王子さま! という感じの男の子が柊紅子に花束を渡していた。

 ものすごい美少年だ。

 今までこんな可愛くてキリッとした美少年、お目にかかったことがない。


(あれ? これは真珠ちゃん?)


 更に美人さん度の増した真珠ちゃんが、花束を持って葛城さんに近寄っていく。


 葛城さんは、満面の笑顔で両手を広げて、少し屈んだ姿勢で真珠ちゃんを待っているように見えた。


 葛城さんのこの笑顔、すごい。

 輝いている!


 眩しさに目がつぶれそうで困った。


 真珠ちゃんは、葛城さんに抱き上げられると、葛城さんのお口にキスをしていた。


(ん!? お口にキッス???!!!)


 鬼押し出しでの首へのキッスが頭に浮かんで、これも慌てて頭からデリートする。


 いけない妄想が爆発だ。

 今日のわたしはなんだか変だ。


 あの演奏を聴いて、ちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。



 真珠ちゃんのマウス・トゥ・マウスのキッスにより、会場が静まり返り、葛城さんが茫然とした後、急に真っ赤な顔になった。

 その後、葛城さんは片手で顔半分を覆って、力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。


 真珠ちゃんは、キョトンとしたお顔をしている。

 きっとまだ小さいから、意味も分からずに葛城さんのお口にキスをしちゃったのかな、と思った。

 とても微笑ましい。


 さっきの美少年王子さまが、うずくまってしまった葛城さんの膝上にて抱きしめられていた真珠ちゃんを助け出している。


 真珠ちゃんは、何が起きているのか全く分からないみたいで、床にペタンと座ったままだ。

 その仕草も愛らしい。


 すると、次にまたまた超絶美人さんな男の子が現れ、座り込む真珠ちゃんに手をスッと差し出す。

 これまた騎士がお姫さまをエスコートするように、流れるような動作で助け起こし、そのまま手を繋いで小走りになって連れ去ってしまった。


 ちょっとキュンとなった。

 あの物言わぬ眼差しが素敵だ。

 どうしよう、この男の子すごくイイ。


 あの美少年王子さまも真珠ちゃんの名前を呼んで、二人の後を追いかけて走り去った。


 真珠ちゃんがモテモテだ。

 でも、分かる。

 真珠ちゃんは最高に可愛い。


 柊紅子が「貴志、行け! お姫様が連れ去られたぞ!」と楽しそうに言って、葛城さんをバシバシ叩いている。


 葛城さんがハッとしたように走り出す。


 バージンロードを駆け出す彼は、真珠ちゃんのお名前を大声で呼んで、必死に呼び止めている。

 あの日みせた大人びた物腰とはまるで違い、かなり大慌てだ。


 葛城さんが教会のバージンロードを走って真珠ちゃんを追いかける姿は、花嫁さんを奪われた花婿さんが、まるで愛する人を取り返しに向かうかのように見えた。


 やっぱり真珠ちゃんは、皆のお姫さまなんだな、とその動画を見て再確認した。


 瑠璃が「守護騎士候補が、こんなにいる! スゴイ……」と食い入るように見つめている。

 未知留は、目に涙を溜めて「悶え死ぬ……」とプルプル震えている。


 動画のコメントを見ると。


 ・演奏えろい

 ・幼女モテモテwww

 ・チェロ王子、演奏はエロイのに、なにこの純情。顔真っ赤やん

 ・純情チェロ王子に悶え中

 ・美少女とチェロ王子、おそろいのブローチとタイピンだ。可愛いな!

 ・ショタに目覚めた

 ・紅子、いろっぺー

 ・神演奏。これは歴史に残るデュオだ

 ・抱いてほしい

 ・紅子とチェロ王子。マジ美男美女や

 ・紅子とチェロ王子の関係は? 気になる

 ・美少女すごい。俺の嫁候補

 ・イケメンに囲まれた超絶美少女。妄想が膨らむ

 ・あれ? この子、この前のコンクールで倒れた女の子? 無事だったんだ。良かった。

 ・こんな演奏今まで見たことも聴いたこともない! 素晴らしい。

 ・名演奏に脱帽

 ・純情チェロ王子、イイ! 俺、男だけどwww


 まだまだたくさん出てくる。


 そんなことをしていたら、三人のスマホが同時にメッセージを受信した。


「あれ? 噂をすれば。葛城さんからだ」


 わたしがそう言うと、二人がバッグからスマホを取り出す。


 瑠璃のスマホには『黒騎士さま』と登録されているのを、わたしは見逃さなかった。


 三人でメッセージを読む。


『皆さん、先日は真珠が大変お世話になりました。突然ではありますが、来週はじめに皆さんにお会いすることは可能でしょうか? 真珠とその兄を連れて国立科学博物館の恐竜展に行く予定ですが、真珠が皆さんに会いたいとのことなので、もしご都合よろしければご一緒にいかがでしょうか?』


「行く!」


 瑠璃は即答だ。


「科博、懐かしい~。わたしも行く。加奈は?」


 未知留も即答して、わたしの予定を聞く。


「わたしも行く!」


 勿論、わたしも即答だ。


 三人で早速返信する。

 何度かのやり取りのあと、火曜日にご一緒することになった。


 葛城さんに『チェロを弾かれているんですね。知りませんでした』とお伝えしたら、何故知っているのか? と、とても驚いていた。


『ここ数日のインターネット上の検索ワード、葛城さんのことでいっぱいみたいですよ。SNSに動画がたくさんアップロードされているそうです』と、今日見たリンク先もお伝えした。


 しばらく時間が経過してから、一言だけの返信が戻ってきた。


『教えていただき、ありがとうございます』


 その文字列は、なんだか不思議と、疲れているように見えた。


          …


 そしてその翌日の夜、またメッセージが三人宛てに届いた。


『申し訳ありません。知人も一緒に行くと言い出してきかないので、ご迷惑でなければご一緒させていただくこと可能でしょうか。こちらからお誘いしておいて大変申し訳ありませんが、ご検討いただけると助かります』


 なんだろう。すごく憔悴しているように感じ取れるメッセージだ。裏でどんな攻防が繰り広げられたのだろう。非常に気になった。


 勿論、わたしは問題ない。

 瑠璃と未知留に確認しても全く問題ないとのことなので、葛城さんのお知り合いの方ともご一緒させていただくことになった。



 何はともあれ、次の火曜日、真珠ちゃんとの再会が今からとっても楽しみだ!




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